第四十三話 歓迎されない来訪と、歓迎するしかない人々

「……行ったか」


 地上は走る小型戦艦を見送りながら、ドラグルイアは呟いた。


「本当に良かったの?」


 彼らが完全に消えたところで、隣にいたミアも呟くように問いかける。


「言ったであろう。彼らの選択だ」

「……もう世界は変わらない。あと数百年で、全ての種族は滅ぶわよ」

「それも良い。そうなればそれも運命だ」

「変わったわね、あんたも」


 大切な生まれ故郷が滅びの道をたどっているのに希望を手放すドラグルイアに、ミアはため息をつく。

 五千年と言う時は彼を変えるのに十分だったのだろう。


「簒奪神には……勝てんよ」

「希望なら、勝てるでしょ」

「一度相対した我なら分かる。神とは、特別だ」


 ドラグルイアの心は折れているのだろう。

 神と戦い、何もできずに敗北した経験が立ち上がる事を許さない。


「…………」


 それにミアも何も言わなかった。原初の個体故、神の強さは十分理解している。全盛期の力をもってして三人がかりで勝てるかどうか。

 原初の個体十人でようやく勝てると言える程度だ。


「ならバ……神の力を持つメルティアなら勝機はあるだろウ」

「バランド。どこ行っていたのだ?」

「少しな」

「……まあ、そうかもしれない」


 希望があるとすればメルティアのみだ。彼女の内に秘める神の力があれば、簒奪神を打倒しうるだろう。


「だが彼女は……精神が弱い。あの心は普通の少女と相違ない」

「……そうカ」

「心が負ければ、神には勝てない」


 メルティアの弱点。力と釣り合わない心は、神と敵対する上で大きな穴となる。

 普通の少女が神と戦えるわけがない。戦えるとしたら、狂うしかあるまい。


「バランドは何をしていたのだ?」

「ドワーフと話して、書庫にいタ」

「書庫……?」

「あれが一番、危うイ」


 バランドはバルト達が去っていた方を眺めながら言う。あの中でもっとも幼く、希望ではないドワーフの少女の事を。


「人間以外が、戦欲から脱却した例はなイ。それを、確かめタ」

「……ではあれはなんだ?」

「さてナ。それはこれから調べル」

「んー? サフランがなんかダメなの?」

「危ういのだヨ。あまりにイレギュラーダ」

「……ふーん」


 バランドの危機感を、ミアだけがあまり分かっていない。

 サフランは可愛らしく良い子だからこそ、ピンとこないのだろう。


「まあ全てはメフィー様の導きのままに。我らも運命の時まで静かに暮らそう」


 ただドラグルイアだけが、別の何かを見ていた。

 遠くを見る様なドラグルイアの言葉に二人は頷き、また日常へと戻った。



 ◇



 ツキヨの戦艦で移動する事一日。メルとツキヨは俺を挟んで喧嘩。サフランは大興奮で操縦と。多分楽しかったのはサフランだけで、俺は女の子二人の喧嘩に巻き込まれて胃が痛かった。


 そんなこんなで旅の果てにたどり着いたのは、巨大な都市。エルフやドワーフとまったく違う建物が並んでいる。

 異なる文化、異なる風景。木材を主体とした不思議な家々。それらが立ち並ぶのが、獣人の国だ。


「さて、ついたぞ。戦艦は都市を走れぬ故ここからは魔獣車じゃ」


 そう言って用意されたのは、巨大な牛の魔獣。驚いた事に魔獣を手なずけているらしい。

 丁寧に作られた魔獣車は乗り心地が良く、ゆったりと大通りを進む。


「ここがわらわの国じゃ。楽しんでくれ」

「ああ……綺麗な国だ」


 美しい町並み、綺麗な空気。とても素晴らしい国だろう。

 だが……。


「活気ないなー。ボク達の事も視界にいれないね」

「……不思議な感じ」


 いくら王の客人といえど、異種族が国に入れば絶対に敵意と視線の的になる。

 しかし獣人達は俺を、魔獣車すら視界にいれず下を剥いて歩いていた。まるで死んだように生きている。


「内気な国民性じゃ。気にする出ない」

「内気ですます話しかなー」


 サフランは煮え切らないようだ。むろん俺も。

 明らかに異常な景色。いや、混血が王位に居る時点で異常か。ここは普通ではない国、常識は通用しないかもしれない。


「まあ、危害を加えられない感じで良いけど」

「無論、そのような者は一人もおらぬから安心するのじゃ。全ての獣人がバルトを歓迎するじゃろう」

「……そうかな」


 御者はあまり歓迎してる感じではないが。

 ただ俺達を視界にいれず、黙々と仕事をしている。それは何かに怯えている様にも見えた。


「さあ、わらわの城じゃ」


 魔獣車はお城へと進む。どれだけ進んでも、獣人達は下を向いて歩いていた。




「ここがバルトの部屋じゃ」


 城の一画に用意された部屋。エルフとは違う、不思議な内装だ。

 ふすまや、タタミなどという物らしい。良く分からないが、不思議と落ち着く感じだ。


「エルフとドワーフのは隣の部屋を適当に使うのじゃ。わらわはバルトと共に暮らすからの」

「はっ? 何言ってんの」

「言葉通り、ここはわらわの部屋じゃ。バルトも共に過ごせるよう改装した」

「そんなの許さない。バルト、私と一緒にいよ」

「それはこちらの台詞じゃ。エルフ」


 バチバチと火花が散った。俺の胃はまた痛くなった。

 今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気の中、俺はあわてて間に入る。


「あー、そのツキヨ。俺一人じゃないと寝れない質だから、個室が良いんだけど」

「むっ、そうなのか?」

「え? 私と一緒に――モゴモゴ」

「メル、空気よもー」


 余計な事を言いそうになったメルの口を、サフランが塞いでくれる。俺の気持ちを理解してくれるのはサフランだけだ。好き。


「そうか。そこの、あの部屋を掃除してくるのじゃ」

「は、はい」


 ツキヨは控えていた使用人に命令し、俺の要望に応えてくれた。怯える様に慌てて走っていく使用人。

 城の獣人も俺達に対して向けるのは、恐怖。もしくは無視。そのどちらかだ。使用人達は数十分ほどで用意を整え、俺達を案内する。


「こ、こちらです」


案内してくれたのは、豪奢な部屋だった。まるで王が住まう様な部屋。個室とは思えない広さだが、家具は一人分しかなく個室である事は間違いあるまい。


「うむ。ここならバルトに相応しかろう」

「ああ。ありがとう……」


 良い部屋だと思う。だが何だろう、あんま良い予感がしない。ゾクゾクする、そんな気分だ。


「ゆっくり、休ませてもらうよ」


 とはいえツキヨと同室よりはいい。胃が痛くならないのが最高だ。

 個室を貰い、ほっと安心する事で一気に疲れが出てくる。


「少し、一人にして欲しい」

「……バルトの望みであればかなえよう」

「バルト、疲れたの?」

「ああ。少し、寝るつもりだ」

「うん。お休み。ゆっくり休んでね」


 俺の言葉に否を言う事なく二人は納得してくれ、戸を閉めて去っていく。駆け抜けをしないならば、大人しい様だ。

 この二人の仲をどう取り持つか。その心労で疲弊している俺は、あまり考える事なく寝床で横になった。


「……こんなとこまで、来ちまったな」


 布団という獣人族特有の寝具に包まりながら、俺はふと振り返った。


「みんなは俺を……許してくれるか」


 復讐を完遂せずにここまで来た。けりを付けた問題も、心が疲弊すると弱音を吐いてしまう。

 こういう時はサフランに泣きつきたいと、恥ずかしい考えすら浮かんだ。


「それにあの二人……平和に解決するかなー」


 そして何より今はメルとツキヨだ。二人をどうするか。二人の仲をどう取り持ち、平和に着地させるか。その答えは今だ出ない。


「っと。少し、観光でもしてみるか」


 ずっとメル達と一緒にいたし、たまには一人になりたい。こういう時は昔みたいに、こっそり抜け出して気分転換だ。

 久々に英雄の力を使う。


「『隠密』――」


 今の俺は誰にも気づかれない。メルすら欺く英雄の力で、俺はこっそり部屋を抜け出す。

 誰にも気づかれる事なく俺は獣人達の暮らす国の観光を始めた。

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