第四十二話 獣人の国へ

 突如として現れたツキヨ。ぎゅっと背後から抱き着いて囁くと同時に、後方から魔力が膨れ上がった。

 とんでもない感情が込められた魔力が放出され、それがすぐさま俺達の方へやってくる。


「獣の……姫」

「ああ。エルフ、まだ生きておったか」


 もの凄い速度で走って来たメルは背中のツキヨを捕まえて引っぺがす。その拘束をツキヨはすぐさま抜け出し、メルと距離をとって笑った。


「何しに来た……」

「行ったであろう。迎えに来たと。掃除は終わった故、バルトを持て成す準備が整ったのじゃ」

「そう。帰れ」

「無論、バルトと共に帰るとも」

「バルトは私の……一人で消えろ」


 ここまで敵意剥きだしのメルは初めて見る。ツキヨも軽く受け流している様に見えて、耳と尻尾を逆立たせて臨戦態勢だ。

 バチバチに睨み合う二人と、どうすれば止まるのかと思考をフル回転させる俺。


「同じ気配がするが……仲間ではなかったのか?」

「ううん。この子がツキヨよ! 仲間だと思うけど」

「なるほど……しかし戦欲を持たぬのに今にも殺し合いが始まりそうだぞ」

「そうよね。なんでだろう」


 そんな二人を見て、ドラさんとミアはコソコソと話し出す。

 戦欲を持たぬなら争わないのが二人の認識らしい。だがこの二人は戦欲関係なく仲が悪い。俺が物理的な手段を禁止しなければ、今にも殺し合いが起こるほどだ。


「喋る、死者アンデット……? まあ良いか。今はバルトじゃ」

「はっ? 消えろと言った」

「お主が消えれば良い。わらわが消してやってもよいぞ」

「くだらない戯言を」


 どんどんメルがメルじゃなくなっていく。それほどにツキヨが嫌いらしい。

 ここまで怒りを露わにするメルは珍しいなんてものじゃない。人が変わったみたいだ。


「まあ、いったん落ち着こう。な」


 とはいえこのまま放置していてはいけない。俺は間に入り、どうにか落ち着く様努力する。

 一触即発の空気は俺が間に入る事で少し鎮火するが、依然として状況は変わらない。


「あー。ツキヨは何をしにきたんだ?」

「言ったであろう。迎えに来たのじゃ。わらわの国へ来い、歓迎するぞ」

「は? 行くわけないでしょ」

「エルフには聞いておらん。わらわはバルトを客人としてもてなすぞ。望みは何でも叶えよう」

「私がバルトの望みを叶えるから帰れ」

「ふっ。国を追い出されたお主に何ができる。寝床の一つも提供できぬ貧乏人は口を挟むな」

「死ね」


 ああシンプルな罵倒。メルの口から死ねなんて初めて聞いた。

 新たな一面が知れて嬉しいという気持ちと、心が荒んでいっているメルに胸が痛い。


「あーツキヨ。ほら、お前が良くても国民が納得しないだろ」


 異種族を客人として持て成すなんて、許されるはずがない。

 戦欲を持たないツキヨだからできる事で、他の獣人は今すぐ殺したいほど嫌なはず。大きな批判を浴びる事になるだろう。


「言ったであろう。掃除が終わったから来たと」

「えっ……?」

「バルトが不安に思う事など、何もないと言う事じゃ」


 そう言ってツキヨは俺の腕を胸に抱く。厚手の旅装束でも分かる豊満な感触に胸が高鳴るが、それを許すメルじゃない。


「あ、ちょっと。バルトに、触らないで」

「嫌じゃ」


 メルも対抗する様に反対側の腕を抱き、俺は二人に引っ張り合われる。誰か助けて。


「ふむ……これは修羅場というやつではないか?」

「私達お邪魔かもね」


 すっかり蚊帳の外だった二人の会話が聞こえてくる。


「では若人に任せて我らは退散するとしよう」

「そうね。存分にイチャイチャすると良いわ」

「あ、ちょっと。助けてー!!」


 俺の悲鳴もむなしく、ドラさんとミアは足早に去っていく。

 邪魔者がいなくなれば活発になるのがメルとツキヨだ。争いは白熱した。


「バルトよ、共に行こうぞ」

「だめ。バルト、私と一緒にいたいよね?」

「…………」


 どう答えるのがベストだ。どうすれば血が流れず平和に終われる。ツキヨを選べばメルが、メルを選べばツキヨが。それぞれどうなるか分からない。


 ああ。だがもう問題の先送りはできない。答えを出す以外の道はない。

 ならばメルだろう。どちらを選ぶと言われればメルだ。どっち付かずの答えはもうできない。


「……ツキヨ、悪いが俺は――」


 ツキヨの誘いを断ろう、そう思いすぐに俺は口を閉じた。


「なんじゃ? バルト……」


 ツキヨの覗き込んでくる瞳に言葉を詰まらせる。それは、これ以上言ってはいけないという本能がさせるものだ。

 その目から伝わる俺への深い愛。俺だけを移す瞳の光に、なぜか身震いがした。


「……あー。そのだな」


 断ってはいけない。ツキヨの誘いを断れば絶対に悪い事が起きる。俺の全身がそう警鐘を鳴らした。

 今なら分かる。メルの言っていた、ツキヨの底知れない渇望が。そのためならば何でもできるツキヨという怪物。

 その瞬間、俺の中から断るという選択肢が完全に消えた。


「……ツキヨの国に、行こう――」


 もうそう言うしかない。これがもっとも平和的な選択肢だと俺は思う。


「えっ……バルト?」

「ふふ。バルトはわらわを選んでくれたか」

「ただしだ。メルとサフランも、俺と同じように歓迎してくれ」

「……ふむ」

「それだけは譲れない」


 ここが妥協点だろう。ここを通せば、もっとも平和に終われるはずだ。


「まあ……良いじゃろう」


 ツキヨは少し考えて、俺が譲らないと分かったのかため息をつく。そして首を縦に振ってくれた事で、どうにか平和に物事が進んだ。


「喜べエルフ。わらわ達の愛の巣に招いてやろう」 

「はっ? そんなわけない。バルトは私の事が好きだから」

「ふんっ。戯言を」

「ふふ。ほんとだもん。私の事、好きって言ってくれた」

「…………バルトや、本当か?」


 訂正。まったく平和にはならなかった。


「ああ、そのだな。うん、まあそれはそれとしてその」

「何を言っておるか分からぬぞ?」

「バルト、ほら。あれに行ってやって」


 こういう時に頼りになるサフランはなぜかいない。俺は脳はここを乗り切るベストな回答を探そうとして擦り切れるほどに回転する。

 もう俺はどうする事もできない。


「……寝るか」


 ああそうだ。寝よう。そうすれば良いじゃないか。

 全ての苦難を捨てて、眠りに付けばいずれ平和な明日がくるだろう。


 脳が焼き切れる様に俺は意識を手放した。



 ◇



「わー。凄い! 古代ドワーフの小型陸上戦艦! 零式だ、エンジンもバベル社の!」


 サフランが呪文を口走りながら、ツキヨの乗っていた船を触りだす。キラキラと目を輝かせながら隅から隅まで眺める姿は年相応と言える。


 ツキヨが乗っていた船は大地を走るドワーフのものらしい。とんでもないスピードで、ここから獣人の国まで一日で着くという。


「ドワーフ族の廃墟で見つけた物じゃ。すぐに移動できる優れモノじゃぞ」

「バルト、凄いよこれ。もう作れないんだ。国にも動けないジャンクしかないんだぞ」

「へー」


 そう言ってみる。凄いのは分かるが、それ以上は分からない。ドワーフの機械技術は人間には難しすぎるのだ。隣のメルも疑問符を浮かべている。


「燃料どしてるのー? これ動かすやつもう採れないはずだけど。それに修理跡がある。誰が直したの? あとさーデザインが一新されてるのも気になる!」

「むぅ、一気に申すなドワーフよ」

「えー。だって気になるもん。ねーねー。教えてよー」


 サフランはツキヨに臆する事なく好奇心のまま話しかける。その様子にツキヨもたじたじだ。

 サフランの可愛さの前では持前の怪しい笑みも発揮できないらしい。


「にぎやかで良いな」

「ドラさん、お世話になりました」

「なに。大した事はしていない。君達の旅路を祈っておるよ」

「ま、幸せになるのよー」


 とりあえずお別れの挨拶をしようとドラさんに声をかける。彼らの悲願を断ったと言うのに、笑顔で送り出してくれた。


「あの……ごめんなさい」

「む、どうしたメルティアよ」

「殺気とかむけたり、したこと」

「ああ気にするな。大切な者を守りたいというその思い、我は応援する」

「……ありがとう」


 メルは俺を守るために殺気をむけた事を気にしていたらしい。やはりツキヨが関わらなければ、いつも通りのメルだ。

 その心をいつまでも持っていて欲しい。


「バルト、そろそろ行くぞ。乗り心地は保証しよう」

「凄いよバルトー。山一つ塵に変えた艦砲がまだ動く! かつてのドワーフの技術が詰め込まれてるんだ」

「ああ、今行く。じゃあ、ありがとう」

「うむ。また。いずれ」

「じゃあねー」


 不思議な死者アンデットとの出会いと別れ。しかしこの出会いがもたらした物は多い。世界の秘密、五千年前の事。さまざまな事を知り、俺達の今後に大きく影響するだろう。


「また……いずれか」


 たぶんそうなるだろう。このまま一生の別れとはならない。そんな予感が俺の中で会った。

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