第19話
動画の公開予約を終えてのんびりしていると、家のチャイムが鳴ったので、インターホンを取った。
「はいはい」
「あ、あたし。 引っ越し作業がだいたい終わったから挨拶に来たよ」
累だった。
前回お肉を持ってきてくれたのは、引っ越しの挨拶とは別だったようだ。
とりあえず玄関へ行ってドアを開く。
ドアの前にいたのは累だけではなかった。
累と並んで立っていたのは、一応私とも面識のある累の父親だ。
つまり、この辺り一帯で一番の権力者である。
媚びを売らねば……。
「あ、どーもこんばんは、お久しぶりです。 いつも累さんにはお世話になってます」
「久しぶりだね音倉くん。 そう畏まらなくてもいいよ。 もう聞いたと思うけど、累が一人暮らしをしたいと言い出してね……。 ちょうど少し前に、そのままでも住めそうな家が建っているそこの土地を買い取っていたから、そこでしばらく一人暮らしをさせてみることにしたんだ。 累は初めての一人暮らしだし、君が気にかけてくれると凄く助かるよ」
……まぁ、累とはなんだかんだ幼馴染の関係性なので気にかけるのは当然のことなのだが、私の気にかけると累パパの気にかけるは同じ意味なのだろうか?
言外に『累に変な真似するなよ』という威圧と、『累に何かあったら助けろよ。報酬に肉を渡すから』という買収圧力を感じる……。
お金持ちとは何度も接したことがあるけど、累パパはなんか威圧感があるんだよな〜。
これが権力者の風格という奴か。
「累さんにはいつもお世話になってますから、手伝えることがあるのならいくらでも手を貸しますよ」
「そうかい? まぁ、よろしく頼むよ」
「ちょっとお父さん! ……はいこれ、引っ越し蕎麦。 ……仕事なくて暇してるのなら、今度一緒に買い物にでも行かない?」
「あ~……そうだね。 いろいろ忙しいだろうし、都合のいい日があったら連絡して」
「分かった。 じゃあ、またね」
累は普通に帰っていき、累パパはこちらに軽く会釈してから去っていく。
2人がある程度家から離れたのを確認し、玄関を閉めて鍵をかけた。
「ちょっとビックリしたな~。 やっぱり目的は威嚇と視察かな? 昔累パパの名前を出していろいろやってるからな~」
私自身も含め、悲しいことに人間は、いろいろと持っている人間を羨んで、妬み、嫉妬する生き物だと思う。
つまりお金持ちの家に生まれいろいろと持っている側の累は、小学生から中学生の頃、周囲にあまりよく思われていなかった。
嫉妬してよく思わない程度なら普通のことだと思うのだが、不特定多数の中には当然、嫌がらせを行う愚か者もいた。
私はそんな愚か者を見て思ったのだ。
『あ、こいつらならボッコボコに殴っても「こいつら、あの累に嫌がらせしてたんですよ」と言えば、だいたい許されるんじゃね?』と……。
……あの頃の私は結構パンクな時期だったのだ……。
まぁ実際、いじめっ子を楽しくボコって先生に注意された際にその言い訳を使ったら、特に厳しく怒られることなく有耶無耶になったことが何度もあった。
問題は、勝手に言い訳に利用させてもらっていたことが普通に累パパにバレていた様で、会うたびにニッコリと笑顔で挨拶されるようになったことだ。
あれはきっと『娘を守ってくれてありがとう』という意味の笑顔ではなく、『うちの名前使って好き勝手するのもほどほどにしとけよ』という威圧だろう。
「別に悪いことしたわけじゃ……暴力は普通に悪いことか。 累パパと累に損害があったわけじゃないからそこまで目をつけられてはいないと思うけど、なんか威圧されているように感じるんだよな~。 なんでだろう? 全く身に覚えはないけど、無自覚で何かやっちゃってるのかな?」
そんなことを考えながらもとりあえず、貰った蕎麦は生麺だったので冷蔵庫に入れて、夕食でこの前貰った豚肉のステーキを食べる。
累パパのとこのお肉はブランドのあるお肉なので、塩コショウを振って焼いただけでもめちゃくちゃ美味しかった。
やはりお肉の為にも出来るだけ仲良くしていきたい。
食後、特にやることもなかったので動画編集をしていると、珍しくSNSの通知音が鳴った。
SNSの通知音は大抵、何が目的なのか分からない、知らない人からのグループチャットへの招待だ。
なので、後で見ようとその時は一旦通知は無視したのだが……すぐに再び通知音が鳴り、その後も通知音が連続して止まらない。
何かあったのかとスマホを確認すると、どうやら今日投稿したドゲザー動画の、いい感じのところを切り抜いたSNS用ショートバージョンが拡散されている様だ。
「これ……バズってるのかな? まぁ、まだ分からないけどプチバズりはしてるかも……乗るしかない、このビッグウェーブに!」
ひっそりと動画投稿サイトのロングバージョンのリンクを張り直し、超ハイテンションで編集を終えて、本日2本目となる動画を投稿し、SNSにリンクを張る。
そして通知をオフにしてから寝た。
翌朝起きて確認すると、SNSのフォロワーは1,000人を超え、チャンネル登録者数も5,000人を超えていたのだった。
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