第二巻 黒きベールに覆われた者

序章

第0話 葛藤



太陽は遠い向こう側へと沈み、日増しの温かさはもう霞のように消えてしまっている。


そんな黄昏色に包まれゆく街中で、とある少女が独り苦境に立たされていた。



「………」

少女は場に留まったまま動く気配がない。


「………行かなきゃ…早く…」

その様子とは対照的に、彼女の口からは焦りさえ感じさせるような単語が飛び出てくる。


「行かなきゃ………!」

でもやはり、彼女は留まったままで動こうとしない。


その理由は単純明快。

…怖い……………

前進した先に待ち受けている“モノ”に対して、常人では理解できないほどの恐怖心を抱いているのだ。


「早く…………!」

だからこそ、彼女はこの場所に留まって葛藤していた。


これは、今に始まったことではない。

もう数えきれないほど、この場所に独りでやって来てはこの葛藤を繰り返している。


次こそは行かなきゃ…!次こそは…!と…その胸に何十回と誓い続けてきた。

しかし…


「………ダメだ…!できないっ……!!」

その誓いを果たすことはついぞ叶わなかった。

彼女の心を支配しているあまりにも強大な恐怖心が、それを許してはくれなかったのだ。



そんな風に少女が独り悶々としている最中、これが起こった。


………!?…今……!!

物怖じしている少女の目の前を、一瞬のうちに“何か”が通り過ぎていった。


…今のって………!

彼女の目に一瞬映ったモノは、紅い光を放ち暗闇を照らしている“何か”だった。


…絶対…!あれだよね………!?

そして、彼女には“それ“が一体何者なのかがすぐにわかった。


…行かなきゃ…!!

その正体がわかっているからには、いち早く後を追わなければならない。


…早く行かなきゃ……手に負えなくなる……!!

もし“それ”に逃げられてしまったら後々どうなってしまうか、彼女は痛いほどわかっていた。

それなのに…


「…………やっぱりダメだ…!!!」

彼女は己の心を支配している恐怖という殻を破ることができず、その場で反転した。


…もうこんなところにいられない…!!!

そして、今まで迷っていたことや目の前を通り過ぎたとある存在。


その全てを置き去りにしたまま少女は逃げるようにどこかへ行ってしまい、再び戻って来ることはなかった。

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