第10話 戦車青年
体感で20mくらい離れているだろうか…?
見たことの無い戦車に乗っている謎の人物は、宏樹のことをじっと見つめていた。
宏樹と同い年くらいだろうか?髪は長髪でやや赤みを帯びた金髪が特徴的だ。
薄暗いのもあって遠目からではあまりわからないが、顔にガスマスクのようなものをはめているようだった。
一見すると危ない人物のように見えるが…。
「あ、あの!」
そうは言っても、この絶望的な世界で出会った初めての人間。宏樹は怯えながらも声をかける。
すると少しの間を開けて青年が答えた。
「今は危ない、出歩くな」
低く透き通っている声だった。まだ会って数十秒だというのにその声からはどこか頼もしさを感じた。
…危ない…?今は?ってどういう…
ただ、その言葉の意味はまるでわからなかった。
宏樹がその青年が喋った内容に戸惑っているとまた青年が口を開く。
「そこを動くな」
さっきよりやや低いトーンでそう言い放つと、青年は乗っている戦車の砲塔を動かしこちらに主砲を向けた。
…っ!!
ドドッン!!ッガゴン!
宏樹が身構えてすぐに青年が乗っている戦車が火を噴いた。放たれた砲弾は宏樹の右側面をうろついていたもう一体の戦車に直撃した。
…やった、のか?
チラッと右を見てみると、そこにいた戦車から火が上がっていた。どうやら青年に助けられたようだった。
周囲が安全だとわかった宏樹は、戦車から降りるとゆっくりと青年の方へと近づいた…。
「ありがとうございます!助けていただいて」
宏樹は戦車に乗ったままの青年にそう伝える。
だけれど、青年は空でも眺めているのか上を向いたままで何も答えなかった。
「あの!…すいません!聞こえて…ますか?」
10秒経っても20秒経ってもこちらに反応する気配がない。
…聞こえてない、のか…?
宏樹がそう思い始めた時、急に青年が口を開く。
『
…?えい、けつ?強き意志…???
またしても発せられた理解に苦しむ単語に、宏樹が首を傾げていると青年が続けた。
「もうお前にも宿っている。気づいていないだけだ」
…もう宿っている…強き意志………はっ!まさか…!
そう言われた宏樹は、一瞬遅れてなんとなくその言葉の意味がわかったような気がした。
先ほど自分が考えていたことが、もしかしたら正しかったのかもしれない。
そう思った宏樹は青年に問いかける。
「英傑っていうのは…あの戦車のことですか…?」
問いかけながら宏樹は後ろに停まっている「KV-2」を指差す。
宏樹も少しずつ気づき始めていた。
もしかしたら、この戦車は味方なのかもしれない…と。
普通ならそういう考えにはならない。
実際に最初は襲われたと感じたし、人玉の姿で現れた時も死に物狂いで逃げ回った。
今もまだ、完全に信用しきっているわけではないが、あの時も撃たれることはなかったし、追いかけてきた戦車に対し強烈な一撃を喰らわせていた…。
残った二体の戦車に追い詰められた時も、結果的にKV-2の車体の上に逃げ込んだことでなんとか助かることができた。
よくよく考えれば、KV-2のおかげで多くの窮地を脱しているような気がしていたのだ。
だからこそ、この青年の言葉には心当たりがあった。
しかし…
「あ…ちょっと待ってください!!」
意地の悪いことに青年は宏樹の問いに答えようとはせず、砲塔の中へと消えてゆき開いていた蓋のようなものを閉じてしまった。
…せめて名前だけでも……!!
名前も聞けず、得られた情報といえば戦車英傑という謎の単語だけ。
…これじゃあまた振り出しだ…!!
「すいませーん!!」
宏樹は薄暗い住宅街のなかで、閉じられた戦車に乗り込んで行った青年を必死に呼び続けた。
一体何を間違えたのかもわからなかったが、自分の状況を唯一理解してくれそうな人にやっと出会えたのもあって、簡単に引き下がるわけにいかなかった。
そうこうしていると、突如宏樹の視界に青いものが広がった。
「わっ!!?」
なんと、青年が乗り込んで行った戦車から青い炎が上がったのだ。
「え?え!?え!!?」
確かに蓋を閉じて戦車の中に青年が入って行ったのを見ていた宏樹は、なんの前触れもなく起こった戦車の炎上に唖然とした。
「大丈夫ですか!!?」
炎上はKV-2の時とは比較にならないほど早く燃え広がり、ほんの数秒で中に青年が乗った戦車は炎に包まれた。
あの時と同じように炎からは全く熱を感じなかったが直に近づく度胸はなく。宏樹はただ遠くから燃え盛る戦車を見ていることしかできず、青年の安否を確かめることはできなかった。
だが、青年が無事かという疑問は思わぬ形に変化することになる。
「え…?えぇ!?消えっ…!!!」
炎が唐突に消え去ったかと思うと、今の今まで目の前にあったはずの戦車が跡形もなく消え去っていたのである。
「いない…!なんだよこれ!」
急いで戦車があった場所に駆け寄ってみるも、戦車のかけらすらも残っておらず戦車の中に入ったはずの青年もいなくなっていた。
…知らないうちに出て行った…のか。いや、ここは一本道だからいなくなったら気がつくはず…。
「どこに消えたんだ………?」
結局、自分を助けてくれたあの青年が何者で、どこに行ったのか何もわからなかった。
宏樹は、ただ静けさだけが広がる誰もいない世界に一人取り残された。
「はぁ………」
宏樹はKV-2の方へと戻り、
さっきまでずっと走りっぱなしだった上に、あり得ない体験の連続で宏樹の心はすり減っていた。
「なんか疲れた…」
もう家を飛び出して1時間は経つ。辺りはすっかり暗くなり街灯の灯りのおかげで、かろうじてここが住宅街であるとわかった。
依然として周囲には青年の他に歩いている人はおらず、どこからか声が聞こえてくることもなかった。
誰も歩いていない住宅街を、宏樹はただただ無言で眺めていた。
そうしているうちに、宏樹は車体の上でいつの間にか眠ってしまった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「大丈夫かい、僕」
宏樹は誰かに揺さぶられ目を覚ました。
「ん…?だれ?」
「こんな場所で寝たら風邪ひくわよ?」
………ん!?
宏樹はびっくりした反動で猫が飛び上がるかの様に起きた。
気がつくと周囲をスーツ姿のサラリーマンや、マフラーを巻いた年配の女性らにとり囲まれていた。
「す、すいません今どきます!」
宏樹は何がなんだかよくわからなかったが、とにかく逃げる様に駆け足でその場を離れた。
…なんなんだよ一体………
辺りには道路を行き交う車や自転車。歩道を歩いている人がちらほらいた。
夕暮れ時の風景としておかしなところはないが、さっきまでほぼ無人の世界にいた宏樹にとっては不思議で仕方なかった。
それに、おかしな点はもう一つある。
…俺…住宅街にいたはず…………
宏樹は敵から逃げながら幹線道路の先のほうへと逃げ込んだはずなのに、目覚めたところは出で湯通りだったのだ。
…なんでだ………?
自分で歩いてここまで帰ってきた覚えは無い。あそこから誰かに運ばれてきたとは考えづらいし、それはそれで怖い。
いっそ今見たものは夢だったと考えた方が合理的な気がしてくる。
…まさかこれも…?
宏樹がそう考えを巡らせながらしばらく意味もなく付近を歩いていたが、青年が言っていた「危ない」「出歩くな」という言葉に従って、とりあえず自宅に帰ることにした。
それから数分ほど歩いて、自宅まであと数百メートルと言ったところで、宏樹はあることを思い出して立ち止まった。
…そういえば!!
忘れかけていたことを思い出した宏樹は走って自宅へと戻った。
…もしかしたら、今頃…!
嫌な予感がよぎったが宏樹は何も考えずにただ走った。
そしてようやく自宅に辿り着くと…。
「よかったぁ……」
そこには、なんの変哲もない自宅がいつものように玄関灯を煌々と光らせていた。
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