第53話

結局、ありがたく夕飯をご馳走になったあと、累パパからなにか重要な話をされることもなく、累と一緒に累の車かつ累の運転で、累の家へと帰ってきた。

まぁ、累を家まで護衛するのも込みで夕飯に呼ばれた気がするので、少し時間が遅くなったとしても、美味しい食事をご馳走になった分、家に着くまでの数分間は真剣に周囲を警戒していた。

夕飯のおでん、マジで美味しかったです。


リビングで累と2人、ソファーに並んで座り、特に何かするわけでもなくのんびり寄り添って過ごしていると、ふと累が何かに気が付いたように話しかけてきた。


「ねぇ音倉、最近背伸びた?」


……いやまぁ、10センチくらい背が伸びているのだから流石に気づかれるだろうと思ってはいた。

だけど……なんでこのタイミング?


「どうだろう? 最近姿勢に気を付けるようになったから、背が伸びている様に見えるのかも……。 ほら、変な姿勢で長時間椅子に座ってると、腰とか肩が痛くなるじゃん? だから結構意識してるんだよね」


とりあえず、それっぽいことを言って誤魔化しておく。

一応最近姿勢に気を付けていることは本当だ。

腰は今のところ問題ないけれど、肩の凝りを感じることは結構あるのだ。

正直肩凝りは、目が原因である可能性の方が高い様な気はするが、姿勢も少しは関係していると思うので、猫背や反り腰にならないように、最近結構気を付けている。


「そうなんだ……でも、やっぱり少し、背も伸びてる気がする。 それに体が大きくなったというか、結構筋肉質になったよね。 手もほら、大きくなってる」


そう言いながら、累は私の腕に抱きついた状態で、手をにぎにぎし始めた。

そんなことをされたら、別のところが大きくなりそうだが……まぁ、まだそういう雰囲気ではないので言わないでおこう。


「まぁ、最近は毎日、おいしいご飯をお腹いっぱいになるまで食べてるから、身長が伸びてても不思議じゃないかもね。 中学高校と全然身長が伸びなかったのも、たぶん食べる量が少なめだったからだろうし……」


「そっか……なら、毎日いっぱいご飯を用意しないとね。 でも、音倉は普段、あまり運動とかしてないよね? 今は筋肉質でいい体だけど、食べ過ぎて太ったりしないかな?」


……前は仕事に行くのに駅まで自転車で行っていたし、買い物へ行くのも自転車だったから、正直運動不足とは言えなかったと思う。

そして最近はダンジョン探索で動きまくっているので、よっぽど毎日食べ過ぎない限りは、太る心配はないはずだ。


ただ、最近は累の家でご馳走になってばかりで、買い物の頻度がだいぶ少なくなっている。

そして、表向き動画投稿を仕事にしている感じなので、若いけど運動不足だと思われても仕方がない状況だ。

なにか食べまくっているのに太らない要因を作らないと……。


「まぁ、今は大丈夫だと思うけど、ずっとお腹いっぱいになるまで食べてると流石に太るかもね……。 最近は少し運動不足かもしれないし、筋トレでも始めようかな? ほら、ご時世的にも腕力は必要になるかもしれないし……。 累も一緒に筋トレしてみる?」


「う〜ん……そうだね。 お父さんの事務所に結構筋トレ用のマシンとか置いてあるし、今度一緒に行ってみようか」


へ〜。

累パパの事務所にそんな設備あったのか。

累パパのところで何度かバイトをしたことはあるのだが、バイトのお仕事は畜舎の掃除のお手伝いだったため、挨拶とお着換えとお給料の受け取り時にしか事務所の中には入っていないのだ。

事務所の中に筋トレのマシーンがあることを知らなくても、特に不思議ではないだろう。


問題は……累パパは明日から事務仕事を再開すると思っていたのだが、私が事務所に行っても大丈夫なのだろうか?

累は大丈夫かもしれないが、私は一応部外者なので、不要なリスクを避けるためにも、業務時間中はできれば入りたくないのだが……。


「まぁ、他の従業員さんとかも利用するだろうし、お義父さんに許可を貰って、利用してもいい日と時間を聞いてもらえると凄く助かるかな。 ……そう言えば、富考さんと牧添さんから、なにか連絡はあった? 確か、明日戻ってくるんだよね?」


累パパが明日から本格的に仕事を開始するように、富考さんや牧添さんの親も、明日から仕事が始まるからか、今日まで実家で家族と過ごし、ここへは明日帰ってくる予定だった。

だが、たぶんそこまで影響はないと思うが、少しはこの辺りでも暴動の影響が出ているかもしれないし、暴動があったからこそ、2人の両親がしばらくは実家に引き留めて世間の動向を様子見する可能性が考えられる。

出来れば予定通り帰ってきてもらえたほうが、気兼ねなくダンジョン探索を行えるので、ありがたいのだが……。


「うん、明日の朝、お父さんに送って貰うだって。 だから今夜は、早く寝ないと……だよ?」


……累の雰囲気が変わった。

私の手をにぎにぎするのに飽きたみたいだ。

正直ベッドに直行したかったが、さすがに汚れた体のままベッドへ行くのもあれなので、まずは累と一緒にお風呂へと向かうのだった。




翌朝。

2人が帰ってきたのは7時30分を少し過ぎた頃。

朝が早いと聞いていたので、4時とか5時起きを想定していたのだが、普通はこの時間でも早い時間に該当するそうだ。

私の勤めていた会社だと、5時に会社に行くために3時に起きることが毎月何回もあったからな~……。

二度と働きたくないね。


「ところで、君が既知貝君?」


倒産した懐かしい会社に思いを馳せていると、どっちの父親かは分からないが、キッチリとしたスーツの上からでもわかる、ゴリゴリのマッチョマンが話しかけてきた。

これはあれだろうか……?

女性の家に居候をしているはずだったのに、いざ行ってみると男がいて警戒している感じ?

さりげなく誤解を解いておいた方がいいだろう。


「はい、あそこに見える家に住んでいる、既知貝 音倉です。 娘さんには時々夕食をご馳走して貰っており、大変お世話になっています」


というわけで、『一緒には住んでないですよ〜』『無害ですから安心してくださ〜い』というアピールを込めながら、礼儀正しく挨拶をしておく。


「そこまで畏まらなくてもいいよ。 忍から君の話は聞いてる。 犯罪者達に襲われそうになったところを助けてくれたんだってね。 本当にありがとう」


……そう言えばそんなこともあったなぁ〜。

普通に忘れてたわ。

警戒して声をかけたんじゃなくて、普通にお礼が言いたかったのか……。

そして、『忍から話は聞いてる』ということは、このゴリマッチョは牧添パパということ。


「いやまぁ、お金を貰って引き受けた仕事ですから……何事もなく問題の解決が出来て良かったです」


「……まだ大きな街では所々暴動が起きているみたいだし、この町もこの先少し治安が悪くなるかもしれない。 無理にとは言えないが、なにかあったとき、忍のことも助けてもらえると、凄く嬉しい」


う〜ん……圧が凄い。

それにしても、こんなことを思うのは少し失礼かもだけど、牧添さんと牧添パパはマジでどこも似てないな……。

流石に髪は似たような色だけど……この違いはお手入れの差が出てるのかな?


そんなことを考えている間に、牧添パパは車に乗って、仕事へと行ってしまった。

後で聞いたが、牧添パパの職場は、累パパのところだそうだ。


(……これいざというときに見捨て辛くね?)


そう思いながらも、とりあえず自宅に戻って、パソコンを開く。

予約差し込んで昨日公開した、ドゲザーの移動やキャラコン解説動画は、今までと違い初動から結構再生数が伸びているみたいだ。


……やっぱり私のプレイ動画は面白くなかったのだろうか?

それとも編集が悪かった?

どちらにせよ、ちょっと悲しい……。


「あれ? これって……広告付けられるようになってる! 収益化審査通ったのかな!?」


急いでメールを確認してみると、時間的にどうやら累とベッドに入った頃に通知が来ていたみたいだ。

とりあえず、公開してある全ての動画の広告表示をオンにして、SNSで収益化が通ったことを報告。

そして、収益化が通ったことの報告と感謝を伝える短めの動画を作ってから、ダンジョン探索へと向かうのだった。

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