第72話

元の生活に戻って、1週間が経過した。

累パパに依頼されたお守りについては、毎日チマチマ作った結果、今日中に20個目が完成しそうな感じだ。

始めはネットで材料を買うつもりだったが、親分の言っていた通り、家に帰った翌日に新車をプレゼントして貰えたので、試運転がてら町へ買いに行った。

やっぱり車があると便利だね……。


この1週間で変わったことと言えば、累の家の近くに、大きなユニットハウスが完成していることだろう。

既に電気は通っているし、エアコンなどの設置も終わっているそうだが、水道手続きと浄化槽の設置がまだらしく、肝心の筋トレマシンも絶賛作成中らしい。

……そう、作成中だ。

累パパの知り合いに、国産の筋トレマシンを作っている会社のオーナーさんがいるらしく、最近ちょっと景気が悪いそうなので仕事を依頼したとのこと。

使用感をレビューすればお小遣いをくれるそうなので、マシンが来るのが楽しみだ。


他に気になる変化としては、オートマトンのレベルが上がっていたことだろう。

気が付いたらオートマトンのレベルが1から32まで上がっていたのだ。

まぁ、ほぼ毎日オートマトンを操作してモンスターを倒しているので、レベルが上がること自体は不思議ではない。

気になるのは、オートマトンのレベルが上がることによって、どの様な変化があるのかだ。

人間の私だと、レベルアップにより生命エネルギー的な何かを手に入れ、背が伸びたり筋肉が付いたり下半身が大きく元気になっていた。

だがオートマトンの場合は……馬力が上がるとか、エネルギー効率が良くなるとかだろうか?

まぁ正直、今のところ特に変化は感じていない。

ただレベルが上がっていただけだ。


とりあえず、変わったことはそれくらいで、他は今まで通りの生活を送っている。

朝からオートマトンを操作してダンジョン探索を行い、その後は動画の編集。

晩御飯は1人で食うか、累の家でご馳走してもらい、その後は累達と仲良くしたり、装備やお守りを作ったり、ゲームや動画編集をしたり……。

本当に今まで通りの生活だ。


一応大金を手にしたおかげで、生活に余裕が出来たし、そこまで必死になって動画投稿を続ける必要はなくなった。

だが、2,000万程度では流石に、一生働かないというのは無理なので、精神的な余裕を得るためにも、継続的な収入を確保しなければならない。

せっかく収益化できたので、今後も動画投稿を続けていくつもりだが……ここ数日考えた結果、動画を投稿して広告収入を得るよりも、累パパに頼って付与アイテムを売りつける方がお金を稼げる気がしている。

流石にその場合、累パパ以外にもダンジョンの存在がバレてしまう可能性が高くなると思うので、できればその副業はしたくないのだが……まぁその辺は、入ってくる動画広告の収入次第で考えるつもりだ。


それにしても、人生に選択肢があるというか、有力な予備プランがあるっていうのは、本当に心にゆとりができるね。

もちろん、やるべきことをやらないと全部が駄目になる可能性はあるので、まだまだ油断はできないけれど、心とお金に余裕があれば、人はこんなにもメンタルが落ち着くのかと、自分で自分に驚いている。


そんなことを考えながらお守りの作成を行い、18個目のお守りが完成した。

20個まであと2つ……1個目から計画的かつ丁寧に作成したので、お守りのクオリティ自体はほとんど変わっていないと思うのだが、作業に慣れたのでお守りを作る速度はだいぶ早くなった。

やはり今日中にお守り20個は完成するだろう。


19個目の作成に取り掛かろうとしたタイミングで、スマホの着信音が鳴った。

累からの電話かと思ったのだが、スマホに表示されていたのは知らない番号。

番号の最初の方の数字はたしか、県内の固定電話でよく見られる番号なので、累パパか親分さんの可能性が高いはず。

時間的に考えにくいが、ワンチャン年金事務所の可能性も……?

まぁ、とりあえず電話に出ることにする。


「はい」


「あ、音倉君? 奥阿賀 宗司です。 今大丈夫かな?」


「あ、どうもこんばんは。 大丈夫です」


電話の主は累パパだった。

いつも連絡は累を通してだったので、少し新鮮な感じだ。

でも、こんな時間に、いったい何の用だろう?

声を聴いた感じ、何か緊急事態が起きたわけではないみたいだが……。


「今から少し、町へ飲みに行くのだけど、音倉君も一緒に来ないかい?」


……飲みのお誘いか……。

まぁ、いつか誘われる可能性は考えていた。

でもまさか、こんなに早く誘われるとは……。

心の準備が……。


「是非ご一緒させていただきます。 今から奥阿賀さんの家へ向かえばいいですか?」


「そうして貰えると助かるよ」


「分かりました。 5分ほどで着くと思います。 服装はいつも通りの恰好で大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫。 そんなに堅苦しいお店に行くわけじゃないからね。 じゃあ、待ってるよ」


……電話が切れた。

累パパはああ言っていたが、流石に上下ジャージ姿でついていくのはTPO的に危険だろう。

速攻でTHE無個性と言える無難な服装に着替え、対アルコール用に用意したアクセサリーを付け、一応武器の入ったマジックバッグを持って、家の戸締りをキッチリとしてから奥阿賀家へと移動する。


奥阿賀家の前には既に、エンジンのかかった国産高級セダンが止まっており、累パパが待っていた。

累ママや瑠璃さんの姿はなく、累も通さずに連絡を取ってきたことから、今回は男2人で飲みに行くのだろう。

……ちょっと緊張するな……。


「来たね。 じゃあ、行こうか。 運転を頼めるかな?」


「……任せてください」


というわけで、カーナビに従って、私の運転で町へ向かって移動する。

帰りは代行だと思うのだが、もしかすると行きの運転手として私を呼んだ可能性……。

まぁ、そこは全然気にしないけど。

安全運転で少し移動に時間がかかるだけだ。

こんなお高そうな車を運転するのは怖いからね……。


「急に誘って悪かったね。 本当はもっと早く誘いたかったけど、色々と大変な時期でね……」


「いえ、お誘いいただき光栄です」


「そこまで固くなることはないよ。 なんだかんだ長い付き合いなんだし、今後もきっと長く関係は続くのだから、音倉君が僕に気を使う必要はない」


「そう言って貰えると気が楽になります」


なんというか……累パパはお疲れモードみたいだ。

いつもよりも表情に覇気がない感じ。

飲みに行くよりもベッドでグッスリ休む方が大事なんじゃないかな?

まぁ、アルコールの力で元気になるタイプなのかもしれないけど……。


「音倉君は、この国をどう思う?」


「どうと言われても……民主主義と資本主義の悪いところがよく表れた国なんじゃないですか?」


「というと?」


「民主主義なんて言ってますけど、やってることはただの人気投票なんで、国政を担う能力のない人間が政治家になって『政治の失敗による貧困』なんて言われる惨状になりましたし、資本主義の行き着くところは富の集中で、一部がお金持ちになって大半が貧乏になっている今の社会と同じでしょう? まぁ、資本主義のデメリットをメリットでカバーしていれば、暴動にまでは発展しなかったと思うんですけど、メリットはお金持ちが独占して、デメリットは国民全員に負担を分散させる政策ばかりするのだから、一般人の俺からすれば、悪いところしか体感できなかったですね」


「それなら、どうすればこの国は良くなると思う?」


「流石に今はどうすればいいのか分からないですね。 以前なら、ちゃんと責任を取る覚悟を持った人が政治家になるべきだと思ってましたけど……」


……なんで累パパとこんな話をしているのだろう?

まぁ、累パパが『この国をどう思う?』と聞いてきたからなのだけど……累パパは政治に参入する気なのかな?

政治力のあるなしは置いておいて、累パパは畜産業の代表としてネットニュースの番組に出演するくらいには発言力がある。

人格的にもまともだと思うし、普通に候補として考えられるのでは……?


「実はね、地方の代表として、国政に関わってもらえないかって打診が来たんだ」


「……へー。 すごいですねー」


思わず棒読みになってしまったのも仕方がないだろう。

まぁ、私の様な一般人でも思いつくことは、頭のいい人なら当然考えているということ。

どれだけの国会議員が暴動で死んだのかは知らないが、結構な人数が死んでいるはずなので、累パパに穴埋めを打診してもおかしくはない。

……それで、累パパはどうするつもりなのかな?


「そしたらまぁ、命を狙われるし、家族も狙われた……。 どうやらこの国を、陰から支配したい勢力がいるみたいなんだ」


……なるほど。

ネトウヨの陰謀論が現実に実在した感じなのか。

それはちょっと困るね。

問題は、襲撃に来た奴のほとんどは、昔からある『闇バイト』的な感じで奴われた人間に見えたんだよな……。

末端の奴らを潰しても、なかなかその勢力にまで辿り着けないだろうし、そもそも警察並みのネットワークや捜査権限を持っていないと、勢力を辿ることすら難しいはず。

敵を生け捕りにして本当の情報を全部吐かせる手段がないと、問題の解決は無理だろうな〜……。


「まぁ、手伝えることがあれば言ってください。 できる限りのお手伝いはするつもりですから」


「……音倉君、瑠璃と少し話しをしたんだって?」


……いきなり話が変わった。

寝惚けてる感じではないのだが、なぜいきなり瑠璃さんの名前が?


「えっと……そうですね。 襲撃された日の夜中に、少しだけ話をしました」


「瑠璃にね、音倉君に頼り過ぎたらダメだって言われたんだよ。 音倉君にお願いすれば簡単に解決する問題だとしても、それは別の問題を無視しているだけだって……。 瑠璃もしっかりした大人になったなーって、少し感動しちゃったよ」


……すっごい遠回しに私のことをディスられた気がするが……まぁ、気のせいだろう。


飲む前から酔っているかのような、累パパの惚気や親ばか発言を聞きながら運転を続け、到着したのは立体駐車場。

ここに車を止めて、ここから飲み屋へは歩いていくみたいだ。


累パパのあとに続いて、飲み屋やキャバクラの立ち並ぶ通りを歩くこと5分。

累パパが入ったビルには、何の看板も書かれていなかった。

これはいわゆる、一見さんお断りで、紹介がないと入れない感じの高級な飲み屋なのでは……?

ちょっとワクワクしながら、私も累パパのあとに続いてビルに入る。


エレベーターに乗って、ビルの5階へと移動。

ビルの外観もそうだが、今歩いている廊下を見た感じ、全く飲み屋がある雰囲気はないのだが、1箇所だけ少し豪華な扉があり、累パパはその扉の前で立ち止まった。

扉の横には『PROPERTY』と書かれた看板があるので、恐らくここが目的地なのだろう。


累パパが扉を開けて中へと入ったので、私も続いて中へ入る。

扉の中は、ゲームのプレイ動画で見た、高級キャバクラっぽい雰囲気の空間が広がっていた。

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