第37話

奥阿賀家の夕飯はカレーだった。

累パパは気軽に『夕飯を食べていきなさい』と言ってくれたが、急に1人分の夕食を追加することになるので、夕食を用意している累ママにご迷惑なのではないかと少し思っていた。

だが元々、1人暮らしを始めたばかりの累だけでなく、私にもお裾分けをするつもりだったそうで、最初から量を結構多めに作っていたらしい。


ということで、心置きなく大きな牛ブロック肉入りの奥阿賀家特製カレーを堪能し、モフモフした生き物たちを皆ヘソ天で寝かせたあと、累の運転する車に乗せて貰い、一緒に帰ることとなった。

普通に歩いて帰れる距離なのだが、少し遠回りでも車の方が速くて楽なのでありがたい。

今はまだまだ無理だけど、私も将来的車を持てるようになりたいね。

ペットも飼いたいし、ダンジョン以外でもお金稼げるようにならなければ……。


「ねぇ音倉。 その……本当にごめんね」


「ん? いや、お金に惹かれて仕事受けたんだから、そんなに気にしなくていいよ。 実際問題はなかったわけだし」


というより、あくまでも私の予想なのだが、恐らく累は再就職先の見つからない私を見て、善意で仕事を回してくれたのではないかと思う。

普通はまず累パパに相談するはずだし、累パパに言われなくても自分の家に数日泊まらせることだって考えていたはずだ。

それでも私のところに相談事を持ってきたのは、仕事の見つからない私に、お金を得る機会を与えたかったからなのではないかと、ついさっき考えた。


20万というのは、私が最後に貰ったお給料よりも少し多いくらいの額だ。

もちろんそのお給料は税金や保険料でゴッソリ引かれたので、実際の手取りはだいぶ少ないのだが……。

そんな大金を、面識があるとはいえ、ちゃんと依頼を完遂できるのかも分からない中学の頃の同級生に対して、普通用意するだろうか?


……そういえば、まだ支払って貰ってないから、本当に用意したのか確認できてないや。

たぶん本当に用意はしていると思うし、払ってくれると思うけど……。


とりあえずまぁ、20万という額を用意するにはそれなりの信頼が必要なはずだ。

2人と一切接点のなかった私に対して用意するような額ではないはず。

となると、奥阿賀家のあの累パパの娘である累に対して用意したお金だったと考えるのが普通だろう。

流れとしては『20万用意したからストーカーを何とか出来る人を紹介して』と2人が累に頼み、累が私を紹介した感じだ。


結果的に累の予想よりも重大な事態だっただけで、あの2人に私のことを話して仕事を回してくれたのは、累の私に対する優しさだったはず。

だからこそ、何も問題はなかったのだから、あまり気に病んでほしくないのだけど……。


「累は明日、何か予定ある?」


「明日? ……特に無いけど」


「じゃあ、今夜は一緒にお酒でも飲む? といっても、肝心のお酒がないから、今から買いに行かないといけないけど……」


「……家にまだ1本残ってるから付き合って」


というわけで、奥阿賀家での夕食に続いて、累の家での晩酌だ。

昼は累の奢りで高級ホテルのランチを食べて、夕食は奥阿賀家のカレー。

そして晩酌もとなると、朝飯以外全部ご馳走になっている様な……?

まぁ、生きていればそんな日もあるのだろう。

気にしない気にしない。

……ヒモ適正でもあるのかな?




累の家は以前お酒を飲んだ時よりも、少し家具が増えていた。

一番大きな変更点は、ソファーの前にテレビとガラステーブルが置かれていることだろう。

別になくても一切困らないが、テレビのような大きな画面が家にあるというのは、少し羨ましい。


「今日はそっちで飲もうか。 はいこれ、今日のは日本酒だって」


「『奈落の底』……なんというか、前回のお酒もだけど随分と縁起の悪そうなお酒が多いんだね」


前回は確か『破滅への道』で、今回は『奈落の底』。

酒に溺れて破滅して、地獄に落ちちゃうくらい美味しいってことかな?


まぁ、ネーミングセンスに関しては私が気にするようなことではないだろう。

今気にするべきなのは、この『奈落の底』というお酒は日本酒だというところだ。

そして日本酒は、結構アルコール度数が高いお酒だと聞いた覚えがある。

つまり、普通に飲むと酔いやすいだろう。

お酒に慣れていない私なら、飲み過ぎでポックリ逝く可能性もありそうだ。

あまりイメージはないが、日本酒は水で薄めて飲んでもいいお酒なのだろうか?

……まぁ、薄めなくても水を飲めばいいだけの話か。

とりあえず慎重に飲まなければ……。


累と乾杯し、まずは1口……うん、少し甘さは感じるが所詮はアルコールだ。

焼酎より日本酒の方が甘くて飲みやすいという話は何だったのだろうか?

職場にいた酒飲みの先輩、お酒の話がクッソ多かったけど味覚は狂ってたんじゃないの?

それともやはり、私の舌がお子様なのだろうか?

お子様なんだろうな~……。

とりあえず水を多めに飲みながら少しづつ減らしていく。


そんな私とは対照的に、累は『前のより飲みやすい』と言って、普通に飲んでいる。

ゴクゴク飲んでいる。

これは間違いなく、前回よりも酷い二日酔いになりそうだ。


「る、累?」


「なに?」


「前にお酒を飲んでから、1人で飲んだりとかしたの?」


「お酒? 飲んでないよ」


そうか……。

前回はなんだかんだ『少し頭が痛い』と言っただけで、そこまで酷い二日酔いではない様だった。

一度酷い二日酔いを味わわないと、お酒の怖さを知ることもないし、飲むペースを考えることもないだろう。


というわけで心の中でひっそりと合掌し、私はゆっくりマイペースでお酒を飲み進めることにした。


「にゃ〜ん。 ねくら撫でて~」


……その結果がこれである。

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