第12話 北御谷とそのいわく



「一夜にして消えてしまったからなぁ…」



長いこと口をつぐんでいた父が言った…。

「一夜にって…え?何が起こったの!?」

「話すと長くなるんだが…」


父の話曰く御谷山の中にあった北御谷集落は宏樹が生まれてからすぐ、大規模な火災に見舞われてしまい集落の殆どが焼けてしてしまったというのだ。

今世紀最大と言われるほどの大火災だったそうで、当時のニュースで大きく報道されたという。


「そんなことがあったんだ」

近くの鉄道駅である御谷山駅はボランティアの人や各メディアの記者団などで、利用困難なほどごった返していたそうだ。


その話を聞いた宏樹はあることを疑問に思った。

「でも、今まで聞いたことないよ?そんな話」

それだけ騒がれた出来事が起きた集落跡の存在を、今の今まで知らなかったというのは少し不自然だと感じるのも無理はない。

宏樹は地区で開かれるお祭りなどでよく近隣の人とも関わっていたし、小中の頃には地域のことを教わる授業などもあったため、知る機会はいくらでもあった。


「まあ、それもしょうがないだろうな」

そう言いながら顔を曇らせる父は神妙な面持ちで言った。


「何せ北御谷には、よくない噂が立っているからな…」

「…よくない噂?」

発端は北御谷で起こった、とある事件が関係しているという。


父によるとそれは火災からちょうど10年が経ったある時、北御谷に足を踏み入れた一人の女性記者が忽然と姿を消すという、まさに神隠しといった事件が起こったというのだ。


「なにそれ怖っ!」

警察や災害派遣なども出動し朝から晩まで辺りの捜索を行なったが、消えてしまった人の痕跡すら見つけることができなかったそうで、今もなおその人の行方はわかっていないという…。


「捜索はもうされてないの?」

「もう事件から6年くらい経つだろ?…つまりそういうことだ…」

そう言いながら父は床に置かれているギターの表面を意味もなくさすり始めた。

「そうなんだぁ…」

宏樹はその話を聞いて、いつになく虚しさを感じていた。


だがこの話の本題はここからで、この事件を発端としてそこ北御谷区は「人が消える」「入った人間は幻覚を見る」といった根も歯もない噂が立つようになり、いわく付きのスポットとして世に広まることになった。

その結果いたずら目当てや肝試しと称して集落跡に侵入する若者が後を絶たなくなってしまったという。

「それは嫌だね」


ゴミの投棄や集落跡への落書きなども大きな問題だったが、若者らが集まる時間帯はもっぱら深夜ということで。近隣の住宅地に住む人らに計り知れないほどの騒音被害をもたらしていたと言われている。

自治体は事態を重く受け止め、警察による夜間パトロールを行うことで、周辺への騒音被害を減らす活動を今でも行なっているという。


「だからこの辺の小中学校も、集落跡に近づかせないように教育を自粛するところが多いみたいだ」

「それでかぁ〜」

そういう背景があるのなら、宏樹がその集落を知らなかったというのは納得できる。


ただ一難去ってまた一難。新たな謎が宏樹の口から飛び出す。

「でも、そんなことが起きてるのに、なんで取り壊さないの?」


そう疑問に思うのは当然だ。近くに住む人からしたらそんなならず者の溜まり場になっている廃集落をずっと放置しておくメリットなんてないはずだ。

その土地を管理している人は一体何を考えているんだ。…と思っていたが。


「それは、できないらしいんだ…」

「できない…?どうして?」

父はギターから手を離し、あぐらをかいてはまた口を開く。


「実は…そこに住んでいた人たちは皆、消えてしまったんだよ...」

「……え!?どういうこと!?」

…村人が消えた!?そんなまさか…!

急に明かされる驚きのミステリーに宏樹は今までにないほど食いつく。


父曰く、火災が起こる前そこの集落にはおおよそ200人弱くらいの住居者がいたそうで、山から地方へと降りてきて仕事をしていた人や、慎ましく暮らしていた老夫婦などもいたと言われている。

なのに、そこに住んでいた人たちは火災が起こった後に全員いなくなってしまったというのだ。


「いなくなってたって!どこに消えたの!?」

「全てが不明らしい…」

焼け跡からも遺体は見つかっておらず、本当にその集落に関わっていた人だけがピタッと姿を消してしまったそうだ。

当然、そこの土地を所有していた人もいなくなってしまったので、自治体も野放しにするしかないというのだ。


「なにその集落、やばすぎでしょ!」

その事実を知ってしまった宏樹は、母の思いもわかるような気がした。


差出人不明の荷物に書かれてあった地名の集落で、大火災に神隠しと畳み掛けるように不穏なことが巻き起こっているのだ。

たとえこの写真箱が祝いの品だとしても、気味が悪いと思ってしまうのは仕方ないことだった。

そこに住んでいた人たちは、どこに行ってしまったのだろうか…?



「…にしても、やけに興味あるんだな?」

数十秒の沈黙を挟んだ父は、ギターの表面を布で拭きながらそう聞いてきた。


「え?……あーいや…。少し気になっただけ、だけど…?」

急な問いかけに宏樹はしどろもどろになった。

「…まあそうだな、あの辺りは熊が出ることもあるから、もし行くんなら鈴は必ず持っていけよ」

父は何かを察したのか、そうアドバイスをしてくれた。


「どうしてわかったの?そこに、行きたいって………」

「…まあなんとなくだ」

宏樹は心の内を当てられた驚きでうっかり口が滑ってしまった。


「母さんからお前が、不思議なものを見たって話を聞いてな…。詳しいことはわかんねぇが、その集落と何か関係があるんだろ?」

「うん、まあね」

宏樹はまずいと思ったが父は深く詮索してくることはなく、宏樹がその集落に行くことにも否定的ではなかった。


「母さんにはうまく伝えておくから、行く時は気をつけろよ」

「ありがとう、父さん」

普段は自由気ままであまり頼りになると感じたことない父だが、今日だけはそれを撤回してもいいと思うほどに頼もしかった。


「二人ともーご飯できたよ!!」

「はーい、今いく!」

宏樹は母の声かけに応じ、写真が入った箱を机の中にしまって一階へと降りた。


✳︎ ✳︎ ✳︎


「ふぅ〜お腹いっぱい」

夕飯をたらふく食べた宏樹は、部屋に戻るとすぐさま明日の準備に取りかかった。

…容量は多いに越したことはないな…

宏樹は山に行くために旅行用の大型リュックを取り出した。


…山ということは、まず虫除けスプレーがいるな……

虫除けスプレーなら去年からの残りがある。

ついでに痒み止めの薬も持っていこう。


…そして日中は暑くなるから、水は必要になる……

いつも使っている水筒に麦茶と氷をいくつか入れて、リュックに詰め込んだ。

少し重くなってしまうのが気になるが、ないときっと困る。


…あと、念のため着替えも持っていこう……

寝泊まりすることはおそらくないだろうが、とりあえずシャツとズボンと下着類だけは一枚ずつ持っていこう。

これなら仮にホテルに泊まるとなった時でも問題ない。


…他に何かいるかな…?…そうだ!

宏樹は学生バックの横につけていた鈴を取り外して、リュックにくくりつけた。

「よし!これでいいかな」

…ふぅ〜、ついに明日かぁ〜


今更にはなるが宏樹は、例の集落跡に行ってみようと思っていた。

あの写真に書かれていた集落地ということで、少しでも手がかりが得られるかもしれないと考えたからだ。

たくさんの怪事件が起こった場所だとされているが、今まで数多くの事件に巻き込まれてきた宏樹にとって、その情報にはむしろある種のエンパシーを感じていた。



…今日は早めに寝よう……!

宏樹はスマホを充電器にさして、部屋の電気を消し早めにベッドへと潜り込んだ。

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