第70話

「音倉!」


私の家のリビングよりも広くて豪華な内装のシェルターに驚いていると、部屋の奥からラテちゃんと累が近づいてきた。

どうやら奥の方に、累ママの言っていた事務所の地下へ繋がる通路があるようで、累の後に累ママが出てきて、夢月さん・忍さん・瑠璃さんも姿を現す。

当然だが皆不安を感じていたようで、私の姿を確認すると、めちゃくちゃ安心した表情に変わっていた。


……そういえば、累ママが暗証番号を入力しているのを横で見ていたから入れたけど、いきなりシェルターのドアを開けて誰かが入ってきたら、ラテちゃんは動物的な能力で察知できるかもしれないけど、普通の人は怖がるよな……。

だから皆めちゃくちゃ緊張した表情だったのかも……ちょっと反省。


「ただいま。 一応一区切りついたけど、上は今結構汚いから、今夜はここで一晩過ごした方がいいかも」


「そう。 怪我はない?」


「それは大丈夫。 でも、流石にちょっと疲れたよ」


そんなことを言っていると、累ママが近づいてきた。


「音倉君……無事でよかった。 でも、急に扉が開く音が聞こえたからビックリしたわ。 ……それで、なにがあったの?」


「あの後すぐに14人が家の中に突入してきました」


「14人……怪我はない?」


「全くないです。 その14人は結構簡単に殲滅出来たんですけど……すみません、玄関と廊下と洗濯室がめちゃくちゃ汚くなっちゃいました」


「汚く? ……あぁ、そういうことね。 それは仕方がなかったことでしょう? 気にしなくてもいいわ」


「そう言って貰えると助かります。 それで、突入してきたやつらが身に着けていた眼鏡に見覚えがありまして、近くに指示役がいると思い追跡したところ、3人の指示役を発見しました」


「……それは、普通の強盗ではない可能性が高いということ?」


「俺はそう思いました……としか言いようがないです。 それで、指示役の2人を生け捕りにできたので、ここへ運ぶために戻っていたのですが、このシェルターは扉を開いた時に信号を送るみたいで、助けに来た人たちと遭遇して一緒にここへ戻ってきました。 とりあえず上の片付けをお願いしましたので、今晩はここで過ごした方がいいと思います」


「……そう、それは良かったわ。 あまり見たくないし、見て欲しくないもの……」


とりあえずこれで説明は終わったので、私の仕事は終わりだろう。

累パパから頼まれているのは、いざというときに皆を守ることだけ。

累パパが帰ってくる前に、もう1度襲撃が来る可能性も一応あるとは思うのだが、その時はその時で対応すればいいだけだ。


でもどうなんだろう……?

本当に優秀で有能なやつなら、生け捕りにしたやつに情報を吐かせて、真の黒幕までなんとかしてしまうのだろうか?

私としては、2人も生け捕りにできた時点で、今回は十分以上の仕事ができたと思うのだが……。


「とりあえず、もう安全なの?」


今回の反省点と改善策を考えていると、累が袖を引っ張りながら確認してきた。

その手には、大きく『純米大吟醸』と書かれた箱を持っている。

箱は未開封のように見えるので、中身は明らかに日本酒だろう。

ここへ入ったときには何も持っていなかったため、このお酒はシェルター内で見つけたもののはず……。

まぁ、アルコールの摂取には緊張感を和らげる効果が期待できるので、累パパが食料と一緒にお酒を用意していても不思議ではない。

そしてその理屈で言えば、襲撃を受けた今は、アルコールが良い面で大活躍する絶好の機会。

今以上にお酒を飲むのに適したタイミングはないはずだ。


「一応安全だね。 それ、飲むの?」


「うん。 流石に今夜は眠れそうにないし、安全になったのなら皆で飲まない?」


「いいわね。 それ、すごく美味しいお酒なのよ」


累ママのテンションが目に見えて上がった。

もしかすると、累ママは結構お酒が好きなのかもしれない。

というより、累のお酒好きは、累ママからの遺伝だったりするのかな?

累パパとか瑠璃さんは……まぁ、飲むんだろうな〜。

仕事の関係先とのお付き合いでお酒を飲まないといけない場面が普通にあるはずだし……。

私もお酒を飲む練習をしておこう。


でもまぁ、流石に今夜は遠慮するけど……。

累パパが帰ってくるまでは、いざという時に備えて、常に戦える状態で待機していなければ……。


「俺は流石に素面でいた方がいいし、今夜はちょっと疲れちゃったから、先に休むよ」


「そっか……分かった。 ベッドはこっちにあるよ」


というわけで、累に寝床へと案内してもらった。

寝床には2段ベッドが2つあり、どこでも好きなところで寝ていいそうだ。

まぁ、私以外は皆、この後お酒を飲むそうなので、酔っ払いに梯子の昇り降りをさせるのは不安なため、上の段で寝ることにした。


ベッドに横になってみると、結構寝心地のいいベッドだった。

2段ベッドは初めてだが、立つことはできなくても上半身を起こせるくらい天井までの高さに余裕があり、圧迫感も全く感じない。

これなら普通に熟睡できそうだ。

唯一問題があるとすれば、ラテちゃんが下でずっと待機していること……。

まぁ猫なので、登ろうと思えば登ってくるだろう。


……そう思っていたのだが、ラテちゃんが大きな声で鳴き始めた。

自力で登ってくる気はないらしい。

流石にこんな大きな声で鳴かれると可哀想な気がしてきたので、ラテちゃんを撫でるために下へ降りる。

降りている途中、こっちに瑠璃さんとキャラメル君が近づいて来る気配を感じた。

どうやらラテちゃんの鳴き声は向こうにまで聞こえていたようだ。


「ラテ〜? あ、音倉君……」


「すみません。 上で寝てたんですけど、ラテちゃんは登って来れないみたいで……」


「なるほど。 ラテはホント、音倉君が好きなんだね~」


そう言いながら、瑠璃さんはしゃがんで、ラテちゃんを撫で始めた。

キャラメル君も撫でて欲しいのか、瑠璃さんの前に寝転がってアピールをしている。

……ちょっと羨ましい。


「ねぇ音倉君、1つ質問してもいい?」


ベッドに戻るか、撫でる順番待ちをするかで少し悩んでいると、瑠璃さんはこちらを見ないまま、声をかけてきた。


「なんですか?」


「人を殺すって、どんな感じ?」


……非常に答えにくい質問だった。


「どんな感じと聞かれても……俺の場合、殺すしかないとか、殺すべきだと思って殺してるので、今までの経験だと、問題なく殺すことができて良かったって感じです」


「……罪悪感とかは無いの?」


「特に無いですね。 殺す気はないのに殺しちゃったとか、事故で誰かを死なせてしまったとかなら、普通に罪悪感を感じると思いますけど、俺自身が殺すと決めて殺してますから、特に罪悪感は感じてないです」


まぁ、客観的に見て、これが普通でないことは理解している。

相手がどんな人間だったとしても、理性で殺すことこそが最善だと判断したとしても、普通は罪悪感に苛まれて、精神的に大きなストレスを抱えたり、PTSDを発症したりするらしい。

これを『必要だから殺した』で割り切ってしまえるからこそ、私はサイコパスだという自覚があるのだ。


「任さんを殺したときはどうだったの? 本当に殺す必要はあった?」


……タモツさんというのは、瑠璃さんの元旦那さんのことだろう。

そういえばそんな名前だったような記憶がある。

バイトした時にちょっとだけお世話になったんだよな~……ほんのちょっとだけど。


「必要性で言うと、特に無かったですね。 最後の1人でしたし、手足を圧し折って動けなくすれば、それでよかったと思います」


「じゃあなんで……?」


「……まぁ、正直ムカついたからです。 なにがあって襲撃なんて選択を選んだのかは知りませんけど、チョコとマシュマロの死体を見て、全員皆殺しにするべきだと思いました」


チョコとマシュマロは玄関の近くで血を流した状態で横たわっていた。

室内飼いだったはずなのに、玄関の中ではなく、外の近くだ。

そして周囲の痕跡から考えて、恐らく室内で殴りまくって弱らせた後、玄関の外まで引きずって動かし、死ぬまで複数人が鉄パイプやハンマーを何度も振り下ろして殺したはずだ。

つまり、殺す必要があったから殺したのではなく、明らかに面白がって楽しんで殺している。

普通の人からしても胸糞悪い所業だろう。


まぁ、そんなことに時間を費やしてくれたおかげか、家の中を漁る馬鹿共を簡単に殲滅することが出来たし、累パパ達が立て籠もっていた部屋が破られる前に、最後の1人へと追い込むことが出来た。

きっと、あの2匹の死は無駄ではなかったはずだ。


「俺は殺したことを全く後悔していません。 あんな奴らでも生かそうとする法律や人権なんて唾棄すべき倫理だと思っています。 馬鹿は死んでも治らないと言う様に、ああいう奴らが改心して、真っ当に生きるとは到底思えないんです。 それなら排除した方がいいと思っても、それほどおかしくはないでしょう? 馬鹿は死んでも治らないとしても、死ねば馬鹿が今後やらかすであろう迷惑行為や犯罪被害は無くなるじゃないですか」


……まぁ、私の個人的な思想や感情なんて、人生経験の薄い独り善がりで幼稚な考えでしかなくて……。

どれだけ論理的に考えておかしくても、今の時代に合わないものだったとしても、社会からすれば法律こそが絶対だ。

私も所詮は馬鹿の1人。

ならせめて、他人に迷惑を出来るだけかけない馬鹿でいたいものだ。


でも瑠璃さんからすれば、私は旦那を殺した仇人だ。

旦那を殺された上に『馬鹿だったから殺されても仕方がない』と言い訳をされてしまっては、到底納得ができないだろう。

それでも怒りや敵意を全く向けてこないのだから、瑠璃さんは本当に善良な大人なんだろうな……。


「ごめんね、変なこと聞いて。 それに、嫌なこと思い出させちゃったよね。 私がここにいると寝れないだろうし、そろそろ戻るね」


そう言い残して、瑠璃さんは戻っていった。

分かっていたことだが、良好な関係の再構築は無理みたいだ。


キャラメル君は瑠璃さんのあとをついていき、ラテちゃんは私の足にスリスリして甘えてきた。

上の段に戻ったら、また大きな声で鳴くのだろうか?

……やっぱり下の段で寝ることにしよう。


ということで、上の段のベッドを綺麗に整えてから、下の段のベッドで横になる。

ラテちゃんは今日は足の間に挟まって寝るみたいだ。


「……馬鹿っていうから言葉に違和感があったのか。 馬鹿って、いい意味で使ったりするもんな。 愚かって言った方が正確だったかも……どっちでもいいか」


さっきの会話を思い出し、そんなことを考えながら眠るのだった。

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