第73話

ある意味予想通りの内装に戸惑いながらも、ボーイさんに案内されてボックス席へと座る。

移動中に観察した感じ、やはりキャバクラと同じように、女性が隣に座って、女性と一緒にお酒を飲む感じのお店みたいだ。

累パパもこんなお店を利用しているとは……ちょっと意外だ。

まぁ可能性として、あの親分さんの組織が仕切っているお店だから、この店に飲みに来ている可能性はあるけど……。


ただホント、高いわけではないけれどちゃんとした服に着替えてきてよかった。

『そんなに堅苦しいお店に行くわけじゃない』という累パパの発言を、信じなかった自分を褒めてあげたい気分だ。

今日のことは、どんなに信用している相手でも、発言の全てを鵜呑みにしてはいけないという分かりやすい事例だろう。


「音倉君はこういうお店は初めて?」


「ええ、初めてです。 まぁ、そもそもお店で飲むのが初めてですけど……。 ここへはよく来るんですか?」


「そうだね。 外で飲むときは、基本この店で飲んでるかな。 この店はお酒の種類が豊富だし、サービスがいいんだよ」


そんなことを考えていると、2人の綺麗な女性がやってきた。

1人は私よりも明らかに年上で、知的な美女といった印象。

累パパのお気に入りなのか、挨拶しているところを見た感じ親しそうな印象を受けた。

もう1人は私と同じくらいの年齢に見えるのだが、グラビアアイドルみたいなルックスと体型で、胸元や背中が大きく開いたセクシーなドレスを身に着けている。

ただ、表情などを見た感じ少し緊張している様子……。

新人というわけではないと思うのだが、累パパは夜のお店でも有名なのだろうか?


とりあえず、綺麗な女性に水割りのお酒を作ってもらい、乾杯してから飲み始める。

本来は男性1人に女性1人が付く感じみたいだが、私の方に付く予定だったっぽいグラドルさんには、こっそりと累パパをメインで持て成す様にお願いしておいた。

これで私がゆっくりと自分のペースでお酒を飲んでいても、そこまで目立つことはないだろう。

……この生ハムとチーズのやつうっま!?


それにしても、東京以外にもちゃんとお金持ちはいるんだな……。

このお店はボックス席の半分にお客さんが入っている状態だが、男性1人に女性5人が付いていたり、明らかに飲み切れない量のお酒のボトルがテーブルに並べられていたり……。

私と累パパが一番大人しく飲んでいるのではないだろうか?

ただ気になるのは、明らかにはしゃいでいるお金持ちは違うが、それ以外のお金持ち達がチラチラと累パパの方をチラ見していることだ。

まぁ、累パパは有名なので仕方がないことだとは思うのだが、累パパをチラ見しているということは、『一緒にいるあの貧乏くさい若造は誰だ?』と思われている可能性が……アルコールでハッピーな気分にならなきゃ!


「宗司さんと音倉さんは、どんな関係なんですか?」


というわけでちょっとずつお酒を飲み進めていると、グラドルさんが私が今聞かれたくない質問第1位を聞いてきた。

『累パパの娘さんとお付き合いさせていただいています』と言うのが無難だと思うのだが、逆に言えばそれ以外に言えることがない。

流石に襲撃のことを外の人には言えないだろうし……普段はマジで一方的にお世話になっているんだよな〜……。


「音倉君は僕の下の娘と小学校中学校の同級生でね。 その関係で昔から知っていたのだけど……最近2人が付き合うようになって、僕が出張で留守にしている間、うちの用心棒をお願いしてる感じかな」


「へ〜。 お強いんですか? 武術を習っていたりとか……?」


「いえ、武術の経験は全く……。 ネットの動画を見て勉強した程度です」


私の戦いは、銃を撃つことが基本。

ナイフを使うこともあるが、所詮は素人が振り回しているだけ。

一度警察や軍の実戦的な格闘技を学びたいとは思っているのだが……累パパにコネがないか聞いて、コネがあるなら今度お願いしてみようかな?


そんなことを思っていると、2人組の客がこちらへと近づいてきた。

なんと言うか、殺気立ってはいないが、こちらに対する明確な敵意を感じる。

私は見覚えがないので、累パパの知り合いだと思うのだが……敵だろうか?


「あの有名な奥阿賀さんとこは、そんなひょろいガキを用心棒にしてるんか? 娘の彼氏、なんて聞こえましたけど、もう少し付き合う相手はちゃんと選ばせなあかんとちゃいますの?」


……感動した。

あまりにもテンプレ過ぎる悪役のセリフ過ぎて、マジで感動した。

こんな人実在するのか……。

まぁ確かにこいつと一緒にいる男は、身長が2メートル近くありそうで、腕や足の太さを見た感じ相当な筋肉量をしているだろう。

それと比較されては私がしょぼく見えても不思議ではない。

……まぁ、どうせ頭に1発撃てば死ぬだろうけど……。

でも見た目は凄く大事なのだ。


それで、この裏でいっぱい犯罪行為をやっていそうなおっさんはいったい誰なのだろう?

累パパの知り合いなのは間違いないと思うのだが……まぁ、このお店で飲んでいるのだし、県内有数のお金持ちの1人のはず。

となると業種はなんだ……?

累パパを敵視していることと何か関係があるのか?

服・靴・アクセサリーの派手さと趣味の悪さと似合わなさを見た印象として、かなりの成金っぷりに見えるけど……この辺りでそんなに儲かってる業種ってなんだ?

いや、言葉遣いとかイントネーションがこの辺りの感じじゃないか。

となると、本社は他県にあるかも……?


テーブルの上にある武器として使えそうなものを確認しながら、そんなことを考えていると、累パパが少し困ったような表情で言葉を返す。


「うちの子供達には恋愛を自由に楽しんでもらう方針でしてね。 娘が彼を選んだのだから、僕は応援するだけです。 それに彼は、あなたが思っているよりもずっと優秀だと思いますよ」


「……そうですか。 それなら試してみましょうか……やれや」


というわけで、成金さんと一緒にいた大男が、座っている私に殴りかかってきた。

あまりにもスムーズな戦闘への流れだ。

幸いにも、女性2人は累パパの傍で、私は少しだけ離れて座っている。

大男の攻撃が多少逸れても、女性たちへの被害はないだろう。


それでどうしようか……。

武器を取る暇は流石になかったので、素手で対応しなければならないのだが、普通に拳を受け止めるか、先に攻撃を当てて大男の動きを止めるか……。

先に攻撃してきたのは向こうだと主張したいし、まずは受けてから考えようかな?


殴りかかってくる大男の右手に、メリケンサックの様な武器が嵌められていないことを確認し、私は左手の平で拳を受け止める。

正直全く痛くなかったし、受けたときに感じたパワーも、モンスターに吹っ飛ばされた時と比べれば全然大したことがない。

まぁ、人のパンチとモンスターのタックルを比較するのはあれだけど……。


そんなことを考えながら、掴んだ右手を時計回りに捻る。

筋肉がどれだけ多くても関節の可動域は私と変わらないようで、大男は左肩を下げて上体が少し前屈みになった。

立ち上がりながら右手で大男の右手を掴み、さらに手首に捻りを加えてやれば、大男は手首を壊されないために膝をついてうなだれるような体勢へと変わる。

だいぶ力任せにやっているが、これはいわゆる合気道的な技なのではないだろうか?

ここからもう少し力を加えれば……関節が外れるかと思ったけど、普通に骨が折れてしまった。

痛恨のミスだ。

もっと穏便に済ませるつもりだったのに……。


「音倉君、その辺で……。 さて四海さん。 彼の優秀さも分かってもらえたと思いますし、これ以上はお店の迷惑にもなるので、そろそろ挨拶はお開きにしましょうか」


累パパがそう言うと、成金男は何も言い返さずにその場を後にした。

大男も右腕を庇いながら、急いで成金男のあとを追いかけて、店を出ていく。

お店の物は壊れていないし、周囲を血で汚すこともなかった。

今回は完全勝利と言ってもいいのではないだろうか?


「それで、今の人はなんですか?」


「関西に本社を構えるゼネコンの社長なんだけど、まぁ色々あって、僕は嫌われていてね……。 でも、今まではちょっと挑発してくる程度だったのに、音倉君が相手とはいえ、こんなところで暴力を使うなんて……済まなかったね」


ゼネコンの社長……。

ゼネコンと言われても、大きな建物を作っているイメージしかないので、正直よく分からない。

ただまぁ、あの成金感を見た感じ、儲かってはいるのだろう。

それで……関西か……。

なんでこんなところにいるのかな?


「出身はこの辺りなんですか?」


「うん、両親の住んでいた実家はそのまま残っているはずだし、高校まではこっちで生活していたはずだよ。 今はたぶん、暴動があったからこっちに帰省してるんじゃないのかな? 関西は被害が凄かったらしいし……」


「嫌われてるって言ってましたけど、最近の騒ぎとなにか関係があると思います?」


「……正直分からないかな」


……分からないか。

一応可能性として考えられるんだな……。

まぁ、この場で尋問する訳にもいかないし、今は見逃すしかないだろう。


というわけで、席に座ってお酒を飲む。

元々全く酔っていなかったが、今の短時間で完全に酔いが醒めてしまった。

雰囲気も悪くなってしまったし、やっぱりこういう場で他人に絡むやつは迷惑だよな〜。

飲み直せば何とかなるだろうか?


そんなことを考えていると、ビルに複数の人が入ってくる気配を感じた。

まぁ、元々人の気配は沢山あったのだが、気になったのは親分さんの気配だったからだ。

やはりこの店は、親分さんのところが仕切っているのだろうか?

とりあえず、エレベーターに乗って、上へと移動し始めたので、累パパに伝えることにする。


「奥阿賀さん、親分さんが来ました。 今エレベーターに乗ってます」


「親分さん? ……あぁ、なるほど。 それなら、個室の方に移動しようか」


ということで、特にお支払いをすることなく、入ってきた入り口とは別の扉を通って、下の階へと移動するのだった。

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