第44話 少年と人影



「幸人!!!お前なのか…!?」


なんと、学校の裏門から飛び出して来たのは、友人の幸人だったのだ…!

彼は宏樹の元へと走って来るなり、その場に四つん這いになってへたり込んだ。


宏樹はその姿を見て、ハッとした。


…そうだ…そうだよ…!…幸人はあの時すでに…!!

宏樹は、今まで幸人に対して感じていた幾つもの違和感を、鮮明に思い出す。



ーーー


「宏樹!あれが見えないのか!?」

「え…?」


…あの時、先に敵の存在に気がついたのは幸人だ…


ーーー


「早く逃げよう!」

「逃げても無駄だ!」


…この発言も、初めて戦車を見た人のものとは考えにくい…


ーーー


「やっぱり…逃げるしかないのか…?」


…幸人はあの時すでに…


ーーー



バラバラだった点と点が繋がって、一つの結論を導き出した。


…傑帥だ…!幸人はずっと前から傑帥だったんだ…!

宏樹はそう確信した。


…傑帥じゃなかったら、ここにはいないはず…!

何よりも、彼が空世に迷い込んでいるというのが、動かぬ証拠だった。


「幸人!大丈夫か!?」

宏樹は急いで英傑「KV-2」の発動機を止め、地面へと座っている彼の元へと駆け寄った。


「なにがあったんだ幸人!?…どうしてここに…!?」

幸人にそう声をかけてみるが…。


「…はぁ…はぁ……」

彼は荒々しい呼吸をしているだけで、何も答えてはくれなかった。

宏樹はそんな幸人に、追加で質問を投げることを躊躇した。


…尋常じゃないことが起こったんだ…!!

幸人の体がブルブルと震えていることから、何か恐ろしい体験をしたのだということが、嫌でもわかったからだ。


「幸人…ここは危険だ!ひとまず離れよう…!」

宏樹はとりあえず安全なところに移動するため、英傑の車内に入るように伝えた。


しかし、彼はその場から動こうとしない。

「幸人…?」

そして…


「…どうした…?」

不安そうな顔で宏樹が幸人を見守っていると、彼の体の震えが突然ピタッと止まった。


「……大丈夫か…?」

宏樹がそう声をかけると、幸人はじっと一点を見つめたまま言った。


「燃えた……燃えた…………」

「燃えた…って…一体…?」

その発言の意味を聞こうとした次の瞬間。


「お、おい!幸人!?幸人!!??しっかりしろ…!!」

彼は、突然姿勢を崩して右に倒れ、その場にぐったりしてしまった。


…くっそ…!一体どういうっ…!??

幸人の身に一体何が起こったのか?

彼が最後に発した「燃えた」とはどういう意味なのか?


…今は考えている場合じゃない…!…とにかくここを離れよう…!

何も情報を得ることができないまま、宏樹は場を離れるため幸人を英傑の中へと運んだ。


宏樹はまず幸人の身の安全を守るためにも、なるべく攻撃を受けないよう敵と戦う必要性が出てきた。


100mくらい離れていれば、怨魂はこちらを視認できなくなる。

つまりそれくらいの距離を開けて攻撃を行うことができれば、反撃をもらう可能性も極めて低くなるということだ。


だから、宏樹は移動をすることにしたのだ。


…後方よし!前方よし!左右障害物なし……!!

急いで安全を確認した宏樹は、英傑を前進させようとした。

だが…


グゥゥア…グゥァァァアァァアアアア!!!!!!

…っ!?またあの声…!


再びあの唸り声が聞こえ、宏樹はまたしても動きを止められてしまう。

ただ、その声は先ほどとは違う場所から聞こえて来た。


…近づいて来てる…!!?

宏樹が友人のことで気を取られている隙に、先ほどの怨魂らが裏門の近くまで移動していた。

その様子を確認した宏樹は、すぐにでもこの場を離れなければならなかった。


…ん?まて!?あの姿は…なんだ…?

しかし、宏樹はあることに気がついて思わず移動をためらった。


それは、今までに見たことのない異質な怨魂の姿だった。



怨魂の数は4体。

まず、そのうちの3体「Alecto」は、これまでにも何度か相手にしてきた怨魂とは違い、履帯が紅く発光しており今までにないほど損傷が激しく、まるで何度も戦闘を繰り返してきたかのようだった。


…怨魂とは、違うのか…?

今まで戦って来た怨魂には、もちろん履帯が光っている車両などいなかった。

加えて、怨魂は分散して見つかることが多く、4両以上の集団が見つかることはかなり少ない。


…なんだろう、この不安感…

真っ暗な夜道を紅い光が不気味に照らしていて、やや怖さを覚える。


…それに、あの車両は………

そしてその3体の後を追うように動いている、もう1体の車両は宏樹でもよく知っているあの戦車だった。


菱形のようなフォルムの車体には、側面からは大きな砲身が突き出している。

天板には三角形の屋根が乗っかっており、車体後部には他の戦車にはないような車輪が取り付けられている。


それは同じくボービアの車両である「Mark I tank」であった。

あの国家生存戦争において、もっとも初めに実戦投入されたという有名な車両だ。


…まさかこんなところで遭遇するとは…

とても珍しい存在であり、動いている姿を見るのは今後ないだろう。


見つかっていないことをいいことに、その珍しい姿を眺めていた宏樹は、もっと不可解なものを見つけてしまった。


…ん…?…あれは、一体なんだ…!?……”誰か“が乗ってるぞ……!???

なんと「Mark I tank」の車体上部に何者かの影が乗っているのが見えたのだ。


…人か…!?いや…………あれは、人には…見えない…

それは、一見すると人の形のように見えるのだが、それは到底“人”と呼べるような様相を呈してはいなかった。


…なんだ…なんて表せばいいんだ…??

遠目からでよくわからないが 「Mark I tank」の車体に乗っている“それ”は、赤黒い色で渦を巻いておりおおよそ人のようには見えなかった。


…うまく表現できない…けど、とても嫌な感じがする……

敵なのかどうかはわからないが、渦を巻く人影をじっと見ていると、まるでグイッと引き摺り込まれてしまいそうなほど邪悪な色をしていた。

さらに奇妙なことに、その邪悪な色をした人影は、何か言葉を喋っているようなのだ。


…なんだ…何て言ってる…?

彼らとの距離はおおよそ70〜80m程あり、その声はわずかにしか聞こえなかった。


宏樹は発動機を止めたまま、謎の人影の声に耳を傾けていた。


「…忌々しい…忌々しい…」

…少女…?

謎の人影から聞こえて来たのは、幼い女の子のものと思われる声だった。


しかし、その声の内容はおおよそ少女の口から出るとは思えないようなものだった。


「…何故罪を犯して…のうのうと生きていられる…!?」

…罪…?どういう意味だ…??


「…何故焼かれた味方を見捨て…逃げたんだ!??」

…味方…?見捨てた…??何を言っているんだ…!?


次々と謎の人影から発せられる含みのある発言の数々は、宏樹には全く身に覚えのない話ばかりだった。

もしかしたら、人違いをされているかもしれない…。と宏樹が考えた次の瞬間…!


「そこにいるんだろう…!?隠れても無駄だ…!」

…なんだ…見つかったのか…!?


謎の人影のその言葉に宏樹は息を殺した。

その直後…!


「いぃっ…!??」

じっとしている宏樹の頭の横を砲弾が掠め飛んでいった。

そして...


「…卑怯者…!!卑怯者ぉ!!!!!!」

謎の人影がそう叫んだ瞬間「Mark I tank」の前方にいた「Alecto」三体がこちらに向かって来た。


…まずいまずい…!完全にこっちに来てる...!

謎の人影からの言葉が自身に向けられているとわかった宏樹は、急いで英傑の発動機を動かしてこの場から離れた。


…あれは一体なんだったんだ…!?

履帯が紅く光っている「Alecto」と「Mark I tank」


そして「Mark I tank」の車体に乗っていた謎の赤黒い人影。


一体、彼らは何者なんだ…?

今攻撃を受けたことで謎の人影が敵であるということだけはわかったが、それ以上の情報は何もわからないまま、宏樹はひたすら走り続けた。

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