第57話
朝5時にベッドに寝転がり、スマホの着信音で目が覚めたのは、もうすぐ16時という時間だった。
スマホの画面を確認すると、発信元は累からだった。
時間的に考えて、晩御飯のお誘いと予想しながら電話に出る。
「あ、もしもし音倉。 今忙しい感じ?」
「いや、普通に寝てたけど、なにかあったの?」
「ごめん、起こしちゃった? その、実は家の食材が残り少ないから買い物に行きたいんだけど、音倉の手が空いてるなら一緒に来てくれないかなって……」
……なるほど。
この町は大きな街からそこそこ離れた地方の町なので、暴動の直接的な被害は恐らくなかったと思うのだが、外から来た不穏分子が町をうろついている可能性は十分に考えられるので、女性が買い物に行くのは少しリスクが高いと言えるだろう。
最近は非常に高い頻度で食事をご馳走して貰っているのだから、ここは荷物持ち兼護衛として、少しは役に立つべき場面。
「了解。 丁度起きたところだし、ちょっと顔を洗ってからそっちに行くよ」
というわけで、顔を洗ってから、累の家へと移動する。
累の家へ行くと、累の乗っていた軽自動車の隣に、見たことのない車が止まっていた。
見た目的に、結構大きいサイズのエンジンが乗っていそうな高級セダンだ。
富考さんも牧添さんも車を持っていないはずだし、買い物のために累パパから車を借りたのだろうか?
そんなことを考えながらも、とりあえずインターホンを押して、来たことを知らせる。
「いらっしゃい音倉。 寝てたのにごめんね」
「いや、十分寝てるし全然大丈夫だよ。 ところで、あの車はどうしたの?」
「朝お父さんが持ってきたの。 しばらくは安全のためにこの車に乗りなさいだって……」
やっぱり累パパの車か……。
安全の為ってことは、より頑丈にして、GPS発信機とかを付けてる特別車なのかな?
まぁ、軽自動車だと襲撃には弱そうだもんね。
事故に対する安全性はめちゃくちゃ高くても、襲撃に対する安全性とかそもそも考えられていないはずだし……。
「そうなんだ。 買い物には2人で行くの? それとも、富考さんと牧添さんも一緒?」
「うん、食料を買うだけだし、皆で行くつもり。 音倉には運転をお願いしたいかな」
薄々感じてはいたが、累は車の運転が苦手らしい。
軽自動車なら小さくて乗りやすいから大丈夫だそうだが、普通車の運転は出来れば避けたいとのこと……。
というわけで、私の運転でお店へと移動する。
やはりこの車、結構改造されている様で、全体的に車重が重くなっているみたいだ。
ただ、重くなるだけなら気にしないのだが、前後の車重バランスが少し悪い様に感じるし、サスペンションはもう少し硬い方がいい様な……。
なんと言うか、乗り心地に少し違和感があるし、ハンドルのキレがない感じだ。
それにアクセルを踏んだ感触と実際の加速にも違和感がある。
今のところそこまでスピードを出していないから気にならないけど、ブレーキもちょっと怪しい感じ……。
累が運転するのなら、もう少し乗りやすいセッティングにした方がいい様な気がする。
まぁ、車を持ったことすらないので、どう調整すればいいのか、具体的なことは何も分からないんですけどね……。
「それにしても、大きな街は大変だったみたいだけど、この辺はやっぱり何もなかったみたいだね」
運転をしながら、以前と何も変わっていないような街並みを見ながら、適当に話を振る。
緊張しているのか、私が車のコンディションを確認するため真剣に運転していたからか、女性が3人もいるのに、車内ではほとんど会話がなかったのだ。
気まずいとまではいかないのだが、緊張感があり過ぎるのも疲れるだろう。
「そうね。 住宅街をうろつく不審者の話はあったけど、実際に被害を受けた話は聞いてないわ」
「でも大学近くだと暴れてる人達がいたらしいですよ。 すぐに警察が来て取り押さえられたらしいですけど、逃げた人も結構いるってパパ……お父さんが話してました」
……牧添さんは牧添パパのことをパパと呼んでいるのか。
まぁそれは置いといて、累パパがこの車で移動するように言ったのなら、恐らくこの小さい町に不穏分子が紛れ込んだ可能性があるということだと思う。
3人の通う大学までは、ここからだと車で30分くらい。
距離を大雑把に平均時速50キロで計算すると、約25キロといったところだろうか?。
25キロなら歩いて来れないことはないし、自転車なら2時間くらいで来れる距離だろう。
(つまり油断しちゃいけないってことね。 一応武器は持ってきているから、なにかあっても戦えはするけど……車だからこそ動けなくなる可能性があるし、どう対応するのか考えておかないといけないな~)
そんなことを考えながら運転を続け、やって来たのは一見普通な見た目のスーパー。
だが、ここはただのスーパーではない……富考さんのお父さんが経営しているスーパーだ!
……来る途中で教えて貰った。
何度か来店したことがあり、地元密着型で、野菜もお肉もお魚も結構質のいい品揃えの印象はあるのだが、ぶっちゃけ安くはないのでほとんど買い物をした覚えがない。
めちゃくちゃ喉が渇いていた時に『コンビニよりはマシ』と考えて、飲み物を買ったくらいじゃないだろうか?
富考さんのお勧めは、お寿司とエビフライだそうだ。
とりあえず周囲に不穏な影はなさそうなので、入店してお買い物を開始。
ショッピングカートの上下にかごを乗せ、店内を回りながら、それぞれが必要な物や欲しいものを持ってきて、かごの中へと入れていく。
今夜食べるお弁当もここで買っていくらしいので、私は『唐揚げハンバーグフランクフルトパスタ弁当』という、栄養バランスに中指を立てているような、ボリューム超たっぷりの肉肉しいお弁当を選んだ。
このボリュームでなんとお値段1,800円。
ダンジョンモンスター18匹分のお値段と考えれば……そこまで高くはない様な?
まぁ、たまにはいいだろう。
大量の荷物をレジへと持っていき、店員さんが商品を次々とレジに通してお会計をしていると、急に少し不穏な気配を感じた。
店の外を見てみると、手に鉄パイプや野球のバットを持ったチンピラが、20人ほど駐車場へと入ってきている。
お客さんには見えないし、なにより私たちが乗ってきた車へと近づいているので、面倒なことになるのは間違いないようだ。
「音倉……」
「まぁ、ちょっと行ってくるよ。 悪いけど、お金は後で返すから、ここの支払いはよろしくね」
というわけで店を出た。
チンピラたちはやはり、店ではなく車に集っているので、略奪が目的ではなく、ただ暴れたいだけの馬鹿な集まりみたいだ。
まぁ、店に来られたら3人を守るのが難しくなるから、車へ向かってもらえる方がまだありがたいのだけど……。
チンピラの1人が鉄パイプで車のフロントガラスを叩こうとしていたのだが、私が店から出てきたのを見て、車を殴るのを止めて、不細工な顔に人を馬鹿にするようなニヤニヤとした笑みを浮かべながら、こちらへと近づいてきた。
「死ねぇ!!」
そして、鉄パイプを振りかぶった状態で、馬鹿みたいに走ってくるチンピラ。
こんなのでも殺したら私が悪くなるなんて、法律って本当にクソだと思う。
とりあえず、振り下ろされた鉄パイプを左手で普通にキャッチして、右ストレートを顔面に叩き込む。
良い手応えだ……頬の骨が砕けたのではないだろうか?
殴ったチンピラは鉄パイプを放して倒れてしまったので、倒れたチンピラの頭に鉄パイプを振り下ろした後、残りも排除するために、チンピラの方へと近づく。
チンピラたちの半数は、叫び声をあげながら走って逃げてしまった。
残りの半数も、先程までの威勢はないようで、なんと言うかビビッて動けなくなっている様子……。
「お、お前……き、既知貝か?」
……見覚えはないが、チンピラの1人は私のことを知っているみたいだ。
これはちょっと不味い……口封じをしなければ……。
「おう兄ちゃん、ちょっと待ってくれ。 そいつはこっちで始末つけるから、今はあの子たちを連れてさっさと帰んな」
顔の怖いお兄さんが現れた。
敵意は感じないし、見た目や雰囲気から考えると、恐らくこの前のおじいさんのところの組員さんだろう。
随分と対応が早いが、影から護衛していたのだろうか?
それとも、元々こいつらがなにかやると予知していて、たまたまこのタイミングで現れたのだろうか?
……両方かも?
「分かりました。 よろしくお願いします」
ということで、車を店の入り口近くへと移動し、荷物と3人を車に乗せて、寄り道せずに帰ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます