第四十四話 千の磔

 獣人族とは、強靭な肉体と高い俊敏性を持つ種族だ。外見は人と獣の融合と言えば良いか、人をベースにしながらも色濃く獣の特徴を持つ種族だ。


 たとえば手足は獣だが、体は人間だったり。顔も人だがそれ以外は獣の要素が多い。個体差もあり、ほぼ二足歩行の獣みたいな人もいるなど多種多様な種族だ。

 しかし獣人族はみな陽気で好戦的な種族というのは間違いない。だというのに。


「……静かだな」


 『隠密』を使いながら大通りを歩く。国で一番活気があるはずのここが、まるでお通夜の様に静かだ。

 みな下を見て、死んだように歩いている。その様子は俺の聞き及ぶ獣人族とはまるで違った。


「なあ、聞いたか」

「ああ、例のだろ」


 誰もが口を閉ざす中、隅の方で小声で話す二人の男がいた。狼の獣人らしいが、その見た目に反して小さくなって消え入る様な声だ。


「人間が来た」

「……もう、どうなっちまうんだよ俺達は」


 彼らが話しているのは多分俺達の事だろう。しかし人間は獣人にとって恐れる様な対象ではない。俺が生まれる丁度前に英雄がいた村も滅ぼしているくらいだ。


「忌み子のせいだ」

「っ馬鹿! 言うな」

「っ……すまん。ちょっと、気が動転した」

「あれの悪口を言ってみろ、広場にお前が並ぶ事になる」

「だよな……聞かれて、ねえか」


 忌み子と言った瞬間、空気が変わった。周囲にいた獣人も彼から逃げる様に去っていく。

 おそらくツキヨの事だろうが、ここにツキヨはいない。それなのに酷い怯えようだ。


 おそらく活気がなく顔に生気がないのはツキヨと、そして俺達が原因だろう。

 だがいったい何があれば都市全体がこんなに暗くなるのか。俺はそれが知りたくて、フードを深く被ると『隠密』を解く。


「なあ、ちょっと良いか?」

「っな、なんだよお前」

「あれ……じゃなくてツキヨ様に告げ口でもするつもりか!?」

「いや、そんなつもりはない。ただ、なんでこんな活気がないか気になってな」

「はっ……?」


 彼らなら原因を教えてくれるだろうかと声をかけてみるが、二人は何言ってんだこいつと怪訝な顔で俺を見る。


「原因しらないとかお前どんな生き方してんだよ」

「フード深いし手足も隠れて怪しいな」

「っああ、俺は怪しいものじゃない」


 そう弁明してみるが、俺自身も怪しいと自負する外見だ。獣人に紛れられる様に全身隠し、フードで顔も隠している。こんなの怪しくないはずがない。


「……何者だ?」

「ああいや。そう、日光がね。日光に弱くて。それで家にこもってたからあんま分かんないんだよ。ははは……」


 苦しい言い訳だと思う。しかし怪訝な顔をしながらも、彼らはそれ以上何も言うことなく頷いてくれる。


「まあ良いか。なんで活気がないかだったか……広場に行けば分かるよ」

「えっ?」

「俺達が言えるのはそれだけだ」


 そう言って彼らは足早に去っていく。広場に行けば分かると言うが、その広場がどこか分からない。


「……広場か、行ってみよ」


 道なりにあるけばいずれ着くだろう。俺はその時、あまりに楽観的に物事を考えていた。



 ◇



 ふと、強い死臭を感じた。血の匂いや腐った匂い。戦場で嗅いだことのある匂いだが、それよりも酷い。


「なんだよ、これ……」


 気づけば周りに獣人の姿はなかった。みんなこれ以上先に近寄らない様で、人っ子一人いやしない。

 そして進めば進むほど強くなる死臭。俺は引き返したくなったが、この先に答えがあると無理矢理歩を進める。


 近づくほどに臭くなった。立ち込める嫌な気。そしてカランカランとしたブリキの足音。


「ここが広場か……」


 たどり着いた先に広場はあった。そしてなるほどと頷く。


「確かにこれは、活気なんてなくなる」


 大量の死体がそこにはあった。


 千は超えるだろう獣人族が、はりつけにされて広場に無数に立てられている。死者アンデットにならないよう手足と首が切られており、体には大量の蛆虫が湧いていた。


「いったい……何があったらこうなるんだよ」


 この地獄を生み出したのは多分ツキヨだ。だがあの少女が本当にこれをなすのか。いや人魚族を滅ぼしたのはツキヨだ。これぐらいわけないか。

 俺はツキヨという少女を見誤っているのではないか。彼女の目的はなんだ……。


「ギ、ガガガ……」

「うおっ……機械、人形?」


 深い思考に陥っていると、ふと傍には機械人形が佇んでいた。血で錆びたノコギリを携え、感情のない瞳を俺に向ける。


「ドワーフ族の機械人形がなぜここに? ……いやツキヨか。戦艦も持ってたしな」


 おそらく汚染領域などで発掘してきたのだろう。あそこには異種族達の残した異物が無数にある。

 ドワーフ族の汚染領域『機兵回廊』にいけばこういうのもありそうだ。


「なあ、これは何なんだ?」

「ガギ、ビービー。ギギギ」

「……まあ分かんないな」


 機械人形の言う事なんて分からないし、会話が成立するかも分からない。

 何も答えを得られないなら帰るしかないかと振り向いたところで、俺は一気に冷や汗がでた。


「――バルト、ここで何をしているのじゃ?」


 背後にはツキヨがいた。獣人族の衣装着物に身を包み、扇子で口元を隠しながら微笑んでいる。その笑みが何より恐ろしい。


「…………」

「のう、バルト」


 気づけばツキヨは俺の目の前まで来ていた。背伸びをして顔を近づけながら、俺の頬を触った。

 とても冷たい手に、俺の心は跳ねた。


「っ……なんでここに居るって分かったんだ?」

「バルトが、黙って出ていくから着いてきたのじゃ。万が一危険があってはいけないからの」

「そうかい」


 『隠密』の前では誰も俺に気づかないはずだ。ずっと見つめられているなら別だが、確かに部屋で一人だった。

 見つかるはずがないのに、ツキヨにはバレた。いやそうだ、そもそもツキヨは俺を迷う事なく迎えに来ていた。離れるように何日も歩き続けたというのに、広大な世界でツキヨはすぐに俺を見つけた。それを考えれば訳ないだろう。


「ここは空気が悪い。もっと良い場所に案内するのじゃ」

「ツキヨ、ここは何だ?」

「……ただの見せしめじゃ。掃除した後に、それを有効活用したまでじゃ」

「掃除ってのは……やっぱり」

「わらわに逆らう者が多すぎた。放置しておったが、バルトを迎え入れるためには掃除せねばなるまい」


 混血が王になるとは大量の反逆者が出るという事だ。なぜ王でいられるか疑問だったが、腑に落ちた。逆らう者は全て消せば王になれるだろう。だが……。


「俺を迎え入れるためって言ったか。じゃあ俺に会わなければ……」

「バルトと出会わなければこうはならなかった。しかし、いずれ反乱が起こる。その時粛清するか、今するかの違いじゃ。気に病むことはない」

「…………」


 そう言うが、俺がいなければこんな地獄が生まれる事なかっただろう。あるいはもっと平和に終わったかもしれない。


 なぜだ。なぜツキヨはこんな事を平然と行える。戦欲も持たないはずで、その心は簒奪神に改変されたわけじゃない。

 メルは言った、ツキヨは目的のために何でもできると。サフランは、強烈な渇望を感じると言った。ツキヨが抱えるものはなんだ。なぜ俺の為にそんな事ができる。


「出会って、まだ数日だろ。あの日だって数時間程度。それなのに俺の為になんでそこまで出来る!?」


 ツキヨと別れて十日は経ってない。なのにたった数日で粛清して、全ての死体を磔にした。ツキヨはなんでそんな事ができるのだろう。メルの言う通りだ、ツキヨは理解できない。


「もうバルトしかおらぬ。わらわの目的は、バルトに抱きしめてもらうだけで良いのじゃ」

「……ツキヨ」

「バルトは、わらわを抱きしめてくれるか?」

「あ、ああ……」


 ツキヨの願いを叶えねばさらなる地獄が生まれるかもしれない。そう思うと、断るなんて選択肢はなかった。

 安心した様に俺の胸に飛び込んでくるツキヨを強く抱きしめる。旅装束と違い、ツキヨの柔らかな体が直に伝わって来た。

 その鼓動も、強い抱擁も。全てが俺に伝わってくる。


「バルト……これだけで、良いのじゃ。わらわはついに、手に入れた」


 たったこれだけだ。抱きしめるなんて簡単な事。たったこれだけの事に、ツキヨは千人殺したんだ。

 ツキヨの持つ渇望は、いったい。なんだ……?

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