第68話
お泊り2日目は特に何事もなく、本日3日目も、特に何も起こらないまま夜を迎えた。
今日の午前中に累パパから連絡があったらしく、予定通りに行かなかったため、帰ってくるのは明後日になりそうとの話だ。
つまりお泊りは延長……。
私以外皆女性なので、やはりちょっと気を遣うというか、自室以外は少し居心地が悪いような感じはあるけど、この家に泊まること自体に不満はない。
ご飯を用意して貰えるうえにめちゃくちゃ美味しいし、毎日おやつやコーヒーを楽しめるし、ラテちゃんもキャラメル君も可愛いしで本当にいい待遇を受けているのだ。
毎日とは言わないけど、時々お世話になりたいくらい最高だと思っている。
ただ……初日の夜に興味本位で周囲の気配を探って以降、常に周囲の気配を感じてしまう様になってしまった。
脳みその押しちゃいけないスイッチを押してしまって、OFFに戻せないような感じだ。
常に誰がどこでなにをしているのか分かってしまうため、他人のプライベートを覗いている様な気がして、ちょっと後ろめたいというか、心苦しい感じがしている。
累パパが帰ってくるまでのあと2日間、何事も無ければいいのだが……。
そんなことを祈りながら、今日も動画の編集を始めたのだが、祈ったことでフラグが立ってしまったのか、家の周囲に複数名の人の気配を感じた。
それも明らかに良からぬことを企んでいそうな不審者っぽい雰囲気だ。
人数は14人。
雰囲気で決めつけるのは悪いことかもしれないが、まずこんな時間にこの家の周りをウロウロしている時点でアウトだし、なるべく足音を立てない様に意識した歩き方をしている時点で、不審者を通り越して賊と思ってしまっても仕方がないだろう。
少なくとも累パパの用意したボディーガードではないと判断し、ノートパソコンをマジックバッグにしまってから累ママのいる部屋の前へと移動し、扉をノックした。
「あら、誰?」
「すみません音倉です。 ちょっとおかしい雰囲気なので、皆を集めて貰えますか?」
「おかしい? ……分かったわ」
累ママはすぐに部屋から出てきた。
夕食の時点ではスウェット姿だったのだが、今は可愛らしいパジャマ姿だった。
累ママはパジャマ派……覚える必要はないだろう。
「安全な部屋に集まって欲しいんですけど、前に立て籠った部屋は使えそうですか?」
「いえ、あの部屋は無理よ。 直したのは見た目だけで、ちゃんと直すには大掛かりな改修が必要らしいわ。 他にも隠し部屋はあるけど、猶予はどれくらいありそう?」
敵は玄関の近くに6名が待機しており、恐らく4名は洗濯室となっている裏口へ向かっている最中で、残りの4名は裏口へ向かっている人たちとは反対周りで、恐らくキッチンの勝手口へと向かっている感じだ。
恐らく1人も逃がさないために、玄関以外の出入口も封鎖するつもりなのだろう。
まだ緊張感や気づかれない様にコソコソしている印象が強く、殺気や悪意を一切感じないので、突入まで結構時間がありそうだ。
「大きな音は出せないですけど、まだ少し余裕はあると思います」
「分かったわ。 一度リビングに集まりましょう」
というわけで、各部屋を回って皆に声をかけて、皆でリビングへと到着。
累ママはリビングの隣にあるキッチンへと向かい、キッチンマットを退かして床下収納を開く。
中には水や缶詰、レトルト食品などの非常食が入っていた。
食料は家族4人で1週間分くらいありそうだが、水は3日分しかないような……今はそんなことどうでもいいか。
だが、今は確かに非常事態だと思うが、なぜ非常食を……?
そんなことを思っていると、累ママは中に入っていたものを次々と取り出していき、最後に空になった収納庫を丸ごと持ち上げる。
するとそこにあったのは、暗証番号を入力するタイプの頑丈そうな扉。
咄嗟に使うことはできそうにない隠し部屋だと思うが……もしかすると超莫大な資産を隠している金庫なのかもしれない。
「家にこんなのあったんだ……」
……累はこの扉のことを知らなかったようだ。
子供にすら教えていない隠し部屋……中がめちゃくちゃ気になるね。
「さぁ入って。 中は暗いから、1人ずつゆっくりね」
累ママが暗証番号を入力し扉が開いたので、累・夢月さん・忍さん・瑠璃さんが入り、ラテちゃんとキャラメル君を下で受け取ってもらった後、累ママにも入ってもらった。
そして一応念のため、取り出した非常食も累ママに渡していく。
これでなにかあっても、数日間は立て籠ることができるだろう。
「音倉君も……」
「いえ、俺は残ります。 俺1人なら家ごと爆破でもされない限りはたぶん大丈夫ですから」
「でも……」
「閉めて、鍵をかけておいてください。 外への連絡手段はありますか?」
「連絡手段はないけど、奥の扉を開けば事務所の地下に繋がる通路があるわ」
……家は地下にダンジョンがあるから無理だけど、地下通路のある家ってワクワクするよね。
もしかしたら累パパも同じような感性を持っているのだろうか?
扉を見た感じ、そこまで古い型式には見えないので、累パパが地下と地下通路を準備したと思うのだが……。
まぁ、今はそんなことを考えている場合ではないか。
「それなら、誰かがこの扉を破壊しようとした際は、事務所の方に逃げてください。 ただ、事務所の方にも人をまわしている可能性はあるので……」
「……分かったわ。 ご武運を……」
というわけで、累ママが扉を閉め、ガコッというロックがかかった様な音を聞いた後に、収納庫を納めて床下収納の扉を閉め、キッチンマットも元通りに戻した。
素人目には、床下収納庫の下に人が隠れたとは到底思えない様に見える。
これなら恐らく問題ないだろう。
ちょうど敵も動き出した様だ。
3組が同時に動き始めたので、なにか連携を取るための連絡手段を持っているのだろう。
……そういえば、床下に皆を逃がした時、外からこのキッチンはどう見えていたのだろうか?
キッチン横の勝手口の扉には、曇りガラスが使われている。
そのため中を見ることはできなくとも、光や影で人がいるかどうかの判断くらいは外からでもできてしまうような……。
まぁとりあえず、勝手口のすぐ前にまで賊の方々は来ているみたいだし、小銭入れ型のマジックバッグからショットガンなどを取り出して、先制攻撃の準備を整えておく。
……家のインターホンが鳴った。
もしかすると、勝手口の近くに人がいることに気づいて、玄関へ誘導しようとしているのだろうか?
「誰だよこんな時間に。 はいはーい! 今行きますよ~!」
勝手口の近くでコソコソしている人たちに聞こえるよう、結構大きな声を出したけど……あからさま過ぎただろうか?
『お前誰だよ』とか『なんで家族でもない奴がキッチンにいたの?』と思われているはずだけど……。
「どちら様ですか?」
玄関の扉の鍵が既に解除されていることを確認しながら声をかけた。
すると、玄関を開いて、覆面を被った男たちが家に入ってきた。
当然私は躊躇なくショットガンを撃つ。
爆音と共に発射された弾は、一番前にいた人の体に穴をあけ、その後ろにいた人の肩にも当たったようで、腕が地面に落ち、さらに後ろにいた1人の首にまで直撃したようで、体は後ろに倒れながら頭は前に落ちた。
中に押し入ろうと人が集まっていたとはいえ、1ショット2キルに1人重傷とは、なかなか幸先のいいスタートだ。
『これは玄関の掃除が大変だな〜』と、他人事のように思いつつ、大きな音に怯んだ間抜け達を追撃し、5秒もかからずに玄関の敵は殲滅した。
洗濯室の裏口から侵入した賊たちは、大きな音にビビッて少し足が鈍っている様だが、キッチン勝手口から侵入した賊達は活きがいい様で、こちらへと走って来ている。
室内や通路での角待ちショットガンは害悪だと習わなかったのだろうか?
グレネードを投げてこないので、射線に出てきた馬鹿な賊を撃ち殺し、足が止まった賢い1人には、こちらから近づいて弾を撃ち込む。
これで一番心配だったキッチン勝手口からの侵入者は排除できた。
残るは裏口からの侵入者達のみ……。
そいつらは、任務を遂行するか、敵前逃亡をするかで揉めているみたいなので、少し死体の持ち物を探ってみることにした。
「スマホ、財布、時計もなし。 ん? この眼鏡……変な形だな~」
玄関から入ってきたやつらの1人もこの眼鏡を付けていたような……。
それにこの眼鏡は、、以前ネットのニュース動画で見た記憶がある。
詐欺集団の受け子にこれを付けさせることで、映像を見ながら指示を出すことができるし、騙される馬鹿の顔と声をデータとして収集することもできるアイテムだ。
国外から大量に持ち込まれたせいで、顔認証と声紋認証のセキュリティーが役に立たなくなって、結局暗証番号が主流になったとか……。
欠点は、電波が50メートル程度しか届かないことだったはず。
家の中に入ってきたやつらは何も持っていないということは、私の関知範囲外に指示を出しているやつがいるということ……。
予定変更。
1人は生かすつもりだったけど、速攻で裏口の敵を殲滅して、指示役を探しに行くべきだろう。
というわけで、眼鏡を捨てて、もはや掴み合いとなって揉めている馬鹿共を殺し、指示役を探しに家を出るのだった。
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