第三話 この世界に産まれてくるべきだった少女

 夜が明けた。そして予定調和の様にドワーフ族との最後の戦いが起きた。

 結果だけ言おう、エルフ族の勝利だ。


 あまりにあっけなく、エルフ達は勝利した。メル様の力もいらないほどの圧勝だ。

 敵の数は少なく、指揮系統もメチャクチャ。乗りに乗ったエルフ族の突撃に右往左往するばかりで、すぐに敗走する始末。


 追撃しようと勝手な行動をとるエルフを抑えるのが大変だったぐらいの勝ち戦だった。


「……勝ったんだよね」

「そうですね、メル様」


 勝った。そのはずだ。戦場にはドワーフ達が落としていった武器やらが散乱しており、エルフの兵は死者すらいない。


「……ただ。やけに弱かった気もします」

「だよ、ね。私も、そう思う」


 俺達はドワーフ族の違和感に気づいている。だが他のエルフ達は気づかない。

 他種族を見下し、害虫と罵る連中だ。敵がやけに弱い事なんて気にも留めず、己の力に酔いしれていた。


 七つの種族が滅びた大戦を、今もなお生き残っているのがドワーフだ。こんな弱いはずがない。

 だがそうは言ってもドワーフは敗走してもうどこにもいない。


「……勝ちは勝ちです。この宴を、楽しみましょう」

「うん……」


 今日は物資的にも最後の戦い。それを大勝利で収めた事で、末端の兵も飲めや歌えの大騒ぎだ。

 メル様も今回は出る幕すらなく、敵を殺す事もなかったため穏やかに過ごせている。

 なら良いではないか。メル様が傷つかずにすんだのだから。


「もう“夜”です。奇襲はないですよ」

「うん。そうだよね」


 焚火と月明かりしかない真っ暗な夜。夜はもっと恐ろしい者達が蔓延る世界だ。結界石に守られたこの陣地の、一歩先にでれば恐ろしい世界へと変貌する。


死者アンデットの大群を、……避けてここまで、これないよね」

「はい。その通りです」


 “夜”は死者アンデット達の世界。皮肉な事に死体は大量にあり、その分だけ死者アンデットは増えていく。

 何千年も前は“夜”でも出歩けたらしいが、今は結界に守られた場所じゃないと寝る事もできない。


 結論、夜襲などという夢物語起こるわけもなく、エルフ族の勝ちが揺れる事はない。メル様の心配は杞憂だ。

 不安など覚える必要はない。


「我らの勝利に乾杯!!」

「この調子でドワーフ共を絶滅させてやろう!」

「その後は獣人! そうして我らの天下だ!」


 エルフは不安もなく勝利に沸いている。貴重な酒も全員に振る舞われ、勝利に溺れたエルフ達は敵を嘲り自分たちの未来を夢想していた。


「サンダル様。このたびはすさまじいご活躍を」

「ドワーフ共を百体仕留めたとか」

「はっはっは。なに、大した事じゃない。ドワーフが弱すぎたのだ」


 宴の場でもっとも目立っている男、上座でふんぞり返って自慢話を羅列している奴こそこの軍のナンバー2、サンダル将軍だ。

 今回、メル様の力が必要ないと見抜くとわれ先にと駆け出して敵を殺しまくって武功を上げたため、ああも調子に乗っている。


「調子の良い事言ってますね。先日までメル様の後ろに隠れていたのに」

「……そうだね。まあいいけど」


 サンダルなど興味がないとばかりに目を逸らす。メル様にとっては戦果を盗られたなどどうでも良い事なのだろう。

 逆に注目が集まらないで良かったとも思ってそうだ。


「それより……ご飯、食べよ」

「あ、ですね」

「お腹へってるから、不安ばかり考える」


 一理ある。この胸にくすぐる不安も、空腹から来たものだと考えれば納得だ。空腹は理性と思考を奪う。


 今回メル様の元に用意された料理は、具材がふんだんに入ったスープと白いパンだ。戦地である事を考えれば最上級のものである。もちろん一人前。俺にはない。

 メル様は匙でスープを救うと、ふぅふぅと息を吹きかけ冷ます。


「はい、あーん」

「……いただきます」


 スープが適温になると、メル様は俺の方に匙を向ける。瞬時に辺りを見渡して人がいない事を確認すると、俺はその匙に口をつけた。


「美味しいです」

「ふふ。良かった、いっぱい食べよ」


 メル様自らご飯を食べさせてくれる。料理も食器もメル様の分しかないから、しかたないと言えばそれまで。だがメル様であれば俺の分の料理も食器も用意できたであろう。


「ん、美味しいね」


 俺が口をつけた匙で、メル様もスープを食す。劣等種たる人間と同じ食器を使うなど、他のエルフが見れば泡吹いて倒れる愚行だ。

 だが騒がしいのが嫌いなメル様は陣地のはずれで食事をしている。周りに人はおらず、注目はサンダル将軍が集めてくれていた。


「はい、あーん」

「あむ……美味しいです」


 俺が食べ、メル様が食べ、俺が食べる。明りも届かぬ暗がりの中で、俺達の食事は行われていた。

 味は良い。しかし動悸が激しい。食事というには心が落ち着かない、そんな夜だった。


「あ、口に、ついてる」

「おっと、すいません」


 食事は終わったが、人に食べさせてもらうというのは以外と難しい。

 気づかぬうちに口元に食べかすがついていたらしい。すぐに拭おうとすれば、メル様にとめられる。


「ん。綺麗に、なったね」

「あ、ありがとうございます」


 メル様のハンカチでそっと口元を拭われる。優し気に微笑むメル様にとても照れ臭くなった。

 ほのかな明りに照らされたメル様はやはり美しい。じっと見つめているだけで、俺の心に灯がともる。


「ご飯も終わって、“夜”はふけるね」

「はい。穏やかな夜です」


 宴も佳境だ。酔いつぶれて寝ているものもいる。久しぶりにお腹いっぱい食べられて、兵達は穏やかだ。将官も宴を楽しんでいる。

 このままいずれ宴は終わり、朝になり、都へ凱旋する手はずだ。今回の戦果を考えれば、褒美も報奨も思いのままだろう。メル様の名声はまた高まる。


 そして真夜中がくる。死者アンデット達の世界はこの世で最も危険な時間。しかし結界内にいるかぎりもっとも安全な時間ともいえる。

 この場にいる限り、不安など杞憂にすぎない。


「“夜”……でもなんだろ。音がする」

「音ですか?」

「うん。変な、音」


 俺には聞こえない。だが自慢の長耳をもつエルフなら分かるのだろう。聴力も人間の何倍だと聞いた事がある。


死者アンデットの声ですかね」

「ううん。空」


 空を飛ぶという事は、死霊レイスや、天使族、悪魔族の死者アンデットだろうか。

 だがメル様の顔は曇ったままだ。そして、目を見開いた。


「これは、機械の音――バルトっ!!!」


 メル様は突如俺に飛びつくと地面に押し倒してくる。何事かと目を白黒させていればそのすぐ後、轟音が辺りに響いた。


 ――ドゴゴゴゴオオオオオッッン!!


 上空から、爆弾が降り注ぐ。それはエルフの天幕を吹き飛ばし、酔いつぶれた兵士達を一瞬で肉片に変えた。


「ドワーフの襲撃! バルト、後ろに下がって」

「は、はいっ」

「『バリア』」


 メル様は俺の前に立つと、周囲に透明の膜を展開する。それは上空から降り注ぐ爆弾を、完全に防いでくれた。


「……空からの襲撃ですか。どこの馬鹿だそんな事考えるのは」


 “夜”の空は安全かと聞かれれば、NOと答えるだろう。しかし地上にくらべればはるかに安全だ。

 とはいえ危険な事に変わりはなく、死者アンデットに遭遇した時の死亡率は地上より高い。そんな空からの奇襲など、馬鹿の考える事だろう。


「あははははっ――」


 空をみれば十台ほどの空飛ぶ乗り物が旋回していた。乗り物からは爆弾が降り注ぎ、火の海を作り出す。


 そうしてさらに空から絶望が降ってくる。こんな奇襲を思いつきそうな戦闘狂の笑い声と共に。

 幼い少女の甘く高い声。だが俺は知ってる、何よりも恐ろしい声だと。


「み~つっけた! メル~。探したよ。ボクと遊ぼう殺し合おうよ」


 エルフにメル様がいるなら、ドワーフには彼女がいる。

 幼く、小柄な体躯ながら数多の敵を粉砕した英雄。ドワーフ一の戦士。


 少女はメル様とまさに正反対だ。争いを好み、殺す事に快感を覚え、戦争を楽しむ。

 この世界に産まれてくるべきだった少女。いや、こんな世界でしか産まれてはいけなかった少女。


「サフラン……」

「メル、久しぶり。戦お! 思う存分さっ」


 サフラン・エルルーク。メル様と戦う事が大好きな、敵の名だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る