第34話 腕引く少女の名は...



「謝ってよ!!!!!!!!!!」


少女は宏樹の方を向いてそう言い放った。


彼女の名は白待美咲しらまちみさき

御谷山高校の特進コースに通っている同級生で、宏樹の交際相手だ。


彼女とは小中高同じ学校に通っており幼馴染だと間違われることも多いが、実は交際するまであまり関わったことはない。

告白をしたのは美咲の方だがその理由も「友達にそそのかされたから」と言う、思わずなんだそれと言ってしまいそうになるものだった。


交際のきっかけは少々アレだが彼女とは趣味のジャンルが近く、お互いに隠し事をしない性分のため、本音を言い合える理想的な恋仲だと周りからは言われている。

それに彼女自身も明るい性格の持ち主で言葉遣いも丁寧なので、友達も多く教師からも信頼されている。


しかしそれらのプラスな評価は、あくまでも評価の一つでしかないと言うことを、宏樹は知っている。



「謝れって言われても…それはこっちのセリフなんだけど!?」

美咲が要求してきたことに対して、宏樹は強く反発した。


「急に腕を引っ張ってきたのは美咲だろ!?」

宏樹は思ったことを全部、包み隠すことなく彼女にぶつけた。


すると彼女は、火に油を注いだかのような爆発的な怒りを露わにした。


「そんなの関係ない!先に心配をかけたのは宏樹の方じゃん!!!」


美咲の言い分はこうだ。

『この1週間の間、連絡も入れず返さずで多大な迷惑をかけた。だからそれを謝って欲しい』

と言うことらしい。


「説明して!!!なんで連絡してくれなかったの!?」

説明を求められた宏樹は、不貞腐れるように言った。


「病院に…入院してたんだよ…!」

それを聞いた彼女はさらに声を荒げる。


「なんでそんな大事なことを言ってくれないの!?私…心配するんだけど!?」

「しょうがないだろ!?病院では携帯使えなかったんだから!!」


宏樹は、さっきから強気で言い詰めてくる美咲を、少々鬱陶しく感じ始めていた。

いつもならそんな風に彼女に対して思うことはまずない。


普段からも彼女は宏樹に対して思ったことを隠さずに言ってくるのだが、ハイハイと言ってさっと流したり、軽く謝るくらいで済んでいた。

それなのに、今の宏樹はいつものように素直になれずにいた。


精神と肉体のダブルストレスに加え、そもそもが宏樹は被害を受けている側で何も悪いことをしていない。

そう言ったことが積み重なってしまい、宏樹はいつものような冷静さを欠いてしまっていた。


「じゃあ………謝ってくれないの…?」

美咲が俯いたまま呟く。


「………」

しかし、それではいけない。


思い返せば前日、たくさん溜まっていたSNSの通知を確認していなかったし、ここ1週間は彼女のことを少々失念していた。

たとえ自分に非があるわけじゃなかったとしても、彼女に要らぬ心配をかけてしまったのは紛れもない事実だ。


感情的になっても問題は解決しない。


「………悪かった…」


宏樹はしばらくの沈黙の後、しっかりとそう伝えた。


「………」

美咲は何も答えない。


「心配してくれてたのに…怒鳴ったりして…ごめん…」

宏樹は無言で俯いたままの美咲に対して、そう続ける。


「………」

「……………」


ついには、お互いに何も喋らなくなった。


それからしばらく二人して黙ったままでいた。

そんな時…。


「………に……てって」

「……え…?」


美咲が突如として口を開いた。


「…じゃあ………につ…てって」

「どこに…?」


宏樹はうまく聞き取れなくて、二度聞き返した。


すると彼女は急に声を大きくして言った。

「お詫びにカフェに連れてって!!!」

「カ…!カフぇ!?」


突然なんの脈絡もなく言われたからか、宏樹は思わず変な声が出た。


「そう!心配かけたお詫びにカフェ!!もちろん行ってくれるよね!?」

美咲はさっきまでの強気な姿勢そのままに強引な誘いをしかけてくる。


…確かに心配かけたよ!?でもさぁ………!!

あまりにも突然にカフェに行くという選択を迫られた宏樹。

しかし、彼にはその要求に間髪入れずに頷くことのできない理由があった。


「そ、それはちょっと…無理…というか難しいかも…」

宏樹は言葉を濁しながらやんわり断ろうとした。


だがそれを聞いた美咲は…。

「行かないならいいよ。バイバ〜イ」


…あ、ちょっと…!!!

彼女は吐き捨てるかのようにそう言い残して場を立ち去ろうとした。


「行く!行くからごめんって!!」

宏樹はこれ以上美咲に面倒かけると後から何を言われるか…。と思い急いで彼女の背中を追いかけた。


✳︎ ✳︎ ✳︎


放課後、結局カフェへとついて行くことになった宏樹。


「いらっしゃいまs…あらぁ〜美咲ちゃんと宏樹くん!」

「今日もラブラブだねぇ〜」


二人が店内へと入ると、中から見知ったお姉さん店員さん達がそう声をかけてくれた。

「今日はまたデート?」

「いや…デートとはちょっと違いますね…」


顔見知りの店員さんがニコニコしながらそう聞いてきたが、宏樹は苦笑いしながら答える。

するともう一人の店員さんが、なにかに気がついたかのようなリアクションをした。


「もしかして…喧嘩した?」

…え!?どうしてわかったんだ…!?


宏樹は思わず目を丸くして店員の目を見る。

女性の勘は鋭いとは聞くが、本当なんだなと改めて実感する。


「まあ〜当たらずも遠からずですよ〜」

彼女はいつものように、うまく受け流してささっと注文をし始めた。


そうして。いつも飲んでいるフラペチーノを、おそろいで注文した二人は席についた。


「………」

「…………」


しばらく二人は何も話さないで夢中でストローを啜っていた。


「…………」

「……」


すると、ふとしたタイミングで美咲が口を開いた。


「宏樹、今日は…色々言っちゃってごめんね…」

その言葉に宏樹は首を振った。


「俺の方こそ…ごめん」

彼女はさっきまでの強気からは想像できないくらい、静かな声で話を続ける。


「宏樹も色々あったみたいだし…ちょっと言いすぎた…よね…」

「こっちこそ…心配かけてごめん」


宏樹はその言葉にやりどころのない感情が胸に溜まっていくのを感じた。


「…ひさびさだね…言い合ったのって…」

「だね…笑」


それから僅かな間の後、美咲が口を開く。


「ねえ宏樹…これを機にさ…。一つ、約束して欲しい」

「約束…?」


…これを機にとは…?

宏樹は少しその発言に引っ掛かりを感じたが、ひとまず尋ね返す。


「うん…」

「どんな約束?」

その質問から数秒後…美咲は俯きながら告げる。


「…絶対に…いなくなったりしないでね…」

彼女はそう言うと、目の前にあるフラペチーノの容器の前で指を組む。


宏樹はその発言に少々ビクッとした。

…まさか美咲は知っていr……いやいやいや!そんなわけない…!…じゃあどうして…??


「どうしてそんな約束を…?」

宏樹はひとまず落ち着いてそう尋ねてみる。


「ん〜…特に意味はないかな笑」

美咲は指を組んだ手を、ただじっと見つめながら微笑み交じりにそう返す。


「そっか」

…不安なのかな…喧嘩したから…

宏樹はそう返事をした後、少しだけ間を置いてゆっくりと口を開く。


「…わかった…約束するよ」

宏樹はゆっくりとはっきりと、諭すように美咲に告げた。


「…ありがとう」

彼女は朗らかに微笑み、そう宏樹に返した。


✳︎ ✳︎ ✳︎


こうして、心の暗雲が晴れた二人はまた、いつもと同じようにカフェデートを楽しんだ。


学校でのささいな出来事や、授業中のちょっとした愚痴みたいな。

他愛もない話をしているだけの時間が、二人の間に流れている。


宏樹はいつものように恋人と話している中で、ある一つのことを思っていた。


…やっぱり、俺はこっちの世界の方がいい………


辛いことや苦しいことは、向こうの世界に比べたらきっと山ほどある。

実際に今日、恋人と言い合ってをしてしまったし、きっとこれからもたくさんの迷惑をかけることになる。


しかし、それを上回るほどのメリットが現世にはある。


友人と食堂で旨い飯を食べたり。

彼女と放課後にカフェに行ったり。

そんな、当たり前で幸せな日常が…。


現世にはある。

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