第5話 友人が持っているもの



月明かりの下。トボトボ歩く少年と友人。


「……………」

先頭の方を歩いている少年。


「………」

その後をついてくる友人。


お互いに何も喋らない。


不自然なほど無言の友人。

「………」


そんな彼を気に掛ける少年。

「……………」


前を歩く少年は、本当に後ろの友人が自分の後をついてきているか、たびたび背後に気を配りながら歩いていた。


もちろん、何か気の利いた話を友人に振ってあげられれば、ついてきているかの確認なんてしなくていい。

それができるのなら、当然していただろう。


しかし、前を歩く少年は俯いている友人になんと声を掛けてあげればいいのか、まるで見当がつかなかったのである。


✳︎ ✳︎ ✳︎


それから、およそ20分ほど夜の街を歩いただろうか?


「…ただいま〜」

幸人が家の玄関を開けて中に入り、少し控えめにそう言う。


「ぉじゃましまーす」

宏樹もそんな彼に続いて小さな声でそう言ってから、彼の家の中へと入った。


その後すぐに、長い廊下の先にある扉が開き、リビングから誰かが出て来た。

「おかえりーって、あれ…?宏樹くんじゃない??」


それは幸人の母親だった。


「どうしたの〜??」

彼女は幸人の後ろにいる宏樹の存在にすぐに気づいた。


「実はさ、宏樹が俺の用事に付き合っててくれてさ、それで遅くなったから…」

と、幸人は事の経緯を説明して今晩宏樹を家に泊めたいことを伝えた。


「あぁ〜そう言うこと。いつもいつもありがとうね〜。もう夜も遅いし、今日は泊まって行って〜」

すると幸人の母親はそれを快く承諾してくれた。


「ありがとうございます!お邪魔しま〜す」

宏樹はもう一度挨拶をして、幸人の家へと上がった。


それから幸人と宏樹はシャワーを浴びて、母親が持って来てくれた手作りのチャーハンを二人で食べた。


彼の家には小学生の頃から何度も来ていて、その度にいろいろな料理を食べさせてもらっていた。

チャーハンの味付けも相変わらず美味しくて、なんだか“あの時”の自分に戻ったような気がした。


こうして夕飯を済ませた二人は、歯磨きを終わらせた後に床にひいた布団に潜り込んだ。


時刻はおよそ11時過ぎ。

明日もまた学校があるため、もうそろそろ寝ないと朝がキツくなってくる時間だ。


…今日はもう寝よう…

そう考えながら、宏樹は布団をかぶって目を瞑る。


カーテンの隙間から溢れる青白い月明かりと、常夜灯の薄いオレンジが二人が横たわる布団の上で混ざり合う。

まるであの世とこの世が繋がってしまうかのように…。


宏樹が目を瞑ってから、およそ数分が経っただろうか…?

シーンと静まり返っていた部屋に声が響いた。


「なあ宏樹…」

名前を呼ばれた宏樹は、ゆっくりと目を開ける。

視界の端には、天井をじっと見つめる幸人の姿が映った。


「…どうした?」

宏樹は同じく天井を見つめながら幸人にそう聞き返す。


すると彼は、少し間を置いてゆっくりと口を開いた。



「どうして宏樹は…戦車に乗ってたんだ…?」

「………」


宏樹は初め何も答えないまま黙っていた。

それから少しして、徐にかぶっていた布団を剥いで体を起こした。


そして深い深呼吸をしてからボソッと呟いた。

「覚えてたんだな…」


宏樹はそう言ってチラッと幸人の方を見る。

その瞳に映った幸人が、やや表情を固くした。


「教えてくれ宏樹…一体、どういうことなんだ?」

宏樹のその呟きを聞いて幸人も体を起こし、必死な表情で問いかけた。


…本当は…忘れたままでいて欲しかったんだけどな………

少し考えるふりを見せる宏樹は、心の中で密かにそう思った。


本当なら話すつもりなんてなかった。

幸人にはこれまでと同じ生活を送ってもらいたかった。


しかし、そんな希望とは裏腹に彼はとても真剣な顔で宏樹の返事を待っている。


…まあ…これも幸人自身の判断だよな……

その様子を見て、どこか安心した宏樹は静かに今までの経緯を話し始めた。


「今まで隠していたんだけど、実は俺…傑帥っていう資質を持った人間なんだ」

宏樹は緊張のせいか、やや声が小さくなる。


「傑帥…。その資質を持っていたら、あの戦車に乗れるのか?」

「うん…」

宏樹の話を聞いた幸人は、一瞬考えるような表情をする。


「その資質を持っていたら、他に何ができるんだ?」

そう聞かれた宏樹は事実を包み隠すことなく伝えた。


「その資質を持っているものは、英傑と呼ばれる戦車を扱うことができて、街中に彷徨いている戦車に対抗する事ができるんだ」

「敵対する戦車に…」

その回答には手応えがあったのだろう。


「つまり、あの街中で襲ってくる戦車に、攻撃ができるってことか!??」

「平たく言えば、そうなる」


幸人は普通では考えられないような話なのに、至って真面目に聞いてしっかりと理解しているようだ。

そんな彼に対して、宏樹はとあることを伝える。


「その資質なんだけど…もしかしたら、幸人も持ってるかもしれないんだ」

初めは何を言ってると言われるかと思ったが、彼の反応は違った。


「それ本当か!?詳しく聞かせてほしい!!」

彼は宏樹の想像以上に、その言葉に喰らい付いた。


「俺も隠していたんだけど…もう一年以上こんな調子なんだ…!!」

「…えっ!一年!?そんな前からなのか??」


幸人曰く、高校1年の時のある出来事をきっかけとして、かれこれもう一年以上は街中で戦車を見たり襲われたりといった出来事を体験していたという。


「そのきっかけってのは…何かを“見た”ってやつだよな?」

「そうだ…!やっぱり知ってるのか?」


「まあな、資質を持った人間は必ず見てしまうものらしい」

「…そうなんだな…」

宏樹の予想通り彼は以前に変な記憶のようなものを見ていたそうだ。


「どんな内容だったかとか、覚えてるか?」

「たしか……」

その内容は宏樹と同じで、誰かの死に際の一場面だったという。


「それを見る前、幸人はどこにいて何をしてた?」

「特に変わったことはしてない…。ただ…」


「…??何かあるのか?」

「一つだけ心当たりがあるとすれば、俺…それを見る直前、“あいつ”を庇って火傷をしたんだ」


「あいつって…お前の?」

「そう」

幸人の話を聞いてみると、彼が記憶を見た時は家庭科の調理実習をしていたそうで、同じ班でフライパンを握っていた”とある女子“の上の戸棚から食器が落ちてきたのだそう。


「落ちてきた食器から彼女を守ろうと押し退けたら、近くにあったフライパンが俺の背中に落ちてきて…」

言われてみれば心当たりがあった。


確かに高校初めのある時だけ、幸人が近くの病院によく通っていた時期があった。

「そんなことがあったんだな」


幸人は楽観的でまるで悩み事など無いような立ち振る舞いを普段からしているが、それは傍から見た人たちが抱く感想。

大丈夫そうに見えても、実際はそうでは無い時だってしばしばある。


「その後からだ…俺が街中で戦車を見るようになったのは…」

幸人は虚な目でそう語る。


「記憶で見た戦車は『Tiger』って言ってたか。その戦車にも遭遇したのか??」

「遭遇した。”それ“を見て1週間後くらいに」


「やっぱりそうか…」

宏樹はこれまでに幸人が話してくれた状況からも、やはり彼が傑帥である可能性が十分にあると確信していた。


「今までの話からすると。幸人が傑帥だという可能性はとても高い」

「じゃあ…俺もあいつらを倒せるようになるってことか?」


「そういうことだ」


宏樹はその発言にこう続ける。

「御谷山の廃集落の中から、とある都に行ける。そこで訓練や他にも詳しい情報が聞けるんだが…どうする?」


都の存在をはっきりと告げる発言だが、宏樹は幸人のことをもう傑帥の資質者であると断定していた。


「もちろん行きてぇ…!今すぐにでも!!!」

幸人はそれまで抑えていた声のボリュームが、少々大きくなる。


「ま、まあ、今日はもう夜も遅いから…明日、俺から都の人には伝えておくよ」

「んまあ…そうだな。よろしく頼んだ」


時刻はもう既に12時過ぎ。

少年とその友人はもう一度、布団をかぶって床につく。


二人は明日のことを考え、今日はもう就寝することにした。

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