第59話
精根尽き果てる少し手前まで搾り取られた眠れない夜を過ごしてから、一週間が経過した。
累達は暴動の影響で遅らせていた大学の授業が再開し、私は夜ダンジョンの探索を終えるため、昼夜逆転の生活を送っている。
毎日ガッツリ探索しているので、夜ダンジョンの進捗具合は、だいたい8割といったところ。
モンスターはやはり多いのだが、自作した魔法銃のおかげで、今のところ何の問題もない。
今回試験的にカウントしたところ、累計67回モンスターの群れと遭遇して、352枚の100円玉を入手していた。
発見した宝箱は9つで、内2つが銀色の宝箱で、残りの7つが茶色の宝箱だ。
銀色の宝箱からは『位飴』と『魔法の実』を入手し、銀色の宝箱から出た『位飴』はレベルが10アップし、『魔法の実』では『隠密魔法』という魔法を入手した。
レベルが上がるのは嬉しいし、『隠密魔法』はめちゃくちゃ便利だったので、銀色の宝箱は大当たりだったと言えるだろう。
だが、残念ながら茶色の宝箱の中身は微妙で、いつものコイン系が2つ、『位飴』も2つ。
趣味の合わないシャツが1枚に、微妙なブレスレットが1つ。
そしてボス部屋へ入るための『扉の鍵』だ。
コイン系は、自覚できないが効果はあると信じているのでまぁいいとして、茶色の宝箱から入手する『位飴』は、レベルが1しか上がらなかった。
付与付きのシャツやブレスレットなんて、今なら同じ付与を自分の好きなものに施すことが出来る。
つまり本当に価値を感じない。
茶色の宝箱では、もう喜べないカラダになってしまったのだろう。
「そういえば、今月はまだ宝箱からお金が出てないな……。 やっぱりモンスターがお金を落とさなくなったことと何か関係があるのか? まぁ、モンスターを倒すだけでも結構な金額になってるからそこまで不満はないけど、小銭ばかりだと流石にちょっと邪魔だよね。 硬貨の両替に手数料取られるとか、本当に馬鹿馬鹿しいし……」
まぁとりあえず、ここ一週間はダンジョン探索と動画投稿しかしていなかったのだが、今日は累パパに呼ばれていた。
なにやら暴動が治まった後、詳しい行き先も言わずに出張へ行っていたらしいが……お土産でも貰えるのだろうか?
そんなことを思いながら、累の家へ行き、累と一緒に奥阿賀家へと移動した。
「あれ? 誰か来てるのかな?」
奥阿賀家へと到着すると、家の前には新しそうな車が3台止まっていた。
累の言う様にお客さんの可能性は高いと思うが、私の予想は累パパが新車を買ったのではないかと思っている。
累に頑丈そうな防犯車を買ったっぽいのだから、累パパ累ママ瑠璃さん用の防犯車を買っていても不思議ではないだろう。
まぁ、買ったのではなく、レンタルしている可能性も考えられるのだが……。
とりあえず累の後に続いて家へと上がる。
リビングへ近づくと、累ママと瑠璃さんの楽しそうな声が聞こえてきた。
そして、ラテがミャーミャー鳴いている声もする。
累ママが何かに夢中で、扉を開けてもらえないのだろうか?
そんなことを思いながらリビングへ入ると、ラテはいつも通り足にスリスリ。
リビングには累ママと瑠璃さんだけでなく、累パパもいたのだが、なにかに夢中になっている様だ。
「あら、累と音倉君、いらっしゃい」
累ママがこちらに気づき、累パパと瑠璃さんもこちらを見る。
瑠璃さんは腕の中に、小さな子犬を抱えていた。
「うわぁ〜! 可愛い」
累も一目でメロメロになる可愛さだ。
瑠璃さんが抱いていた犬は、黒と薄い茶色が混じった毛並みをしていた。
なんという名前の犬種だったか……警察犬に多い印象がある犬種の赤ちゃんなのだが……。
「ジャーマンシェパードだよ。 この子は生後2ヶ月くらいの男の子」
「シェパード……名前はもう決めたの?」
「まだよ。 累が来てから決めようと思って……。 音倉君、朝からごめんなさいね」
「いえ……可愛いですね。 撫でてもいいですか?」
「もちろん。 音倉君に言う必要はないだろうけど、優しく撫でてあげてね」
というわけで、まずは匂いを嗅いでもらおうと右手を差し出すと、匂いなんてほとんど嗅がないまま、ベロベロと舐め始めた。
そして、ハムハムし始める。
私の手から美味しそうな匂いでもするのだろうか?
とりあえず撫でても良さそうなので撫でたいのだが、嫉妬しているのか左手を猫がホールドしていて撫でられない。
その隙に累がちゃっかり撫で始めた。
「名前……なにがいいかな?」
「茶色と黒だし、マロンとかいいんじゃない?」
「マロンか〜……なんかちょっと違う様な……。 マロン……反応しないからやっぱり違うのかも」
「そうね〜。 色は確かに似ているけど、少し違う感じなのよね」
……私が名前を付けるとしたらなんだろう?
確かに栗っぽい感じではないけど……お菓子縛りとかあるのかな?
お菓子には詳しくないから思いつかないんだけど……。
「音倉はなにがいいと思う?」
「え? ……みたらし団子とか?」
頑張って絞り出した渾身の名前。
果たして判定は……。
シェパード君は無反応のまま、手をハムハム甘噛みしている。
気に入らなかった様だ。
「みたらし……カラメル……キャラメルとかどうかしら?」
累ママがそう言うと、ずっとハムハムしていたシェパード君が顔をあげた。
反応したということは、もうキャラメルで決まりなのではないだろうか?
少なくとも、みたらし団子よりは可愛い名前だろう。
「キャラメル〜。 うん、キャラメルがいいみたい。 キャラメルなら、メル君?」
キャラメル君は賢いのか、ちゃんと名前と認識しているかのように、一鳴き返事をした。
これで名前はキャラメルに確定だ。
ハムハムされていた右手は解放されたが、キャラメル君の唾液でベトベトになっているので、手を洗ってから撫でさせてもらおう。
「音倉君、ちょっと来てくれるかな? 渡したいものがあるんだ」
……これが絶望というものか……。
まぁ、後で思う存分撫でさせてもらおうと思いながら、大人しく累パパの後をついていく。
ラテは空気が読める猫の様で、ついて来てくれなかった……。
「表に停めてある車は見たよね?」
「えっと……はい、細かいところまでは確認してないですけど、一応見ました」
「うん、それじゃあ、好きなのを1台乗っていっていいよ」
累パパは随分あっさりとした口調でそう言った。
それを聞いて、私が真っ先に思ったことは『固定資産税』だ。
以前、必要なら借金をしてでも車を買おうかと悩んだのだが、いろいろと調べた結果諦めたことがある。
ガソリン車やディーゼル車は、車の価格は安いのだが、燃料が本体価格の3倍になるほど税金で水増しされているため、正直馬鹿らしくて選択肢から外れた。
水素車は、車体価格はガソリン車と変わらないのだが、水素を補充する水素ステーションは、安全管理のために多大な費用を支払わなければならないらしく、その分の価格が水素の値段に上乗せされるため、ガソリン車とたいして変わらないので選択肢から外した。
電気自動車は、本体価格が一番高いうえ、気候の影響を受けやすいし、交換用バッテリーが馬鹿みたいに高いし、2年ごとの車検で50万はかかるそうなので、そもそも選択肢に入らなかった。
つまり、どれを買ったとしても、様々な面で無駄としか思えないほど余計な税金を払わなければならないので、金のない一般人は車に乗るなということだろう。
まぁ、一般人は車に多大な税金がかかるけれど、社用車なら税金の控除がめちゃくちゃあるらしいので、車を持ちたい人は個人事業主となって、会社名義で車を持つらしい。
……控除があるからマシなだけで、個人事業主にも別の税金がかかるのだが……。
話を戻して、そんな車をプレゼントしてくれるということなのだろうか?
今の私が車を貰ったとしても、生活が苦しくなるだけなのだが……。
「遠慮しなくていいからね。 これを用意したのは僕じゃなくて、あの人たちだから……分かるよね?」
……そういえば、ヤクザのおじいさんがなにかくれるって言ってたな……。
お菓子か現金だと予想していたけど、車をプレゼントしてくれるのか。
維持費は確かにあれだけど、購入費が丸々浮くのは嬉しいし、売ったらお金に換えやすいからかな?
さすがに贈り物に盗難車を用意するとは思えないし……。
「それじゃあ、ありがたく頂きます。 書類とかの手続きはどうすればいいですか?」
「もうだいたい終わってるから、車を選んで貰えれば、後はこっちで済ませておくよ」
……普通の人なら間違いなく駄目だと思うが、累パパやあのおじいさんの組織なら、そういうこともできるのだろう。
深く考えないことにして、日本メーカーの白いスポーツセダンを選び、車の鍵を受け取るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます