第3話 どちらがわがまま?




カカカカカカキィン……ボルゥゥンンン!!!

青年が英傑「Black Prince」の発動機を始動させる。


…まさか…このまま帰るつもりじゃ…!??

そう思った宏樹が声を上げる。


「どこに行くんだ?」

その問いかけに青年が呟く。


「仕事は終わった」

その返事が、またしても彼が姿をくらまそうとしていると宏樹は直感で感じ取った。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!まだあんたに聞きたいことが山ほどあるんだ…!!!」

宏樹は動揺で吃りながらも必死に青年を引き止めた。


それに対して青年は、あからさまに大きなため息をつき、僅かに怒りを含んだ声で呟く。

「…何が聞きたい?」


この上なく面倒そうな声でそう聞かれた宏樹は、口に溜まった唾液を飲み込み口を開いた。

「あんたは一体何者なんだ…?」

その疑問は、彼と初めて会った時からずっと気になっていたことだった。


ただでさえ傑帥という人間は数が少なく、現世に住んでいる傑帥は今のところ会ったことがない。

だというのに、彼とは2回も現世で遭遇している。時刻や場所、日付まで違っていたにも関わらずだ。


「なんで俺の名前を知っている?」

それだけでなく、なぜか彼は知っているはずがない宏樹の名前を知っていた。

得体の知れない人物に名前を知られているというのは、本来であれば不気味に思うところだが今の宏樹には“別のこと”が頭に浮かんでいた。


「あんた…もしかして」

と、宏樹が“あること”を言いかけた時、それを遮るように青年が言った。


「そんなことか」

会話をぶった斬られてしまった宏樹は、口を尖らせながら青年の話の続きを待った。

すると、青年からは意味不明な返答が返って来た。


「そんな下らない質問には、答える必要はない」

…は…はぁ…??何を言って………

宏樹はその返事に心底がっかりした。


「下らないって…!俺にとっては重要なんだ…!!」

意味不明で理解しがたいその返答に、当然宏樹が引き下がる訳もなく。

その質問の重要性をなんとかわかってもらおうと、必死に説明をしてなんとか青年を説得しようとした。


そんな様子の宏樹とは対照的に、青年は何食わぬ顔で英傑を旋回させてその場を立ち去ろうとしていた。

「お、おい!まだ説明は終わっていない!!!」


それを目撃した宏樹が青年を呼び止めたが、彼はその呼びかけを無視して旋回した後に移動を始めた。



その場をなんとしても立ち去ろうとする青年の後を追って、宏樹も英傑「KV-2」から降りて走り出す。

「わ、わかったわかった!!もう名前のことはいいから、あの技について教えてくれ!!!」


宏樹は、青年の正体はもう諦めて次に聞きたかった質問を、青年に投げかけた。

すると、その声が届いたのか青年は前進するのをやめた。


…お?教えてくれるのか…?

宏樹がそんな彼の行動に僅かに期待していると、彼はこう言った。


「英傑最終作戦に関しては、君も知っている例の図書館に情報が眠っているだろう」

……え…??………君も知っている…図書館って………


それを聞いた宏樹はすぐにその図書館がどこのことを言っているのかわかった。

…そんなの…!いくらなんでも………!!

だがそれは、同時に絶望する事実でもあった。


「あんな広い場所から情報を探すなんて無茶だ!!頼む!習得する方法だけでも教えてくれよ!!!」

そう言う声に思わず力が入る。

彼が言っている図書館とは、おそらくハルマの都の中にある図書館だろう。


そう、あの図書館だ。

青年は、あの巨大な書架列の中から技に関する情報が載っている本を探せと言っているのだ。


…あまりに非合理的すぎる……!

技が使えるこの青年なら、絶対にそも習得方法を知っているはず…。

だから、わざわざ情報を1から探すよりも彼から聞いた方が圧倒的に良い。


しかし、残念なことにこの言葉は青年の癇を障ってしまう結果となった。


「はぁ……君は少々勝手が過ぎる。その程度の情報くらい自分で探してみたらどうだ?」

青年はこれまで以上にそっけない口調に加え、嫌味のようなものまで追加してきた。


…勝手って……勝手なのはどっちだよ………

そう言われてしまった宏樹は、呆れと共に色々なものが口から飛び出しそうになった。

だが、宏樹はそれをグッと我慢した。


相変わらず青年は必要なこと以外発しようとしないようで、無口で冷淡で横柄な様を嫌になるほど見せつけてくる。

しかし、何も情報が得られなかったわけではない。


英傑最終作戦。

宿号と呼ばれる得体の知れない敵を倒せる唯一の技。


青年が教えてくれたのはたったこれだけの情報だが、宏樹はその技に対して言葉では言い表せない“何か”を感じ取っていた。


“それ”の正体がなんなのかは宏樹にもわからない。

そのような技が存在しているというのは今初めて知ったし、そもそもその技がどう言った性質を持っているのかすらもわからない。

だが宏樹には、その「英傑最終作戦」なるものが、何か重要な可能性を秘めているような気がしてならなかったのだ。


もちろん、宿号という未知の敵を撃破できる唯一の技なのだから、超重要な要素だということは誰にでもわかる。

ただ、宏樹が感じ取っているその“何か”とは、そう言った類のものではないようだった…。


宏樹が青年にそう言い放たれてから、場に数十秒ほどの沈黙が流れる。


「………わかったよ…」

宏樹は素直に折れて青年にそう返した。


…今回はこれくらいにしておこう……

嫌味ったらしい口調にはイラッとさせられるが、なんだかんだ青年から得られた情報はとても有意義なものだった。


『他人に頼らず常に自らの足で動く』

青年の言っている主張も間違いではないし、当たり前であって然るべき文句だと言える。

実際に今回も、青年がたまたまここに足を運んで来てくれたからこそ、無事に「Mark I tank」を撃破することができた。


…また今度聞けばいいしな…………

それに加えて、宏樹はこの青年とこれからも関わって行くつもりでいた。


…関係を断ち切るよりかはマシだ………

そのため、この関係はどうにか良好に保たなければならなかったのだ。


「情報はもう…自分で調べるから…!ちょっと待っていてくれ!!」

宏樹はそう言いながら徐にポケットからスマホを取り出して、ロックを解除した。


…えーっと、これを開いて…下の方かな…!!

あるSNSを起動して、付属のメモ帳機能を開いた。


そう、宏樹は目の前に立っている青年と連絡先を交換しよう考えていたのだ。

態度は気に食わないが、もしもの時に連絡先があるだけでも心強いし、現世に住んでいるのならお互い良き理解者になれるかも知れない。


そう考えながらスマホの準備をして、さあ連絡先を教えてくれと思って顔を上げた時、青年はもう遠くに行ってしまっていた。


「あ!ちょ、ちょっと!!」

青年は今まさに戦車の中に入ろうとしていて、宏樹が直前のところでそう声を上げる。


そんな宏樹を青年は睨みつけて…。


「俺に関わるな。君とは行く先が違うんだ」

その言葉だけを言い残して、青年は英傑の中へと潜り込み姿を消してしまった。


「くそっ!!連絡先くらい教えてくれたっていいだろ!!」

宏樹は、溜まりに溜まった鬱憤を思わず口から吐露した。


それから宏樹は冷静に手に持っていたスマホを再びポケットの中にしまいこみ、くるっと反転して走り出した。

…まだ、遠くには行っていないだろう…!

走り出した宏樹は、放置状態だった自身の英傑へと乗り込んだ。


…早く現世に戻って彼を追おう…!!

前回会った時は、その場から忽然と姿を消してしまったかのように見えたが、今の宏樹にはそのトリックのタネはお見通しだった。


そうして「KV-2」の中へと潜り込んだ宏樹は、青年の後を追って現実世界へと向かった…。

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