第4話 ベンチに座る少年二人



「………着いた…!」

英傑「KV-2」の中へと入り、英傑を召還させた宏樹は現実世界へと戻って来た。


…早くあの男を追わなくちゃ!

現世へと戻って来た理由はただ一つ。姿を眩ませたあの青年の後を追うことだった…。


静かな河原へと降り立った宏樹は、駆け足で河原を出るための階段を駆け上がった。


「はぁ…はぁ…」

呼吸を整えつつざっと周囲を見渡してみた宏樹。

しかし…。


「くそっ……いない…!」

近くに青年の影はなく、そこには月明かりで仄かに光る草原が広がっているだけだった。


「はぁ………」

その事実に肩を落とした宏樹は、わざとらしく大きなため息をつきトボトボと草原を歩き始めた。


……なんでだ…?どうして逃げる……??

青年が見せる、あまりにも非協力的な行動はとても宏樹には理解できないものだった。



ーーー


「他人に頼らず常に自らの足で動く。覚えておくといい」


ーーー


「君は少々勝手が過ぎる。その程度の情報くらい自分で探してみたらどうだ?」


ーーー



…言いたいことはわかるけど…現実的じゃないんだよな……


確かに青年の言っている主張は間違ってはいない。

強い敵との戦闘や、未知の敵について調べるのも全部一人でできるならその方がいい。


しかしながら、それらを今の宏樹がこなすのは無謀だと言わざるを得ない。


…単独で全てこなすなんて…誰もできないだろ…そんなの……


青年が今までどんな過程を経てきたのかは一切わからない。

だが、少なくとも彼にも今の自分と同じように力不足で、他人の協力を借りていた時代があったはずだ。


それなのに青年は、非力な宏樹に対して辛く当たり必要な情報さえも教えようとしない。


…嫌になるぜ…全く……


考えれば考えるほど、青年の行いには納得がいかなかった。


そんなことをぼーっと考えながら、河辺の草原を歩いていると、あるものが宏樹の視界に映った。


…ん…??あれは…!!

それは河辺の草原に置かれたベンチに座っている幸人の姿だった。


「おーい!幸人ー!!」

宏樹はその姿を目にするや否や彼の名を呼び、駆け足でベンチへと向かった。


距離にして30mもないくらいの場所に彼はいたのだが、聞こえていないのか名前を呼んでも反応がなかった。


「おい幸人…!大丈夫か…?」

ベンチにたどり着いた宏樹が再びそう尋ねる。


するとようやく幸人が顔を上げ…。

「…宏樹か………」

と、それだけ呟いた。


「だい…じょうぶか?」

「ああ、なんとかな…よかったよ。宏樹がいてくれて」

幸人はゆっくりと返事をする。


ひとまず彼は宏樹が来たことに安堵している様子だった。


「……なあ幸人、この近くを誰か通らなかったか…?」

宏樹は少し申し訳なさそうにそう尋ねる。


「…いや、見てない……」

彼は地面を見つめたままそう返す。


「そっか……」

その返答を聞いて、宏樹はこれ以上の質問はしなかった。


それからはしばらくの間、場に静かな空間が流れていた。

7月中頃のやや肌寒い風が、二人の少年の間を通り抜けていく…。


そんな時、宏樹が徐に幸人の隣へと座りこう尋ねた。


「なあ、幸人…。もし良かったらさ…何を見たのか、教えてくれないか…?」

そう聞く宏樹の声には、神妙な雰囲気が乗っかる。


先ほどからの幸人の様子から見るに、何かただ事じゃないことを彼が体験したのだというのは、嫌でも伝わってきた。

本当なら、真っ先に何があったのか聞くべきなのだろうが…。


「もしかしたら、協力できることがあるかも知れない…からさ…」


いつもはあまり気に病むようなタチではない彼が、こんなにも虚ろな目をしているのは初めてだ。

だからこそ、宏樹はいたずらに事を大きくしないように。と、ワンクッション挟んで聞いたのだ。


「…………実は…」

その配慮の甲斐あったのか…。しばらくして幸人が話し始めた。



「…どこから話せばいいのか……俺はただ…学校から下校していただけだったんだ…」

幸人曰く、今日は夕課外のため遅くまで高校に居残っていたそうで、高校を後にした時刻は宏樹が駅を出た時とほぼ同じだったという。


「いつものように…家に向かって歩いていたんだ…なのに、突然…」

彼は中学校と商業施設の横を通りガソリンスタンドがある交差点の近くを歩いていたそうなのだが、突然例の出来事が彼を襲ったそうだ。


「電気だけじゃない…人も車も…ありとあらゆるものが一瞬にして…」

幸人は目に焼きついてしまったその恐ろしい光景を、ひとつひとつ思い出すかのように話した。

仕方がないだろう。普通ならパニックになって動けなくなっていてもおかしくない。


「それで…怖くなった俺は、走って中学校まで駆け込んだんだ」

交差点の位置からはそう遠くない場所にある中学校まで走って向かった幸人。

しかし、当然その中学校に人の気配などある訳がなく。真っ黒闇に包まれた校舎がただ不気味に佇んでいるだけだった。


「流石に怖くなって…。次に俺は…あの建物に向かってみようと思ったんだ…」

幸人はそう言って二人の目の前に建っている例の商業施設を指差した。


「だけど…」

指差したその手を幸人はゆっくりと下ろしながら呟く。

そして、彼はあるものを目にしたことを話し始めた。


「突然、校舎の玄関の辺りから…誰かの泣き声みたいなのが聞こえてきてさ…しかも…女の子の…」

「………女の子の…泣き声…?」

話の雰囲気が大きく変わったからか、それまでずっと黙って聞いていた宏樹もその言葉に反応した。


「流石の俺も…一人だったから見に行く勇気なんてなかった…。でも…」

真っ暗闇の中学校の中で、彼は相当悩んだそう。

…もしも、今の自分と同じような状況になった女の子がいたとしたら…?


「そう思った俺は…覚悟してその声の方に近づいてみたんだ…そしたら………」

「……そしたら?」

宏樹は一呼吸おいてそう尋ねる。


「…そしたら、そこには白のワンピースを着た…10歳くらいの女の子が座ってたんだ…」

「…もう十分怖いけど…それからどうなったんだ?」

宏樹は、もはや怪談話を聞いているような感覚になっていて、少し身構えながらそう聞いた。


「俺は泣いてるその子に、大丈夫…?って声をかけたんだけど…」

「………」

宏樹は固唾を飲んで話の続きを待った。


「信じられない…かもだけど……その女の子が突然燃え上がったんだ…」

「……女の子から炎が出たってことか?」


「そう………」

普段の幸人からは想像もつかないような、か細い返事が返ってくる。


「その女の子は…結局どうなったんだ??」

宏樹がそう質問する。しかし…


「知らない…覚えていないんだ…。気がついたら、この川辺にいてさ…」

きっと、宏樹の英傑「KV-2」の中にいた時の記憶はないのだろう。


「そっか…」

宏樹はそう答える幸人を横目でじっと見る。


…幸人…震えてるのか……??

さっきから妙に気になっていたのだが、幸人の体は小刻みに震えていた。


…相当怖かったんだろうな……

真っ暗闇の中学校に小さな女の子がいるだけで、もう十分過ぎるくらい怖かったはずだろうに…。

その話を聞くと、幸人のことがとても不憫に感じられた。


…心なしか、顔色も悪いし………

改めて意識してみると、冷や汗をかいているようにも見える。


「なあ…幸人。その話はもう、今はやめとこうか」

宏樹は重々しい空気をなんとか晴らすため、話を半ば強引に切った。

そして、ベンチからスタっと立ち上がって幸人を見る。


「詳しい話は明日聞くから、今日はもう家に帰った方がいい」

宏樹は、体調のことを最優先に考えて幸人にそう促した。

だが、彼はベンチから動く気配を見せない。


「幸人…?」

宏樹がそう問いかけると…幸人が口を開いた。


「…一人じゃ……怖ぇ」

「……って言うと…?」


「今日は…俺の家に泊まってくれねぇか?」

どうやら彼は宏樹が思っていたよりも、遥かに大きなダメージを被っていたようだ。


「……わかった。…今はそうした方がいいかもな」

そう言われた宏樹は、素直に彼の意見を聞き入れることにした。


「……悪りぃな宏樹」

「おう、いいってことよ!」


そうして立ち上がった少年二人は、月明かりに照らされた川辺の草原を、少しずつ歩み始めた。

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