第六章 戦場に出会いあり
第32話 そこにいた者は...
クビンクにある戦車博物館の倉庫展示場の中…。
暗闇に包まれながら呼吸を整えている、戦車乗りの少年二人。
「行けるか?」
進行方向の先頭を行く幸人が、そう尋ねた。
「ああ…!…行こう…!」
その問いかけに後続にいる宏樹が、そう返す。
二人はこの先に続く曲がり角の先から、発動機のような音が聞こえてきたため。
その音の正体を確かめるべく、突撃を敢行しようとしていた。
「それじゃあ行くぞ!」
幸人が大きな声で合図をかけ、急速前進を始めた。
彼が動き始めたのを見て、背後にいた宏樹も同じく前進を開始した。
…行くぞっ…!!!!
前進を始めてすぐ、曲がり角を曲がった二人。
彼らがそこで目にしたもの…それは…。
「なぁんだ…やっぱりあなた達だったのね…!」
曲がり角の先には、氷のカチューシャを身につけた、一人の少女が立っていた。
「なっ……!!?」
その正体を確認にした宏樹は、あまりの驚きで声も出せなかった。
「急に声が聞こえてきたから、びっくりしちゃったよ!」
彼が驚いている間にも、その少女は話し続けた。
するとその時…。
「あ、秋葉!!!」
かなり遅れて、幸人が口を開く。
なんと曲がり角の先に立っていた人物は、二人もよく知る「岸姫秋葉」だったのだ!
それも、ただ地面に突っ立っていたわけじゃない。
「そ、その姿は…!!!」
彼女のことをよく知っている幸人でさえ、その姿には言及せざるを得なかった。
「見ての通り、私もあなた達と同じ傑帥だよ」
そう、なんと彼女は英傑「T-34」を操る、傑帥の資質者だったのだ。
まさかの事態に、現場には凄まじいほど動揺に包まれる。
「一体なんなんだこの状況…!すげぇカオスじゃねぇか!」
その雰囲気に便乗して、一人ずれた発言をする幸人。
「なんで楽しそうな反応なのよ!!まず、どうしてあなた達はここにいるの?」
そんな彼にしっかりとツッコミを入れる、彼女の秋葉。
「まあまあ…」
そんな収拾のつかない現場を一旦鎮めるべく、今度は宏樹が口を開いた。
「秋葉ちゃんはどうして、自分たちがここにいるってわかったの?」
それは先ほど彼女が言っていた“やっぱり”、という言葉に対しての質問だった。
「ああ、それはね…」
宏樹の質問に対し秋葉は…
「予測してたの。二人がここに来てるんじゃないかって」
驚くような返事をしてきた。
「よ、予測!?」
彼女の口から出た予想外な回答には、二人も思わず同じ反応をしてしまう。
なんと秋葉は、自分達がここにいるという予測をしていたことを明かした。
「うん。戦闘か偵察か。おそらくその二つのうちのどれかが目的だと考えてた」
さらには、その目的さえも二つまで絞っていたそうで、二人は身震いさえした。
「じゃあ、この旅行がダミーだってのも、予測していたの?」
宏樹は、恐る恐る彼女にそう尋ねてみた。
「ん〜、そういう可能性も、一応視野に入れてたかな」
その質問に、彼女はさも当然かのように答える。
…ま、まじかよ……
宏樹は想像以上に腹の中を知られていて、恐怖さえ覚えた。
目の前にいる秋葉は、いつもとどこか雰囲気が違った。
彼女は恋人である幸人と同じで、普段はあまり物事を深く考えるような性ではない。
超がつくほどの方向音痴であるし、とてもじゃないが勘が鋭いような子には見えなかった…。
これが俗に言う、女の勘というものなのだろうか…?
そんな風に、宏樹が恐れ慄いている中。
ずっと静かにしていた幸人がとあることに気がつく。
「…待てよ…!ということは秋葉、俺たちが傑帥だってことも既に知ってたってことか!?」
その気づき、彼にしてはなかなか冴えた発想だった。
「た、確かにそうだ…!」
彼の気づきに共感した宏樹も、秋葉に目を向ける。
「まあね。割と最初から予測はしてたよ」
その質問にも、彼女はあっさりと予測の事実を曝け出した。
普通なら驚くところだが、もう彼らは既に十分すぎるくらい驚かされてしまっていた。
彼女はそれから、二人が傑帥なのではないかとの予測に至った経緯を、全部話してくれたのだが…。
「急に長期間欠席したりとか、やけに周りを気にしたりとか…なかなか挙動不審だから、結構わかりやすいんだよね」
「…た、確かに………わかりやすいな…」
その説明に、宏樹達は返す言葉を見つけられなかった。
少しだけ顔色が悪いとか、少しだけ元気がないといった、小さな変化ではなく。
誰しもが気づく分かりやすい変化で予測されていたという、衝撃の事実を知ってしまったからだ。
…言われて初めて気がついたな……
宏樹は改めてそう感じた。
一般人に対してなら、辻褄さえ合わせておけば誤魔化しは効くかもしれないが。
傑帥の資質を持った人間の視点から見れば、その手は怪しさを増してしまうだけに過ぎない。
「……だからここに俺たちがいるって予測が、簡単にできてしまうわけだ…」
自分達の考えがあまりに筒抜けになっていたという現実を、宏樹は静かに受け止めた。
…ってことは…“あの人”も…??
その事実を知った宏樹は”とある人物“のことを、頭に思い浮かべていた。
しかし…。そんな中で一人、事の重大さをわかっていない者がいた。
「じゃあよ、俺たちが傑帥だって知ってたなら、なんで秋葉はここにきたんだ?」
その人物はあろうことか、とんでもない質問を口にした。
…おいバカ…!
その言葉を耳にした宏樹は、心の中でそう唱えた。
しかし、lその唱え虚しく。彼が発した言葉は、余すことなく秋葉の耳へと入っていってしまった…。
「なんでって…心配したからに決まってるでしょ!?わざわざ言わせないでよ恥ずかしい…!!」
宏樹の予感通り、その馬鹿げた質問は秋葉を怒らせてしまったようだった。
「ご、ごぉめんって…!そんなつもりじゃなかったんだよ〜!」
彼女に怒られてしまった幸人も、流石にやばいと感じたのか急いで謝りを入れる。
…それは…怒っていいよ秋葉さん……
流石の宏樹でも、今の質問はナシだなと分別できた。
普段の様子からは考えられないほど鋭い洞察力を見せてくれた秋葉。
しかしその中身は、紛れもなくいつものツンデレ彼女だった。
「その気遣いはとてもありがたいんだけど…」
宏樹は怒っている秋葉に、姿勢を低くして投げかける。
「もう既に目的は達成してるんだ…あとはもう帰るだけ」
投げかけの後に続き、宏樹はこれからの動向を彼女に伝えた。
「…まあ、何事もなかったからなんでもいいけど」
その投げかけに、彼女はあまり興味なさそうに返した。
しかしその後…。
「とりあえず、その“目的”とやらを、あとで教えてもらうからね」
興味なさそうに返事をしておきながら、彼女はしっかりと宏樹の言葉を聞いていたようだった。
「…わかった……」
彼女の要求には、宏樹も黙って従うしかなかった。
やはり、いつものおちゃらけている彼女とは、どこか雰囲気が違う。
戦車は、乗り手の性格すらも変えてしまうのだろうか…?
そうして、謎の発動機音の正体もわかり、偵察も一段落ついた一行。
「それじゃあ…一回ホテルに戻ろうか」
「そうだね。詳しい話はチャットでしよう」
早い時間に偵察をできたは良いものの、あまり時間をかけすぎるのも良くない。
残っている二人に、余計な心配をかけてしまう。
そう結論を出し、一度ホテルへと戻ることになった三人。
しかし…。
「待てっ…!」
車体を旋回させようと秋葉が発動機を動かした瞬間、幸人がそう声を上げた。
「…なに…!?」
秋葉がその声に驚いている時、彼は英傑「Tiger」を動かして秋葉の横をすり抜け、広がる暗闇を前に言った。
「あそこに…何かいるっ…!!」
幸人はそう言って、暗闇を指差した。
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