第三十九話 五千年前の物語 下
「メ、メフィー様。どういう事ですか……?」
ビビメルフィアナの言葉を直ちに理解できる者はいなかった。三人とも困惑しながら、ビビメルフィアナに聞き返す。
「外からやってきた神に殺され、世界の権限を奪われてしまった」
「……う、奪われるとどうなるのですか?」
「君達が体験したとおりさ。簒奪神は我々の記憶を操作し、一つの欲求を植え付けた」
確かに記憶がおかしかった。親友である二人を忘れ、敵としてか見れなくなる。その上全ての歴史が消え、産まれた時から争いを続けていたのが正史となっていた。
そして欲求。
「言うなれば、“戦欲”とでも言うかな。食欲、睡眠欲、性欲。そこに敵を殺し、争う事を求める“戦欲”という四つ目の欲求を植え付けられたんだ」
「……そんな。いやでも、そうでした。心の底から殺したくて、たまらなかった」
「とても強力なものだ。君達ですら逆らえないほどね」
異種族を殲滅する事、親友を殺す事。それを疑問に思わず、それどころか心の底から望んでいたのだ。
「今は死んだことで、全ての欲求が消えたから元に戻っているが、生きている内に開放される事はない」
「メ、メフィー様。それじゃあ私の子達は……」
「殺し合いを続ける。それはもう私にもどうにもできない」
「っ――」
残してきた仲間達を思い、胸が苦しくなる。植え付けられた欲と改変された記憶に振り回され、死ぬまで続く争いに囚われる仲間達。
その地獄を体験し、死んでから真実を突き付けられるのだ。なんという悪夢を味あわせてしまうのだろう。
「これから、どうなってしまうのですか?」
「……これから地上はさらなる地獄絵図になる。私が行っていた死者を輪廻の輪に還す作業がもうできなくなり、世界には生まれ変われず彷徨う
「そんなっ……死すら許されないのですか?」
「ああ。ただ君達は特別だ。原初の個体故、私の力が少し入っている。君達ならば意思と記憶を持って
ビビメルフィアナの言葉に彼らの顔がはれる事はない。つまり記憶と意思を持ち、地獄を見続けねばならないという事実だ。
「ならば我が神を殺す。そしてこの世界を解放します」
ドラグルイアは覚悟を決めた。神の強さは一番身近で見てきた故理解している。己の力では恐らく勝てないだろう。
それでもやらねばならない。もう死んだ身、これ以上の地獄はない。
「残念ながらそれはできない」
「なっ。なぜですか?」
「一度戦欲を植え付けられてしまったからだ。一度神に改変されれば、眷属となり傷つける事はできなくなる」
「……そんな」
絶望は止まらない。もう世界は変わる事がないと突き付けられ、死すら許されず地獄を彷徨い続ける未来しかないのだ。
三人とも膝から崩れ落ち、絶望に染まった顔を見せた。
「だけど……希望はある」
しかしビビメルフィアナは、神として導いてくれるのだ。
「希望……ですか?」
「うん。簒奪神は一つのミスをおかした。あの場に人間の英雄がいなかったから、あるいは人間が弱すぎて無視したか。記憶の改変も、戦欲を植え付ける事もしなかった」
「では人間族はあのままという事ですか?」
「そうだ。今も戦争から逃げ続けている。人間族だけが唯一、神を殺せる存在だ」
改変を受けず、眷属にならなかった唯一の種族人間。
それが希望だ。
「しかし。人間は脆弱です」
「ああ。そうだ。人間がいくらいようが、簒奪神はものともしないだろう」
「じゃあどうすればっ!!」
「私は全ての力を一人の希望に託す。神の力を宿した子が産まれる事になるだろう」
「……メフィー様の力を持つ子」
「ああ。私の力を持つ故、簒奪神に改変される事はなく、刃が届く存在だ」
創造神の力を持ち、簒奪神を殺す者。それこそが唯一の希望だった。
「人間の英雄個体と交わる運命を持つ異種族の英雄個体に、全ての力を渡す。人の英雄個体と、異種族の英雄個体にして私の力を持った子が世界を救う希望となる」
それは希望だ。しかしこの世界で、人間の英雄個体と交わる運命を持つ者が現れるのだろうか。どれほどの時がかかるだろう。
「その希望を君達が助けて欲しい。そして簒奪神を討伐し、世界を解放するんだ」
「っ……何年、掛かりますか?」
「分からない。百年で見つかればいい。あるいは千年……」
「私はっ……待ちます! 何年でも、あの野郎を殺す日があるならば!」
「俺も、メフィー様の希望を待ツ!」
ミアとバランドは、その唯一の希望を待つ決意をした。
しかしドラグルイアだけが地面を見る。
「千年まで、待ちます」
ドラグルイアは深く考え込み、そう言った。
「……そうか。では千年以内に、希望を見つけて見せるよ」
「お願いします」
「では行け――ここには長くはとどまれない。私も長い時の旅を始める。君達も、頼んだ」
「「「はいっ!!」」」
長い旅が始まる。ビビメルフィアナは時の流れに乗り、希望たりえる人材を探しに出る。地上に降りた三人も、簒奪神の目を忍びながら
そして長い月日が経つ。五千年という、長い月日が……。
◇
――メルはさ、異常なんだよ。
――私の、可愛くない妹……化け物め。
――俺の家族を、仲間を殺した化け物が!
「メルティア……ごめんね。私は君に大きな試練を与えてしまった」
残滓は叫んだ。
「神の力なんて持たなければ、戦欲を持つ普通のエルフとして苦しまず生きていけたろうに。本当の君に、この世界は辛すぎたね」
メルティアが苦しみ続けた元凶は、まさにビビメルフィアナだ。
神の力を持つが故、戦欲を持たず。しかし力だけを持ち、戦い続けねばならない人生。その地獄は、ビビメルフィアナが生み出したと言っても良い。
「しかしもう君しかいないんだ。ここしかないんだ。人の英雄個体と交わる運命を持ち、同時期に人と獣の血を持つ英雄個体が誕生している今しかない。今しかないんだ」
メルティアの苦しみを、世界のための犠牲だと思おう。その罰は甘んじて受けよう。この世界を簒奪神から解放する、ただ一度切りの機会のために。
「――うるさい、声がする」
だがビビメルフィアナの叫びは、その声で中断させられる。
「……やあ簒奪神」
「まだ生きていたか残滓が。貴様の肉体は万の欠片に引きちぎり、ばら撒いたというのに。結界石などという名で今だ愚者共を守り、あまつさえ私の神域でうるさく吠えるとは」
「ふふふ……守らねばならないのさ。私は神として、世界と子達を守り抜く」
「記憶すら持たぬ残滓が、抜け抜けと喚く」
今のビビメルフィアナは間違いなく、ただの残滓だ。記憶ももたず、感情の制御もできない残りカス。
だがその叫び、遮る事の出来ない魂からの言葉だ。
「掃除の時間だ。徹底的に消してやろう」
「そうだね。私の役目は終わったんだ。甘んじて受け入れようではないか」
「ふんっ。世界と同じく、つまらぬ生き様だ」
「泣きわめいて欲しかったかい? ごめんね、私は泣かない質なんだ」
最後まで神でいるため、涙を見せる事はない。悲しむ事も、恐怖する事も、絶望する事すらも。
神が墜ちれば、世界はどうあがいても終わるからだ。最後まで、残滓となろうと神であり続ける。
「あとは頼んだよ。私の子供たち」
「何を企んでいるか知らぬが、安心しろ。全部殺してやる。これから地上には地獄が来るぞ。それを見せる事はないがな」
「ふふふ。そうかな? 私には光と希望しか見えないよ」
「目すら見えぬか。では消えろ」
簒奪神は手を払う。ただそれだけで、ビビメルフィアナの残滓は消え去った。
「……くだらん」
一瞬でかき消えた残滓にすぐさま興味をなくし、簒奪神は下を見る。
「さて、地上の観戦だ。アルティアよ、楽しきショーを期待している」
簒奪神はとあるエルフの名を呼んだ。
アルティア・フルール・エルメル。これから世界を掻きまわし面白いショーを見せてくれるだろう彼女に、期待を込めて笑った。
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