第3話 放課後カフェ
時報が知らせた時刻は今までの時刻からして絶対に14時だ。
「完っ全に遅刻だ!」
そう認識した瞬間、急に現実に引き戻された感じがして、途端に今起こった出来事がどうでもよくなった。
僕は急いで散乱した写真と箱を一纏めにして倉庫にしまって、遅刻の連絡を入れながら慌ただしく自宅を後にした。
せっかく薄着のアウターを選んで着てきたというのに、走ってしまったからか結局汗だくになった。
そこから15分くらい走っただろうかという時、ようやく御谷広場へと到着した。
「おせぇぞ宏樹!」
「何してたー?」
時刻はもう14時半前、既に二人は御谷広場へと集まっていた。
「本当ごめん!家の手伝いしててさぁ」
僕は遅れた理由の中で“あの出来事”のことは話さなかった。
話して変なやつだと思われるのも嫌だし、そもそも話しても信じてもらえないだろうと思ったからだ。
「まあ、時間はたっぷりあるし、ゆっくり行こうぜ」
幸い、楽観的な幸人は特に気に留めていないようだった。
「そうだね」
もう一人の友人もそれに賛同し、僕たちは目的のカフェへと歩き始めた。
幸人と一緒に僕を待ってくれたもう一人の友人は
高校で知り合った友だちで彼は地元から離れるためにわざわざ県を跨いでこの学校に通っているそうで、クラスの中でもダントツで家が遠い。
その理由は定かではないが、特に気になったことはない。
彼は中性的でふんわり系の見た目をしているのだが、中身は冷静沈着で人の気遣いができる繊細な性格の持ち主だ。
最初に会った時に僕と幸人が女の子かと思って話しかけたら、ゴリゴリの低音の声が返ってきてびっくりしたエピソードは今でも度々話題になるくらいには印象的だ。
性格も温厚でいつも丁寧な彼は、口数の少なさの割に女子からの人気が熱い。
当の本人はあまり異性に興味はないようで、自分の評価が周りの印象を下げてしまわないよう丁寧に対応しているだけだという。
かっこつけている言うクラスメイトもいるが、人を悪く言うような人物ではないから今まで僕は不快に感じたことはない。
そんな樹と幸人と僕の三人はカフェに行くという目標に向かって歩いていた。
「にしても暑いよなぁ、まだ4月だぜ?」
幸人が手仰ぎをしながら言う。
「現在の気温は27℃、平均より8℃高い数字だね」
「やっぱり、衣替えして正解だったわぁ」
暑がる幸人に僕は少しクソ野郎を演じる。
「お前遅刻したくせに涼みやがってよ!」
「まあまあ、というか幸人そのアウター脱げば?」
「その手があったか!」
樹にそう提案されて、秒で納得する幸人に僕は呆れて笑う。
「怒るのか落ち着くのかどっちかにしてくれ笑」
「お前覚えとけヨォ?」
そんな取り止めもない会話もしつつ、僕たち三人はカフェへとたどり着いた。
「いらっしゃいませ〜何名様ですか?」
「3名ですー」
「お好きな席へどうぞ〜」
いつもの店員さんといつものやりとりをした僕たちは窓側のテーブルへと腰を下ろした。
「二人は何にする?」
「いつものをお願い」
「俺はカフェラテを頼んだ」
二人から注文を聞いた僕はカウンターへと向かう。
これは僕ら三人の中での軽い決まり事だが、毎回毎回注文をとりにいく人を順番で決めている。
今週は僕、来週は樹というふうに毎週変えているのだ。
特に深い理由はないのだが、こういう小さなコミュニティの中で独自のルールができてしまうのは、よくあることだから、気にしたことはない。
「ブラックコーヒーとカフェラテを二つ」
「かしこまりました〜」
聞き慣れた甲高い店員さんの声がキッチンの方へと吸い込まれていく。
この待ち時間はレジテーブルや、店内の壁にかけられた新らしい商品の広告を見ながら過ごすのが自分の中のルーティーンになっている。
前回来た時にはなかった商品があった時は心躍るし、逆に前回まで利用できたサービスが利用できなくなった時は少し損した気分になる。
そんな酸いも甘いもある何気ない日常を与えてくれるのがこの待ち時間にはありふれている。
程なくして店員さんが注文の品を手に持って戻ってきた。
「熱いのでお気をつけて〜」
僕は軽い会釈をしながら両手で商品を受け取って、重たい荷物をのせた貨物列車の様な速度でテーブルを目指した。
「さんきゅサンキュー」
2人にそれぞれの注文品を手渡して僕も席についた。
もらったアイスカフェラテで喉を潤わせて一息ついた僕は、また口を開く。
「今年は三人とも同じクラスになったな」
「だなぁ」
今までは自分と樹が同じC組で幸人だけがB組だったが、今年から全員A組になった。
「色々捗りそうだな!なぁ樹」
「授業中は邪魔しないでよ?」
「わぁかってるって!」
幸人はまるで新しいおもちゃを買ってもらった幼児の様に、はしゃぐ気満々の笑みを浮かべていて、そんな彼を樹は心配そうな目で見ていた。
「まあでも、幸人の言う通り遊びに行く計画はしやすくなったよね」
「それは間違いないね」
僕のフォローに樹はコーヒーを嗜みながらそう答える。
そんな時、ふと気になって僕は彼に尋ねた。
「そういや樹、どうして理系に行かなかったの?」
御谷山高校では、二学年に上がる時に理系、文系、情報系、福祉系、体育系の五つの組に分かれることになっている。
彼は担任から理系に行くことを勧められており、彼自身も数学や化学が好きだと言っていたことから、彼が文系であるA組に来るとは誰も思っていなかった。
どうしてA組を選んだのだろう?という当たり前の疑問に対して、彼はコーヒーカップをテーブルに置いて答える。
「つまらないから」
「つまらないから?」
単純かつ、やや斜め上な解答に僕と幸人は首をかしげた。
次に樹の口から飛び出したその理由は人間味あふれるものだった。
「せっかくできた友達と離れてまで受けたい授業なんてないよ」
それを聞いた幸人は照れながら「嬉しいこと言うんじゃねぇよぉ全く」と分かりやすく喜びを表現した。
そのやりとりを聞いた僕も口を開く。
「樹のそう言うところが好かれる理由なんだろうなぁ」
「好かれる?僕が?誰に?」
「まあまあまあ」
そんな他愛もない話を延々と繰り広げながら放課後の時間を過ごした。
きっとこんな生活が続くことこそが、今の僕らにとって最高で“普通の日常”なのだと強く思う。
行く道は違えど、いつもこうして笑い合える友だちがいてくれることを、切に願う。
* * *
「それじゃぁまたな〜」
「またねー」
17時半を回った頃、カフェで樹と分かれた僕と幸人は自宅を目指して歩いていた。
辺りは既に薄暗く、空にはほんのり残った夕暮れ雲が気持ちよさそうに風に流されていた。
「明日から授業かぁ、だりぃ〜」
幸人はあくびをしながらそう呟いて、意味もなく手をブンブン振り回す。
「まあそう言うなよ、これから一年は同じクラスだから、色々楽しいことあるぜ?」
「まあ、それもそうだなぁ!」
そう言って幸人は背伸びした。
幸人は大の面倒くさがりな性分で、授業中もすぐに教科書の別のページを開いたり、誰かと話したりすることが多く、忘れ物も頻繁にしている。
丁寧で堅実で成績もいい樹とはあらゆる点で逆さまだ。
とは言っても、樹と幸人が仲が悪いわけではない。
むしろ違いが持たぬものを持つもの同士としていい感じに中和しあっている理想的な関係だと思う。
「それか今から2人で二次会でも行くか?」
「二次会っておま笑」
…どこのおじさんだよ!と内心思いつつも、案外行ってみたら楽しいんだろうなぁと思う自分もいる。
こうやってどこかに誘ってくれる友達がいるのも何気ない日常の一つだと思う。
「今からはきちぃけど、またどっかで飯でも食いに行こうやぁ」
僕は幸人の気さくな提案に賛成の意を示そうと口を開こうとした。
しかし、それは思いもよらない現象によって遮られてしまった…。
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