第四十話 ミア

 ドラさんの話を聞いた俺達は一斉に押し黙った。あまりに壮大すぎる話しになんて言って良いか分からず、言葉に出てこない。


「……俺達に、神を殺せと言っているのか?」

「ああ。そうだ。厚かましい話だろう、しかしもう君達しかおらぬのだ」

「…………」


 そう簡単に頷ける話ではない。神とはそもそもどれほど恐ろしいのだろう。それは果たして勝てる相手なのか。

 可能性があるとしたらメルだけだが、そもそもメルを戦わせて良いのか。メルは争いが嫌いだ。敵を一人殺すごとに、心を痛める様なメルにそんな壮大な戦いができるのか。


「バルト……」


 俺はメルを見た。メルは不安そうな顔で俺を見つめる。

 こんな話を聞かされ、戦ってくれと言われてすぐはいと言える様な精神を俺達はもっていない。


「少し急だったか。まあ、今日はゆっくり休んでくれ」

「……そうさせてもらうよ」

「三人寝れる部屋が空いてる。我らは寝ない故、寝具はないがそれは許してくれ」

「それは大丈夫。もってるから」

「ならば案内しよう」


 ドラさんはそう言って部屋へと案内してくれる。その間、俺はずっと考え続けた。神と戦うという事、この世界の真実。

 この戦争の元凶こそが簒奪神だ。俺の家族が、故郷が滅んだのは元をたどれば簒奪神にたどり着く。つまり仇だろう。だが……。


「……ついたぞ。ここを好きにしてくれ」


 ドラさんが案内してくれたのは他とは違い、普通サイズの扉と部屋だった。巨人族仕様になっていないため、使いやすい部屋だろう。


「我らは死者アンデット故眠らない。何かあれば言ってくれ」

「ああ。ありがとう……」

「では、ゆっくりと休むが良い」


 そう言ってドラさんは部屋を出る。わずかな沈黙の後、それを破ったのはサフランだった。


「あー。疲れたー」


 己の影から簡易ベッドを取り出し、そこに寝転がるサフラン。


「大丈夫か?」

「むずかしー話しだったな。バルトはさ、どうすんの?」

「……どうって?」

「神ってやつと、戦うの?」

「…………」


 サフランの問いかけに俺は押し黙る。


「なんも、分かんねえ」


 少し考え、俺はそうひねり出した。

 どうすると聞かれても、どうすれば良いんだとサフランに答えを求めそうになる。こんな壮大な話しを受け止められる人間じゃないんだ。


「メルはー?」

「……分かんない。けど怖い。……でもバルトが戦えって言うなら、戦うよ」

「言わないよ」

「そう……」


 俺は英雄じゃあない。巨悪に立ち向かうなんて事、できやしなかった。

 しかし神は言ってしまえば仇だ。殺してこの世界を解放する事は、仲間達への手向けになるだろうか。

 しかし、俺の心は奮い立たない。


「ボクに……その力があったら迷いなく殺しに行く」

「……サフラン」

「話聞いて理解したけどさ、ボクの中にある狂気。敵を殺せと喚くもう一人のボクは“戦欲”ってやつだ。神が植え付けた物がボクの中にある。それがたまらなく、気持ち悪い」


 人間である俺には分からない事だし、神子であるメルにも分からない。

 戦欲に支配され、そこから脱却している今のサフランにしか分からない苦しみだろう。


「ボクはこれから解放されたい。……でもボクじゃ、無理みたい」


 なぜ俺達なのだろう。何よりも望むサフランにその力があれば良いのに。

 神と敵対できる心を持たない俺なんかが希望なんて、間違っている。


「……でもそれはボクの意思。二人がどうしたいかだよ」


 サフランは俺達に戦いを押し付ける様な事はしなかった。

 あくまで俺達の意思を尊重してくれるその姿勢に、ふと見せる大人なサフランを感じる。


「私は……わかんない」

「……だな。ひとまず、寝るか」

「さんせー」


 飯は食ってないが、今は休みたかった。明日また考えよう。そう思って俺も寝床の準備をする。


「バルト……一緒に寝よ」

「メル。そうだな」


 今のメルは心が疲弊している。ツキヨのせいで精神が病んでいるところであの話だ。甘えてくるメルを拒絶する事などするわけがない。


「ボクも、ボクも一緒に寝る」

「えー……やだ」

「なんでさあ。ねーねー、良いでしょ」

「まあ、良いんじゃないか?」

「んぅ……バルトが言うなら」


 三人なら楽しいだろう。なによりサフランの事も気遣いたい。サフランもまだ子供、愛が大切だ。

 どうにか三人が寝られるスペースを作り出し、俺達はそこに寝転がった。


「メルー!」


 サフランはまっさきにメルの胸に飛び込むとそこに顔を埋め、幸せそうに顔を緩める。それにメルはわずかに顔を緩めるが、特に何もしなかった。

 俺はそんな二人の横に寝転がる。


「バルト……」


 腕の中のサフランなど知ったこっちゃないとメルは俺に密着してくる。そうなると俺とメルでサフランは挟まれるが、メルの柔らかな体が受け止めてくれるのか笑みを浮かべた。


「……寝ようか」

「うん……」

「むぐぐ」


 ここにあるのは愛だろう。メルもサフランも俺も幸せだ。

 今なら分かる。この幸せこそが俺の心を埋めてくれる大切な物だと。二人と共にいる事が生きる目標なのだろう。

 もし、簒奪神がそれを壊そうとするのならば俺は……。



 ◇



 太陽の光が俺を起こした。抱き合って眠るメルとサフランを起こさない様に立ち上がり、部屋の外にでる。

 バランドに合わせて作られた巨大な廊下を歩いて、俺はいったん外に出た。


「……おはよう。バルト」

「ドラさん……おはよう」


 ドラさんは太陽を浴びながら、薪割りをしていた。太陽の元でもやはり大丈夫らしい。そもそも死者アンデットが薪を何に使うのだろう。


「太陽の元でも……大丈夫なのか?」

「ん、ああ。太陽も直接害があるわけじゃない。神に見つかってしまうという本能から、太陽の元で活動しないだけだ」

「神に……?」

「かつて死者アンデットはいなかった。メフィー様が輪廻の輪に還してくださるからだ」

死者アンデットがいなかった?」

「うむ」


 今の常識からは考えられない。そんな楽園みたいな事があるなんて。

 死者アンデットがいない世界とは、“夜”も出歩ける世界だ。昔はそうだったと聞いた事あるが、当事者から聞くのは格別だ。


「しかし……メフィー様が死に、魂は世界を彷徨い始めた。いつしか死者アンデットは、この世界にとどまり仲間を増やす事を目的としだしたのだ。故に輪廻の輪に還される事を恐れて、太陽の元で活動しないし、メフィー様の欠片である結界にも近づかない。死者アンデットは、神から逃げ隠れているのだよ」

「……なるほど」


 死者アンデットは神を恐れているという事か。つまりそれで、メルは死者アンデットに恐れられているのだろう。

 神の力を持つメルに、輪廻の輪に還される事を恐れて襲ってこない。長年の謎が解けた気分だ。


「我も、君達の事を聞いてよいか?」

「俺達……?」

「どういう経緯で三人ともに旅をしているのか。それを知りたい」

「ああ、分かった」


 色々話してくれたドラさんに隠し続けるのもフェアじゃない。それに多分信用できる人だ。

 故に、ツキヨに語った事以上を俺は話した。


 俺の過去、メルとの出会い、暮らし、サフランとの出会い。などなど。今まで歩んできた人生、それを話し続けた。


「――なるほど。バルトも波瀾万丈であるな」

「そうかな。……そうなんだろうな」

「この世界になって、そんな悲劇ばかりだ」


 ドラさん達が生きていた時代は俺の故郷以上に平和だったのだろう。そんな世界が羨ましくなり、こんな世界を作った簒奪神への怒りがわいてくる。


「……バランドはどこに?」

「散歩にでも行っておるのだろう。デカ物ゆえ、簒奪神に見つからぬよう気を付けて欲しいが……」

「なるほど……じゃあミアって人は?」

「…………」


 ドラさんの話では、妖精族のミアって人もおなじ死者アンデットになったはずだ。それなのに俺は見た事がない。


「……我は千年待つと言った。しかし千年たっても、希望は現れなかった。故に簒奪神に、戦いを挑んだのだ」

「えっ……?」

「ふっ……もちろん惨敗。攻撃ができなかった。通らなかった。そんな事、初めてだ。……しかし我は逃げるつもりはなく、動かなくなるまで戦い抜くつもりだった」


 ドラさんは希望をなくしてしまったと言う。もうこんな世界で生きていきたくないと、勝てないと分かりながら戦い続けた。


「そんな我を、ミアとバランドは助けに来た。そして我を逃がすため……ミアは」

「っ……すまん。酷い話、させた」

「…………」


 仲間が生かす為に死んでいく。そんな話し、したくないだろう。

 俺もしたくない。だから謝る。


「別に、悲しい話ではない」


 ドラさんはそう言って強がった。死者アンデット故に感情は中々伝わってこないが、そこにある悲しみはわずかに感じた。

 本当にこんな世界、悲劇ばかりだ。

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