第四十八話 メルとツキヨの関係性改善計画
「……なにやってんだかなー」
サフランの視線の先では、倒れるバルトとそれに縋るメルティアとツキヨがいた。
無論こっそり見ていたサフランは何が起こったか理解してるし、その原因も察しがついている。
平和に終わればそれで良いと思っていたがそうはならなかった。バルトは追い詰められた先に気絶する道を選び、場は混沌だ。
この場を収められるのはもう自分しかいない。サフランは決意して、一歩踏み出した。
「メル、ツキヨ! いい加減にしなよ」
「サフラン……?」
やるしかないと決意し、この世界でもっとも怖い少女二人に果敢に立ち向かう。
「なんでバルトがそうなったか、分かってるんでしょ?」
「「…………」」
二人とも気まずそうに目を逸らす。独占欲と嫉妬でバルトを追い詰めた結果だとは、二人とも重々承知していた。
「ほら、協力してバルトを布団に寝かす! 仲良くだよ」
「「は、はい……」」
まだ幼いサフランに頭が上がらない。
気絶したバルトを優しく布団まで運び、ありったけの回復魔法をかける。ツキヨも獣人族に伝わる秘薬という秘薬をつぎ込んでバルトを癒した。
バルトが安静になれば、あとはお説教である。サフランの前に二人は正座して、目を伏せた。
さすがにやりすぎたと反省はしているのだろう。こうなると理解していながら、独占欲を拗らせすぎて引き起こした事だ。
「二人の気持ちはわかってるけどさー。もう少しバルトの事考えてあげなよ」
「「……こいつが悪い」」
「それがだめなの!」
互いに指をさして責任を擦り付け合う。それに憤怒するのはサフランで、そんなんだからバルトがおかしくなったのだとため息をつくしかない。
「まったく。バルトは弱いし、優しいの知ってるでしょ。もう少し独占欲抑えようよ」
「……それはそうだけど。でもこいつが」
「全てこいつが悪いのじゃ」
「仲良くするっ! 二人とも譲る気がないなら、もうハーレムしかないよ」
「……百歩譲ってハーレムは良いけど。こいつとだけはやだ」
「まったくじゃ」
「そういうとこだけ一致しないでよ」
どうあがいても嫌らしい。少しこじらせすぎだろう。
「……はぁ。まずは名前で呼ぶところから初めてみようか」
「名前……?」
「これの?」
「メルと、ツキヨ。ほら。名前で!」
仲良くなる第一歩は名前を呼ぶことだと考えたサフランは、有無を言わず手を叩く。
二人は嫌そうに見つめあい、しかしこれを拒否するのもどうかと考えたのか渋々受け入れる。
「ツキヨ……」
「メルティア……」
「もっと嬉しそうに!」
あまりに嫌そうな名呼びである。口に出しただけで汚れると思っていそうだ。
このままではいけないとサフランはさらなる秘策を考えた。
「よーし。名前を呼びながら抱き合うんだ」
「……え?」
「……なんじゃと?」
「ほら、ぎゅーってさ」
サフランは有無など言わさない。拒否できる空気でもなく、嫌そうな顔をしながら二人は近づく。
「笑顔でさあっ!!」
「ツキヨ……」
「メルティア……」
ぎこちない笑顔と、ブリキ人形の様な動きで浅く抱き合う。
胸すら当たらず、ただ背中に手を当てているだけの抱擁だ。
「はあぁ。違うでしょ! ボクがお手本見せてあげる!!」
あのような抱擁、サフランとしては許せない。これは本物ってやつを見せねばと奮起し、二人に飛びついた。
「ぎゅっー!! こう、こうだよ!」
二人まとめて抱き着き。思いっきり抱きしめる。
サフランのとんでもない力で二人は全身が隙間なく密着し、頬と頬が触れ合うほど強く抱擁を交わす事となる。
「むぐぅっ……」
「ふぎゅっ……」
「あー。二人とも良い抱き心地だよ」
二人の少女をまとめて抱きしめてご満足のサフラン。でれでれと頬を緩め、二人の首筋に顔をつっこんでその香りを堪能する。
二人とも別の香りを持ち、どちらも甲乙つけがたい。サフランにとってこれは一人一人抱きしめてさらに堪能したいと欲望が膨れ上がった。
「えへへ~。好き」
「……サフラン、もう」
「んむぅ……酷い目にあったのじゃ」
ようやく解放された二人は、辟易としたながらサフランを見る。それを意に介さずサフランは頬を緩めた。
「でもまだまだだね」
「まだ何かやらせる気?」
「もちろん。バルトはね、良くボクに相談しにきたんだよ。あの二人がどうなれば仲良くなれるかってね。そのたびに心がボロボロなバルトを抱きしめてあげるんだ」
「「なっ!?」」
「二人がそんなんだったら、ボクがバルトの事貰っちゃうから」
まさかの刺客。敵は一人だけだと思っていたら、その横からかっさらっていく泥棒猫がいた。
サフランはニシシと笑顔を浮かべ、メルティアとツキヨは言葉を失う。
「…………ちょっと、調子のってる?」
「…………今、消しとくべきじゃな」
二人の目は完全にすわっていた。あまりに我慢ならない発言、完全に逆鱗にふれた。
この世界でもっとも強い少女二人の殺気。それに今まで説教気分だったサフランも身震いする。
「えっと……二人とも、お説教の続きだよ」
「サフラン、あっちいこっか」
「わらわ達と楽しいお話をしようぞ」
二人の目から感情の色が消え、そっとサフランの背中を押す。
それに対してこれはヤバいと生存本能が警鐘を鳴らすが、後の祭り。手遅れだった。
「え、えへへへ。い、痛くしないで。ほしーな」
「それはサフランしだいかな」
「良い子になってほしいと思うのじゃ」
バルトの前ではやらないと、誰もいない密室へとサフランは連行された。その後起きた惨劇は、記録するべきではないだろう。
ただ一つ、この時初めてメルティアとツキヨの心が一致した。思わぬ外敵の出現により、あの二人が協力体制をしいたのは紛れもないサフランの功績である。
◇
「ひぐぅ、えっ、うええぁーんっ!!!」
目を覚ましたらサフランが泣いていた。年相応の泣き声で、何か怖い事でもあったのか初めて見る大泣きだ。
むりやり気絶して、起きたらこれだ。いったい何が起こっているか分からないが、俺のやる事などただ一つ。
「よしよし。怖い事でもあったか?」
「うぇ、バ、バルトぉ。ひぐっ、こわがったよぉ」
「あー。何があったんだ?」
まあ聞かずとも察しはつくが。やりすぎたと気まずそうに目を逸らす二人が原因だろう。まったく何をやっているのか。
サフランを泣かすなど、さすがに見過ごせる話ではない。
「少し、やりすぎじゃないか?」
「「ごめんなさい……」」
さすがにここまで泣かれると二人は素直だ。しゅんとして顔をふせる。
しかし恐怖は薄れない様で、俺の胸でサフランは泣き続ける。その背中をさすりながら慰めるが、いったいどれほど怖い事があったのか。二人には反省してもらおう。
慰め続ける事数十分。どうにか涙がとまったサフランと、正座をするメルとツキヨ。どう収拾をつけたら良いのだろう。
「とりあえず、サフランにしっかり謝れ」
「あの。ごめんね。ちょっとやりすぎた」
「すまないのじゃ……我を忘れた」
「ひうっ」
謝罪にすら怯え、俺に抱き着いて離れない。いったい何やったお前ら。あの明るく元気で俺の癒し、サフランをこんなにするとは。ゆるせん。
「反省は、するけど。……サフランくっつきすぎじゃない」
「教育が……足らなかったか」
「ひいっ」
全身から汗をだらだらと垂らしながら恐怖で顔を白くするサフラン。完全に二人がトラウマになっていた。
「こら! サフランを脅かさない! とりあえず反省しろ」
「「は、はい」」
大人しくなったメルとツキヨ。怯え続けるサフラン。その場面は長い事続き、俺はしばらくサフランに付きっ切りだった。
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