第四十九話 獣人族の聖地にて
メルとツキヨを仲良くさせる計画。俺はそれを諦めていない。
サフランも頑張ってくれて、俺が気絶してる間にお説教したらしい。その結果大泣きして心に深い傷を負ったが、光明は見えた。
サフランを締め上げる過程で二人は強力していたという。つまり完全に仲が悪いわけではなく、可能性は十二分にある。
というわけで俺達は緑溢れる森の中にいた。
「ふぁ。きれーだね」
「こんな美しい緑が残ってるなんて。初めて見た」
ここは獣人族の聖地。この世界ではもう見れない、青々とした木々が辺り一面に立ち並ぶ、完全な森があった。
ここまで美しく、綺麗な空間を俺は知らない。まさに聖地だろう。
「うむ。手入れは欠かさぬ様にしておる。バルトよ、ピクニックを楽しむのじゃ」
ツキヨの言う通り、ここに来た目的は単純。遊びに来たとそれだけだ。
同じ経験をする事で団結力と関係性が深まる。つまりメルとツキヨの仲が良くなる。……とまあそんな簡単に行く気はしないが、何事もやらねばならない。
「バルト、私とお散歩しよ」
「これメルティア! わらわのバルトじゃ」
「違う。私の。ツキヨは黙ってて」
美しい森の中でも二人のやり取りは相変わらずだ。しかし互いに名前で呼ぶようになっていて、それは大きな進歩と言える。
「んー。三人でずるいよぉ。ボクも混ぜて」
一人蚊帳の外だったサフランも俺の背中に抱き着いてくる。寂しがり屋だからしかたないだろう。
しかしそれに黙っていられないのがメルとツキヨだ。
「サフラン、まで!」
「わらわのバルトなのに」
「ええいっ。一端離れよう。収拾がつかない」
三人に揉みくちゃにされて場は一気に混乱する。俺はそれを正すため、一旦全員引きはがした。
「とりあえずだ。全員で今日は楽しむぞ」
この体験を通じてみんなが仲良くなって平和な未来があれば良いな。俺はそう漠然と考えていた。
◇
獣人族の聖地『天燐森』。五千年の時を戦果から逃れ、いくつもの都市が滅びても王都と共に生き残り続けた獣人族が最も大切にする場所らしい。
そこで俺達は茣蓙を敷き、持ってきた弁当を広げる。
「わらわがバルトのためを思って作ったお弁当じゃ。ぜひ食べて欲しい」
そう言ってツキヨが用意したのは、プロの料理人が作ったのかと見紛う弁当。エルフの国にいた料理長クラスか、それ以上だ。
「これ……ほんとにツキヨが作ったの?」
「無論じゃ。自分で作るしかなかった故、気づけばここまで上達しておった。メルティアとは違うのじゃ」
「むっ……」
敵愾心を見せるメルだが、さすがにこれは勝てないと思ったのか眉を顰める。
メルは料理なんてした事ないし、これはツキヨに軍配が上がった。
「わ、私も今度作る。バルトのために、がんばる」
「ふんっ。一朝一夕で出来る事ではない」
「出来るまでがんばるから。ツキヨは黙ってて」
「まあまあ、落ち着こうな」
バチバチとしだす二人の間に入って諫める。この度に胃が痛くなるが、世界平和のためである。
「もぐもぐ。美味しいよ、早く食べなよ」
とここで勝手に食べていたサフランが声を上げる。それにより、喧嘩は中断される。さすがサフランである。
サフランの勧め通り食事を始めた。目玉はやはりおにぎりだろう。米という獣人族特有の作物により作られたこれは何度か食べたがとても美味しい。
「……悔しいけど、美味しい」
メルも思わずそう零すほど、ツキヨの料理は美味しかった。普段は料理人に作らせていたから分からなかったがこれほどとは。覚えた過程にもいろいろありそうだが、凄い特技だろう。
「ツキヨ、ボクに料理教えてよ!」
「むっ……まあ良いぞ」
「えへへ。やった。メルも一緒にやろー」
「えっ? 私も……?」
「メルティアにも教えるのか?」
「えー。やだ?」
サフランのつぶらな瞳が二人を襲う。なにより最近は歩み寄ろうという姿勢が見える二人だ、少しの沈黙があったが頷く。
「まあ良いけど」
「そこまで言うなら二人まとめて教えるのじゃ」
サフランの活躍でなんと料理教室が開かれる事となる。この前まで考えられない事だが、二人の関係は確かに改善の傾向がみられた。
これも全てサフランのおかげだろう。崇めるか。
食事も終わればあとはゆっくり散歩だ。
緑で覆われた場所などもうそう残っていない。昔メルと行った小さな森や、旅の途中で見た天使族の廃墟の近く。
だがここはそれ以上。まさに聖地だ。
「どこまで続いてるんだろー。綺麗だね」
「とても広いとは聞いておる。わらわも詳しくはないが、おそらく世界最大じゃろうな」
「ところどころに見える果実は食べられるのか?」
「無論じゃ。棲んでいる魔獣も大人しく、美味しいものばかり。まさに聖地じゃ」
「えー。そんな凄い場所存在したんだー」
サフランも驚く。俺も驚く。
なんて天国だろう。安全で、美しく、食材もある。そんな場所がこの世界に存在したとは。
「さらにじゃ、もっと凄い場所もある」
ツキヨはそう言って先導する。しばらく歩けば確かに空気が変わった。
それに一番に反応したのはメルで、しきりに周囲を確かめだす。そして木々をかき分けて進んだ先に、それはあった。
「わっ……凄い」
メルが最初に目を見開いて、駆け寄る。
「聖水が湧き出る泉。この森の源じゃよ」
「……魔力が満ちてる」
「ふえー。聖水が湧き出てるとこなんて初めてだよ」
これだけあればどれだけの
「……とても、いい気分」
エルフであるメルにとって、ここは良い場所らしい。畔に佇みそっと目をつぶって空気を感じていた。
「しばらく、ここでゆっくりすか」
「いいねー」
「では茣蓙をしこうぞ」
メルがここを気に入ったらしく、しばらく離れそうにない。ならば少しゆっくりするべきだろう。
再度茣蓙を敷いて座り、綺麗な空気を感じる。
「ねえツキヨ……この聖水少し持って帰って良い?」
「……気に行ったか?」
「魔力も回復、しそう」
「ふむ。しばし待て」
エルフ特有の感覚でこの聖水が欲しいらしいメルと、それにこたえるツキヨ。鞄から小瓶を取り出して、メルの側に駆け寄った。
「二人とも、少しは仲良くなったかな?」
そんな二人を眺めながら、サフランは呟く。
「ああ。……俺がいなけりゃ、仲良くなれるのかもな」
「そう言うなよー」
「ははは。……ごめん」
だがそうだろう。俺じゃなければ良い。二人なら互いに慰め合う様な関係にもなれるはずだ。そうやって幸せになる道もあったかもしれない。
まあくだらない理想でしかないが。
「……まあバルトの事が大好きで、それだけは譲るつもりがない。そうある限り、無理なのかな」
「それは悲しいな」
みんなで仲良く幸せに。それが理想だし、最高の結末だ。だがそれはとても難しいだろう。悲しい結末だけが俺の頭をよぎり続ける。
「そうなったらさ……バルトはどっちを選ぶ?」
「っ…………」
突然サフランは俺の言って欲しくない事を言ってくる。
避け続け、どちらも見捨てられないと結論を出した俺に容赦のない事だ。
「どっちも選べない」
「……本当に? どちらかしか選べない結末があるかもしれない。そうなった時、バルトはどうするの?」
サフランは逃がしてくれないらしい。正直言葉にしたくないし、選びたくない。
だがそうも言ってられないらしい。
「メル……それは変わらない」
「……だよね」
多分メルを選ぶのだろう。それだけは変わらないし、メルだけを選ぶ未来は悲しい結末になるのだろう。
だから考えたくなかった。
「でも、冗談だよ。二人とも選んで、ハッピーエンドにしてね」
「サフラン……」
「右にメル、左にツキヨ。そして少しボクのスペース残しておいてくれるだけで良いから」
「……サフラン!?」
突然のサフランの言葉に俺は思わず驚く。
サフランが抱いているのは親愛だと思っていた。だが言葉をそのまま受け取るならまるで……。
「言ったでしょ。ボクはバルトのこと、けっこー好きなんだよ」
そう言って笑うサフランに、胸の高鳴りは収まらない――。
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