第五十話 終わりの始まり
全てが順調だ。今の現状を俺はそう評価する。
メルとツキヨの関係はまあまあ良い。俺が暴走した日から、このままでは行けないと思ったのだろう。結果的に良くなった。
サフランの協力もあり、関係性の改善は順調だ。
生活も悪くない。相変わらず獣人族からは良く思われてないが、危害を加えられる事はなかった。
ツキヨが戦争に興味がないらしく、その準備をする気配もない。侵略してこない限り平和であろう。
敵であるエルフとドワーフは互いに敵意剥きだしで獣人族にそう手出しはしてこない。そもそも俺の作戦でエルフが今どうなっている事やら。
メルとサフランがいなくなった両種族が、今どうなっているかまったく予想がつかない。ここでは情報を得る事も不可能だ。
まあ総括すれば平和だし、順調だ。何も心配する事はない。
「……その、はずなんだけどな」
だがなんだろうこの胸騒ぎは。嫌な予感がする。そして俺のこの予感は結構当たる。
本当に嫌な気分だ。
――コンコン。
などと深い思考に陥っていると、人が訪ねてくる音がする。
「……バルト?」
「メルか。どうした?」
「料理した。から。食べて欲しいなって……」
「お、良いな。ぜひ食べさせてくれ」
どうやらメルが料理をしたらしい。ツキヨに習うと言っていたが、もうしていたとは。愛する人の手料理とは嬉しいもので、俺の嫌な予感もすぐ吹き飛ぶ。
「えっとね、おにぎりを。作ってみた」
「へー。楽しみだ」
ほら、何も悪い事は起こらない。
俺の予感は外れた。それで良いじゃないか。全ては順調で平和。それが正解だ。
「美味しいと、良いな」
そう言って微笑むメル。その笑顔がずっと続く事を、俺は願った。
◇
不思議と人の少ない城の一画、食堂に俺達は来ていた。使用人達は退室させ俺達しかいない空間。
そこには握られたおにぎりが皿に並べられている。
「あ、来たね。ボクもやったんだよー」
サフランもやっていたらしく、少女三人仲良く料理教室らしい。
さまざまな具材と共に握られたおにぎりは、不格好だがその努力を感じる。二人とも頑張ったのだろう。
「二人とも筋は悪くない。わらわの元に居れば上達もするじゃろう」
「へー。やっぱ凄いな」
二人とも英雄としてぶいぶい言わせてただけあり、あのツキヨが褒めるぐらいには才能があるらしい。まあメルはやれば何でもできる子だから不思議ではない。
そんな二人が握ったおにぎりが目の前に置かれる。
大きさも形もバラバラで、具材がタップリ入っているのがサフラン。
どこか歪だが、初めてと考えれば天才としか思えないのがメル。
二人の個性を感じて心が穏やかになる。
「じゃあいただこう。……うん、美味い」
「へへっ。ボクも凄いでしょ」
「ああ。サフランは天才だ」
「えへへへ」
デレデレと照れだすサフラン。歪だが、それが不思議なバランスで美味いと感じるまさに天才の品。少し前一緒に料理をした時も片鱗を感じたが、美味い物を作る技術は持っている。
「私のは……?」
「もちろん最高だ。やっぱメルは凄いな」
「ふふ……でしょ」
メルも凄い。全て同じバランスで同じ味で握られており、形も綺麗。粗も垣間見えるが、初めてである事を考えれば最高の一言だ。
二人とも俺が初めて料理した時の事を思えば天才としか言いようがない。
「ふむ。では、わらわのも食べておくれ」
「むぐっ」
と食べ終わったところで、隣に座って来たツキヨにおにぎりを食べさせられる。
「あ、ちょっと」
「二人とも食べてもらったのじゃ。わらわも良かろう」
口に突っ込まれたおにぎりだが、やはり美味い。ツキヨの腕前は並ではなく、そうそういるものではない。
「どうじゃ?」
「ああ、美味しいよ」
「……そうか。それは良かったのじゃ」
そうツキヨは微笑む。それに対抗する様にメルも俺の横まで来て、おにぎりを差し出してきた。
「私のももっと、食べて」
「わらわの方が美味いのじゃ。のうバルト?」
ちょっときっかけがあればすぐにバトル。少しは仲良くなったかと思ったが、まだまだだ。
「ほらー。争わないで」
しかし俺にはサフランという強力な味方がいる。これほど頼りになる子もいるまい。
「……むぅ。しかたないの」
「がまん、する」
だが言葉で言えば引いてくれる様になったのは成長だろう。この調子で平和で明るいみたいを掴むのだ。
「またみんなで料理しようよ。ボクは今日楽しかったよ」
「……それはそうじゃな」
「うん……」
「仲良くしよ。ボクはしたいな」
サフランは笑顔でそう言った。その笑顔の前ではすべての種族が膝をつくしかないだろう。俺も思わず崇めたくなる。それほどにサフランは頼りになった。
「……ああ。確かに楽しかったのじゃな。わらわは」
そしてツキヨも、サフランの言葉をかみしめる様に頷く。
「初めての事じゃ。この気持ちは」
「えへへ。なら良かった」
「……そうじゃ。バルトがいて、サフランがいて。……メルティアもいる。平和に仲良く暮らす未来。それは、とても素晴らしい物なのじゃな」
「そう! そうだよ!」
ツキヨの言葉にサフランは食い気味に頷く。俺も強く首を振った。ツキヨが明るい未来を夢想しているのが何よりうれしい。
このまま幸せになれるだろう。ツキヨは幸せになるべきなのだ。そしてその未来は確かにある。
「しかしそれも……わらわが――」
ツキヨはそこで言葉を切った。
そしてゆっくりと立ち上がり、俺を優しく抱きしめる。
「あ、ちょっと!」
「ツキヨ? どうしたんだ?」
「バルトはわらわを愛してくれるのじゃろう?」
「……ああ。そうだ」
「メルティアも愛しておるのじゃろう?」
「そうだな。二人とも、愛している」
その答えは変わらない。二人とも幸せにする。どちらも見捨てない。それが決めた事だ。そのための未来を今も諦めちゃいない。
俺の答えにツキヨは微笑んだ。嫌な顔一つする事無く、何かを決意した優し気な笑顔だ。
「わらわが……一番であれば、それも受け入れられのじゃろう」
ツキヨは俺を抱きしめて、囁く。そして剣が俺とツキヨの間に割り込んできた。
「ねえ……今。何しようとしたの?」
いつの間にかメルが剣を抜いていた。
それは俺を抱きしめるツキヨに突き付けられ、魔力が完全に開放されている。
「邪魔をするでないメルティア。バルトに惨状を見せるつもりはないのじゃ」
気づけばツキヨとメルが殺気をぶつけあっていた。
今すぐ止めないといけない。なのになぜ、力が入らないのだ。口も開けない。意識が途切れそうになる。
ツキヨの胸の中で眠りにつきそうになる――。
「あのおにぎり……何を混ぜた!」
「言ったであろう。惨状を見せるつもりはないと。バルトは優しいから、ただ眠ってもらうだけじゃ」
「そう。……やっぱり、相容れないんだね」
「そうじゃな。お主がバルトの一番であるかぎり、この未来は決まっておった」
二人の言葉が聞こえなくなる。だが分かるのは今すぐ動かないといけないという事だけ。今まで感じていた悪い予感。予想していた未来。全てが現実に起こる。
「……ずっと求めていた。それだけのためにわらわは生きてきた。もう手放せぬのじゃ」
「バルトを返して。それか死ね」
「メルティアが……死んでくれ」
もう――何も聞こえない。俺の意識もどこかへ消える。俺ができるのは願う事だけだ。
目を覚ました時に全てが悪い夢である事を――。
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