第11話 最後の手がかり
宏樹はほっと胸を撫で下ろし、いつものように玄関の扉を開けた。
「ただいま〜」
父と母の靴と、数年ほど前に家を出た姉貴のぼろローファーが並べられたいつもの玄関。
今までと何も変わらない普通の自宅だった。
宏樹が中に入るとエプロンを着た母がキッチンから顔を覗かせる。
「おかえり、どこ行ってたの〜?」
「す…少し散歩してきただけ」
宏樹は今まで見たもののことは一切話さなかった。
街中で戦車に遭遇して撃たれたなんて言ったらどこの病院に連れて行かれるかわからない。
「部屋の窓開いてたよ〜しっかり確認してねー」
「はーい、次から気をつけるよ」
幸いにも母は、宏樹が家を飛び出したことを不審に思ったり咎めたりすることはなかった。
玄関で靴を揃えた宏樹はとりあえず自室へと向かうことにした。
階段をのぼって部屋の扉を開けるとそこには目を疑う様な光景が広がっていた。
…え!?…なんで!?
信じられないことに部屋の中は、宏樹が家を飛び出す前の状態のままになっていたのだ。
…ありえない!!!
跳ね除けたはずの椅子もぶちまけたはずのコップの水も、あたかも時が巻き戻ったかの様にそこにあった。
自宅には母も父もいたから、椅子が元通りになっていてもおかしくはない。
だが、ぶちまけたコップの水がそのままなのは説明がつかない。
…これは只事じゃないな………
ほっと一安心していたのに、またしても不可思議な現象に遭ってしまい宏樹は思わずため息をついた。
そんな時、母からの声が聞こえた。
「宏樹〜、先にシャワー入って〜」
「あー…わかった、今行く」
宏樹はどうしようかと一瞬迷ったが一度心を落ち着かせるために、母の言葉にしたがってシャワーを浴びることにした。
浴室で体を洗いながら、宏樹は今日あった出来事を少しずつ整理した。
まず自分の家に人玉が現れ、逃げていると今度は謎の戦車に襲われた。両者から逃げるため幹線道路を渡って住宅街に入り、追い詰められていたところを不思議な青年に助けられた。
そして、家に帰ると自室の中が人玉に襲われる直後のままになっていた。
…やっぱり普通じゃないな…
やっぱりそれらは非現実的で、理解できないような事象ばかり…。
ただ、今までの経験からこの世界について多少わかってきたこともあった。
…あの世界では、ほとんど誰とも会わなかったな………
街中でKV-2と遭遇した時も、さっきまで街中にいた時も…。
周囲を歩いていた人や車が忽然と消え、まるで人類だけが消えてしまった映画の様な世界が広がるのだ。
唯一出会ったのは危機を救ってくれた顔も名前も知らない青年だけ…。
宏樹は整理した内容をもとにある結論を出した。
『自分はなぜか他の人とは何かが異なるようで、陸上戦車が蔓延っている世界に突然迷い込んでしまう』
改めてまとめてみた言葉を頭の中で復唱してみると思わず、なんだそれはとツッこみたくなるが宏樹は至って真面目だった。
…だって、そうだもんな………
宏樹にとってそれが見たもの聞いたもので真実なのだから。
シャワーから上がった宏樹は自室へと戻って部屋着へと着替えた。
着替えている最中、隣の元姉の部屋から誰かの声が聞こえてきた。
「父さん何してるの?」
隣の部屋には仕事の作業着を着た父がいた。
建設業に携わる父は仕事から帰って来たら真っ先にシャワーを浴びるのに、今日は珍しく作業着のままだった。
「ん?あー俺か、まあ見ての通りだ」
床に座っている父の前には倉庫の中にあったアコースティックギターが2本並べられていた。
どうやら、父が持っているギターを買いたいと言っている職場の後輩がいるそうで、埃まみれになったギターの掃除をしていたのだそう。
「埃がすごいから作業着のままがいいだろうと思ってな」
「なるほど」
父は昔、趣味でバンドマンをやっていたことがあって、ギターの他にも使い古されたキーボードやマイクが今もなお倉庫の奥で埃をかぶっている。
父が楽器の手入れをしている姿はもう小学生以来見ていなかったからどこか新鮮味を覚える。
…あ、そういえば…!
「そうそう、父さん」
掃除をする父を側から見ていた宏樹は、あることを思い出し自室に戻った。
「これなんだかわかる?」
そしてとあるもの持ってきて父に見せた。
「衣替えの時に見つけたんだけど、これって一体なんなの?」
「ん?…あぁ、これか………」
それは倉庫の奥に置かれていた謎の写真が入った箱で、宏樹にとって原因不明の怪異の謎を解くための最後の手がかりと言っても過言ではなかった。
宏樹が箱の中の写真を父に見せると、父はなんとも言えない面持ちをした。
説明に困るものなのだろうか?それとも写真に写る人物に心当たりでもあるのだろうか?
「う〜ん、なんていえばいいんだろうなぁ」
父の表情はさらに硬くなっていく。
「何か言えないことがあるの?」
「ん〜当たらずとも遠からずだなぁ、別に気にするようなことでもないとは思うんだが…」
…気にすること…?何か隠し事か…???
父の言動に宏樹はますます箱の正体が気になった。
宏樹が悩んでいる父に更なる質問を投げかけようとした時、階段を上がって母が話に入ってきた。
「二人とも、何してるの?」
「あーいや、なんでもないなんでもない」
母の登場に父は少しばかり動揺していた。
…母親に見つかるとまずいものなのだろうか…?
そう思った宏樹が父と同じように平然を装ったその時、母が口を開いた。
「お父さん、まだそれとってるの!?」
母は明らかに宏樹が持っていた、写真と箱を指差してそう言った。
「誰かからのお祝い品かもしれないだろう?」
父はまるで弁明するかのように母にそう言い返した。
「そんなわけないよ〜、気味が悪い」
母は父の言葉にやや呆れていた。
「宏樹、それ倉庫に戻しといてね」
そう言い残して母は、もうすぐ夕食できるわよ〜と言いながら階段を降りて行った。
母が降りて行った後、宏樹は父に尋ねた。
「祝い品ってどういう意味なの?」
両親の会話の中に出てきたその単語は、宏樹の耳にしっかりと引っかかっていた。
「ん〜実はな………」
するとしばらく口を閉ざしていた父が
父の話によると、この箱は宏樹が生まれた2070年11月15日。その次の日に自宅の玄関前にぽつんと置かれていたものなのだそうだ。
第一発見者である父は、近隣の誰かがお祝い品として置いていったものだろうと思い自宅で保管することにしたそうだ。
そして、病院から退院してきた母と一緒にいざその箱を開けてみると、中からは全く心当たりのない例の写真が出てきたという。
よくよく見てみれば箱には差出人の名前すら書いておらず、郵便局に確認しても郵送した記録はないと言われたそうだ。
「じゃあこの箱はどこから来たの?」
宏樹がそう尋ねると父は首を振りながら言った。
「わからない…」
「そっかぁ…」
宏樹がそれに落ち込んでいると、父は箱の中の一枚の写真を手に取って言った。
「でも、一つだけヒントが書かれていた」
父が手に取った写真を裏返すとそこには
『
「地名?」
「そうだ」
「どこなの?この北御谷って」
御谷市ということはおそらく近場なのだろう。
「高校のそばに山があるだろ?その中に昔あった集落の地名なんだ」
やはりそうだ。宏樹が通う御谷山高校の近くには丘と山が連なっている場所があって、丘のほうは御谷ヶ丘と呼ばれ宅地化されている。しかし…。
「昔あったって、今は無いの?」
宏樹は父の話の中に出てきたその言葉に引っかかりを覚えた。
すると父は手に持っていたギターを床に置いて、ゆっくりと話し始めた。
「そうなんだ…なんでも、その北御谷っていうのは…」
それは北御谷にまつわるある”いわく“についての話だった…。
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