第67話
今月の昼ダンジョンで出てくるモンスターは、ヒュージゴブリン、ただのゴブリン、そしてメウバウの3種類だけの様だ。
倒した際にダンジョンウォレットに入るポイントは、ヒュージゴブリンが5ポイントで、ただのゴブリンとメウバウは1ポイントだった。
つまり現金報酬のままだった場合、ヒュージゴブリンからは500円が落ちる予定だったはず……。
500円硬貨ってあんまり数がないのかな?
そんなことを考えながら、3時間ほど探索を行った。
いつもよりもだいぶ探索時間は短いが、累ママがおやつとコーヒーを準備してくれたらしいので、休憩することにしたのだ。
オートマトンの遠隔操作を切って、自動帰還モードに切り替えてから、ずっと太ももの上で寝ていたラテちゃんと一緒にリビングへと移動する。
リビングに入ると、そこは和やかなお茶会と言うか、いわゆる女子会みたいな雰囲気だった。
綺麗な女性と可愛い女性しかいないので、正直場違い感が凄い。
男の子のキャラメル君も居心地が悪かったのか、瑠璃さんの足から降りてこちらに近づいて来た。
こんな可愛い生き物が動いたのだから、皆が動きを目で追った結果、当然私の存在に気づかれる。
「お疲れ様でーす」
こういう空気の時に何と言えばいいのかわからないので、とりあえず会社にいたときの感じで挨拶してみた。
「音倉君お疲れ~。 あ、猫ちゃん! 可愛いね〜。 何て名前なの?」
忍さんが返事をしてくれたが、速攻で興味がラテちゃんに移る。
私が可愛いに勝てるとは思っていないが、忍さんも動物が好きなのだろうか?
そんなことを思いつつも、ひっそりとテーブルに座って、累ママの淹れてくれたコーヒーを頂く。
働いてた頃にブラックコーヒーを何度か飲んだが、純粋に美味しく感じなかったお子様舌の私は、ミルクも砂糖もたっぷりお願いした。
ブラックの香りだけは本当に最高なのだが……。
「はいこれ。 皆で作ってみたの」
そう言って累が差し出してきたのは、パンの様な、カステラの様な、とりあえず甘くて美味しそうな香りの食べ物。
まずは1口……めちゃくちゃ美味い。
外はサクッとした食感だが中はふわふわで、どこか懐かしさと伝統を感じてしまうような味……。
食べたことのあるお菓子の中では、ドーナッツのオールドファッションが近いだろうか?
最後に食べたのがだいぶ昔なので自信はないが……。
「めちゃくちゃ美味しい」
「そう? よかった」
「なんていうお菓子なの?」
「え? ……パウンドケーキだけど、知らなかったの?」
「へ〜、これがパウンドケーキなんだ。 家庭科の授業かなにかで名前だけは聞いた覚えあるけど、見たのも食べたのも初めてだわ。 ……本当に凄く美味しいよ」
パウンドケーキは確か、材料を1ポンドずつ使用して作ることが由来のケーキだったはず。
1ポンドが何グラムかは知らないが、流石に特徴的だったので名前くらいは憶えていた。
初めて食べたけど、こんなお菓子だったんだな〜……。
……お菓子のカテゴリーでいいのかな?
というか、ケーキはお菓子に入るのかな?
ゆったりとコーヒーを飲みながらケーキを味わっていると、ふと視線を感じた。
累は隣に座っているので方向的に違うだろう。
累ママと夢月さんと忍さんは、ラテちゃんにおやつをあげている声がするので違うはず。
つまり、視線の主は瑠璃さんだろう。
瑠璃さんの元旦那さんを処して以降、何度か顔を合わせてはいるが、未だに瑠璃さんとはほとんど会話を交わしていない。
元々そんなに交流があるわけではなかったし、あれ以降普通に気まずかったので、出来るだけ関わらない様に避けていたのだ。
だが、あれからもう1ヶ月……そろそろなにか、関係改善のための努力をするべきだろうか?
「音倉君は……最近どう? 累とは上手くやってる?」
少し悩んでいると、瑠璃さんの方から話しかけてきた。
恐らく瑠璃さんも、今のギクシャクした関係を改善したいと考えているのだろう。
私も出来るだけ歩み寄るべきか……。
「そうですね。 以前よりもお互いの距離感が縮まっている感覚があるので、上手くやれていると思います」
「そっか……いいな〜。 私はこの歳でバツイチになっちゃった」
瑠璃さんはそう言いながら、少し悲しそうに笑っている。
こういう時、何てコメント返せばいいのだろう?
私の平凡で薄っぺらい人生経験では、返す言葉が見つからなかった。
「お姉ちゃんはその……将来また結婚する意思はあるの?」
私の横で話を聞いていた累が、恐る恐る質問する。
返答に困った私を見かねたところはあったかもしれないが、累も瑠璃さんのことが気になっていたのだろう。
「正直もう結婚はいいかな……。 でも、私の跡継ぎがいないと困るし、累と音倉君には期待してるからね」
瑠璃さんはほとんど迷うことなく、そう答えた。
これには私も累も、どう答えればいいのか返答に困ってしまう。
「瑠璃はまだ若いのだから、今度はいい人と会えるわよ」
そこへやってきたのは累ママだ。
私や累よりも人生経験が豊富だと思うので、この場を任せてしまっても問題ないだろう。
パウンドケーキはあと2口ほどで、コーヒーももう少しで飲み終わる。
不自然にならない様に気を付けながら、急いでこの場から撤退することにしよう。
「音倉君はバナナ好き? これ、バナナパウンドケーキにチョコをコーティングしてみたんだけど、良かったら感想を聞かせてくれない? コーヒーのおかわりもあるわよ」
……もしかして累ママ、結構ドSなのではないだろうか?
明らかに狙い撃ちされたような気がする……。
そんなことを思いながらも、1時間ほど全肯定ボットになって、話を聞くのだった。
精神的に疲労したおやつタイムを除けば、特に何事もなく夜を迎えた。
強いて言うことがあるとすれば、晩御飯で食べたハンバーグが、大げさでなく魂が抜けるかと思うレベルで最高だったことくらいだ。
嫌な予感は特にないし、めちゃくちゃ集中しても、家の周囲に人の気配はない。
恐らく今夜は大丈夫だろう。
というわけで、少し早いが今日は寝ることにする。
既にベッドの上ではラテちゃんが待機しており、一緒に寝る気満々の様子だ。
電気を消して、ベッドで横になる。
ラテちゃんはお腹の上に乗って、ふみふみしてきた。
生身でのダンジョン探索で身についたのか、こうして何もせずに横になっていると、家の中の様子が目で見ているかのように、頭に映像が浮かぶ。
累ママは、部屋で1人椅子に座っている様だが、恐らく電話か何かしているのだろう。
話の内容は流石に聞き取れないが、話していることだけはなんとなくわかった。
累と夢月さんと忍さんは、1部屋に3人で集まっていて、恐らくキャラメル君を可愛がっているみたいだ。
そして瑠璃さんは、ベッドの上にいる様だが、寝ている訳ではないみたいで、ベッドの上で動いている気配がある……あまり探るのはやめておこう。
「それにしても、気持ち悪いくらい周囲の状況を把握できるな……。 気配を読むってレベルじゃないぞこれ。 自覚はなかったけど、目とか耳以外のセンサーが、超高感度になってたのかな? ……もしかして『肌のコイン』って、お肌が綺麗になる効果じゃなくて、肌センサーが発達する効果があるとか……? 今まで拾ったコインって、目と耳と肌だったはずだし、可能性はめっちゃ高いかも……」
そんなことを考えていると、累が1人で部屋から出た。
トイレかと思っていたが、この部屋へ近づいて来ている。
何か話でもあるのだろうか?
「あれ? ドアが開いてるけど……音倉、もう寝てるの?」
「さっき電気消したところだよ。 ドアはラテちゃんがいるから少し開けてた」
「そっか」
累は部屋に入りこちらへ近づき、ラテちゃんを持ち上げて、ドアの外へと運んだ。
そしてドアを閉めた。
ラテちゃんはドアの外で抗議の声を上げている。
「……累?」
「一緒に寝よ」
「……そうだね」
特に断る理由もないため、累をベッドに招き入れた。
若く付き合っている男女が同じベッドで横になり、当然何もしないわけもなく、お泊り初日から累と愉しい夜を過ごすのだった。
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