第四十一話 襲来する姫

 ドラさんとの会話を切り上げ、部屋に戻った俺の目に飛び込んできたのはリラックスして眠るメルの姿だ。

 サフランと抱き合い、頬をくっつけ合って静かな寝息をたてる。その様子に大分メルも癒されただろうと一息つきながら、俺はそっと部屋に入る。


「んっ……」

「おっと」

「……おはよ、バルト」


 足音を立てない様にしたつもりが、部屋に入ってすぐメルは目を覚ます。


「おはよう。起こしたか?」

「ううん。だいじょぶ」


 メルはゆっくり起き上がり、俺を見て微笑む。その衝撃でサフランも起きるが、メルは気にしなかった。


「んむむ。良い目覚めだー」

「サフランもおはよう」

「おはよー。天国だったなぁ」


 メルと共に眠れて嬉しいのか、サフランは寝起きなのにデレデレだ。

 そのままメルに抱きつき頬擦り。それにメルは邪険にすることなく、よしよしと頭を撫でた。

 その様子に、もうメルは心配ないだろうと胸を撫で下ろす。


「んぅ~……」

「さて、ご飯食べるか」

「そうだね」


 思えば昨日は食べていない。空腹で倒れてしまいそうだ。

 ドラさん達は死者アンデット故食事をしないという事で、俺達だけですませる。料理をする元気はないので、持ってきた保存食を広げて食べる事にした。


「もぐもぐ……で、さ。これからどうすんのー?」

「これからね……」


 食事をしながら口火を切ったのはサフランだ。唯一当事者じゃないという事もあるだろう。

 俺達の悩んでいる事をサフランは何んとなしに聞いてくる。


「神と戦うってのが、まず分からん」

「うん。だよね」

「そんな凄いのと戦っても勝てるか分からない」

「そっかー」


 昨日初めて聞いただけだが、神とはとても強い存在だろう。メルが勝てないというドラさんとバランドを持っても倒せていない。

 それを俺とメルだけでどうにかできるものか。


「それに希望は俺達だけじゃないしな」

「えっ?」

「ん、どういう事だー?」


 昨日から考えていた事だが、俺とメルだけじゃない。先日話した創造神の言葉もある。


「ツキヨ……」

「っ……!」


 俺がその名を呼ぶと同時に、メルから魔力が放出される。

 顔も露骨に嫌な表情で、どれだけツキヨが嫌いかそれだけで分かった。


「あれ……?」

「あれって言うなよ。ツキヨも、人間の血が流れている。そして英雄だ」

「ああ、そっか。確かにそうかも」


 あの神は、俺とメル。そしてツキヨが希望だと言っていた。

 つまり俺とメルだけではダメなのだろう。ツキヨもそろって初めて神と戦える。しかし、ツキヨは力を貸してくれるだろうか。俺が頼めばいけそうだが、メルと共闘できるとは思えない。


「あれと一緒に戦うの?」

「メルは嫌か?」

「絶対いや」

「そうかー」


 まあそうだろうな。この世の何よりツキヨを嫌っているメルならそう言う。そしてツキヨも同じ事を言うだろう。もう仲良いだろお前ら。

 とはいえツキヨがいないと危険すぎる。大切なメルを危険にさらす行為だ。


「じゃあ、保留かな」

「ほりゅー?」

「俺とメルだけじゃ危険すぎる」


 神なんて見た事もない危険なものと戦えと言われても、普通に怖い。

 それに現実味がないと言うか、戦いたいという意欲がわかない。俺の故郷が滅んだ大元の元凶だと思っても、遠すぎて奮い立たない

 何よりメルを戦わせたくなかった。


「まあバルトがそう言うならそれで良いけどさー。もぐもぐ」


 朝食の話し合いで、俺達は戦わなという結論に至った。



 ◇



「そうか……すまないな、変な事を頼んで」


 俺は一人、ドラさんの元へ来ていた。


「あ、いや。俺こそ、断ってしまって」

「気にするな。元々我らがやらねばならない事、君達に押し付ける事が間違いだ」


 戦わない。それをドラさんに伝えると、笑って許してくれた。

 もっと引き留められるかと思ったが潔い。


「簒奪神と戦った時、もう諦めたのだ。希望を探さずただ死者アンデットとして彷徨う日々。世界が滅ぶその時まで、我はそうしていくつもりだ」

「そっか……」

「ああ。気にするでないぞ、五千年は長すぎた」


 ドラさんは寂しそうに笑うと、遠くを見た。


「ミアは……諦めなかったな」


 もう手に入らないものを見る様なドラさん。それを見ると、少し心が痛む。

 だが俺は戦うとは言わなかった。メルの事が大切だからだ。


「これからどうするのだ? 滞在したなら、好きなだけ居ってよい」

「……旅の途中だから、その続きをするつもりだ」

「そうか。それも良いだろう」


 何よりメルがツキヨから離れたがった。ここまで離れれば良いと思うのだが、メルは嫌な予感が抜けないらしい。ここでも安心できない。ツキヨは必ず来ると、メルは言った。

 だから旅を再開したいらしい。俺としてはもう十分だと思うが、ツキヨに得体のしれないものを感じるのも確かだ。


「……ん? 帰って来たようだな。丁度いい」


 ふとドラさんはそう言って空を見た。


「帰って来た?」

「旅立つ前に会っていくか。おーい!」


 ドラさんが空に向かって手を振る。俺もつられて空を見るが何もない。首をかしげていると、豆粒の様な物が俺たち目掛けて降って来た。


「ドラー!! 今かもしれないわ。凄い子見つけたの。メフィー様なら必ず今にする! ねえドラ!!」


 ドラさんにつかみかかって叫ぶのは、一人の妖精族の少女。しかし一目で死者アンデットだと分かる風貌だ。

 手のひらサイズの小さな体躯。妖精族の死者アンデットは珍しい。俺も見た事はない。


「……もしかして。ミアって」

「ん? あんたは……なんで人間の英雄個体が?」

「希望だよ。ミア」

「っ! やっぱり。今なのよ。五千年待ったわ。ついに世界を解放するのね!」


 ミアはドラさんやバランド以上に喜び、飛び回って歓喜を表す。


「メフィー様の力を持つ者はいるの!?」

「ああ。希望はここに揃っている」

「……あはは。全ては、メフィー様の導きのままに」


 ミアは一転、手を合わせて祈りをささげる。全ての願いが叶ったようにミアは泣いていた。

 死者アンデットが涙を流し、感情を表す。その様子にどれだけの悲願だったか分かる。だがすぐ絶望に突き落とされると思うと心が痛んだ。


「そう、それより。希望はまだあったわ」

「どういう事だ?」

「ツキヨ・カグラザカ。人の血を引き、戦欲を持たない獣人の英雄個体。間違いなく希望よ」

「……そういう事か。希望が三人そろった今なのだな」


 ここでもツキヨの名が出た。やはり神の言う通り、ツキヨも希望なのだ。俺とメルとツキヨ。三人そろって簒奪神を殺せるのだろう。


「バルトよ。紹介しよう、我が友。妖精族のミアだ」

「よろしく。バルトくん」

「ああ、よろしく……死んだんじゃなかったのか?」

「ん? 我はミアが死んだとは一言も言って居らぬぞ。そもそも死んでおる」


 まあ“死者アンデット”だけども。確かにドラさんは死んだとは一言も言っておらず、空気を読んだ俺が一方的に打ち切っただけだ。


「簒奪神に挑み負けた日。ミアは我らを逃がすためにボロボロになった。それを見て、我は諦めたのだ。希望を探さず腐る日々。だが……ミアは諦めなかったな」

「ええ、そうよ。そしてついに見つけたの。あなた達が現れたわ」

「ああ、ミア。彼らは戦わないそうだ」

「……へっ?」


 ドラさんの言葉。それに有頂天になっていたミアは一気に動きをとめて、俺を見る。希望から絶望とはこの事か、ミアは今にも泣きそうな顔になった。


「え、なんで。お、お願いよ。あなた達しかいないの」

「…………」

「無理強いするなミア」

「でもドラ!」

「全てはメフィー様の導きのままに。彼らの選択を尊重してやれ」

「っ……でも」


 五千年の悲願を、そう簡単に諦められるわけがないだろう。しかしドラさんは泣き出すミアを慰め、俺達を尊重してくれた。


「ごめん。……メルが大事なんだ」

「そう……そうよね。希望って言っても勝てる可能性があるってだけ。保障なんて、どこにもないもの」

「そうだ。あの日世界を奪われた我らの責任。後世に背負わせるべきではないのだ」

「……まあ、今は結論はだせないってのが本音だ。もしかしたら旅の果てに、神殺しの道を選ぶかもしれない」

「そうか……。その道を選ぶのなら、我らは全力でサポートしよう」


 ドラさんもミアも、俺達に強制する事はなかった。それに感謝と尊敬の念を抱く。だから期待に応えたいという思いもたしかに芽生えていた。


「じゃあお別れか。来ておるのは、バルト達の仲間であろう?」

「んー。ああ、確かに結界の外になにかいるわね」

「結界の外? メル達は部屋にいるはずだけど……」


 何を言っているのだろう。メル達が勝手に結界の外にでるわけがない。話をしてくる間は部屋で待機しておいてと言ってある。

 メル達以外で俺に仲間など……。


「――バルト……久しぶりじゃな。わらわ、寂しかったぞ」


 耳元で甘い囁きがした。

 今の今まで気づかず、目の前のドラさん達も驚いた顔をしている。


「……ツキヨ?」

「ふふ。バルトや、掃除は終わった。迎えにきたぞ」


 俺の背に全身を密着させながら、突如として現れたツキヨは妖しく笑った。

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