第二十八話 五千年前の物語 中

 あの日世界は光に包まれて、永遠に変わってしまった。

 その眩いばかりの光は十の種族の生活を完全に破壊した。かつての美しい景色も、平和な日常も、何もかもが消えてしまったのだ。


「ドラグルイア様、報告! 妖精族が三十ほどを生贄に、『睡魔花園』を発生させました。巻き込まれた部隊が全滅。周囲に展開していた部隊千名も猛毒に冒されています。

「すぐに救護隊を出動。我も出動する」

「『竜帝』が直々にっ。しかし敵には『妖精女王』の姿も確認できます」

「くだらぬ。我が全て殺してみせよう」


 竜帝ドラグルイアは、妖精族の殲滅のため全軍を動かしている最中だった。追い詰められた妖精族が命をとして『睡魔花園』を作り形勢が逆転。

 それを打破すべく、ドラグルイアは打って出る。


「『妖精女王』ミア……」

「ドラグルイア様?」

「いや。なんでもない」


 なぜこんな事をしているのか。なぜこんな事になってしまったのか。それにわずかに疑問を持つも、すぐに消え去った。

 それがこの世界の常識だ。異種族は敵。殺すべき存在。それに疑問を持つことなど、ない。


竜の息吹ドラゴンブレスは何人撃てる?」

「はっ、百人準備完了しております」

「では放て。『睡魔花園』を焼き払う威力を期待している」

「もちろん、竜人の底力見せつけてやりましょう」


 竜人族の奥義は、妖精族に放つためにあったのだろうか。違うはずだ。守るためにあった力だ。

 だがそれを、容赦なく向ける。


竜の息吹ドラゴンブレス発射!」


 竜人の精鋭部隊によって放たれる奥義は、妖精族が命を賭して生み出した『睡魔花園』を一瞬で火の海へと変える。

 最強種と呼ばれた竜人を前に、妖精族はただ焼き払われるだけだ。


「着弾確認」

「ご苦労。ゆっくり休ませてくれ。後は我がやる」


 竜人族最強の奥義で殲滅したとはいえ、敵は多数。とても一人で勝てる数ではない。

 しかしそれを成すのが最強の英雄個体、『竜帝』だ。


 敵陣に向かって悠々と歩き出す。ボロボロの妖精族もそれに攻撃をするが、ドラグルイアは歯牙にもかけない。


「くだらん。滅びよ」


 手を振り払えば、妖精族は羽虫の様に飛んでいく。もう全て竜帝だけで良いと言わしめるだけあり、妖精族の滅亡は決まった様なものだ。


「さて、我の一撃で終わらせてやる。竜の息吹ドラゴンブレスだ――」


 普通の竜人ですら妖精族を焼き払った奥義を、最強の英雄個体が行えばどうなるか。そんなの決まっている。全滅だ。


竜のドラゴン――」

「させるかーっ!!」


 だがそれを止められる存在が妖精族にもいる。


「っ……『妖精女王』」

「『竜帝』よくも私の可愛い子達を傷つけてくれたわね」

「害虫がっ。喚くな、耳障りだ」

「ああそう。竜人とかいう糞みたいな種族がよくもまあ私に暴言を吐けるわね」

「糞だと……誇り高き竜人族を愚弄するとは。楽に死にたくないらしい」


 苦しまず殺すという慈悲でもかけてやろうかと思ったが、やめた。ドラグルイアは『妖精女王』の極刑を決断する。

 それに対して『妖精女王』も、駆除を結構した。


「死ね――竜人」

「苦しんで世界の養分となれ――妖精」


 原初の英雄個体の衝突は、世界を揺るがした。

 巨人にしか許されない空間破壊を、容易く二人は行う。ぶつかり合うたびに空間がうねり、破壊されていく。巨人でもないのに生み出されるそこは、『断空絶域』と後に呼ばれる。


 しかし竜人族は最強種であり、『竜帝』は最強の英雄個体だ。下から数えたほうが早い妖精族、その最強の英雄個体とて勝てるはずがなかった。


「うぐっ――」

「捕まえたぞ。さあ、処刑の時間だ。苦しめ、苦しめ、どこまでも苦しめ!!」


 ドラグルイアは激高する。妖精女王の首を掴み、捻り上げる様に苦しめる。


「あ――ぐぅぉ」


 妖精女王は苦しみ続けた。その様子に、ドラグルイアの涙は止まらない。なぜ泣いているのだろう。歓喜の涙だろうか。いいや、違う。


「っ死ね、……ミア」


 苦しむ妖精女王を、これ以上見ていられなかった。この手で苦しめるたび、己の心が悲鳴を上げる。

 正体不明の痛みを感じ、ドラグルイアはすぐさま妖精女王の命を絶つ。しかし苦しみは治まらない。


「なぜ、涙が止まらないのだ。なぜ我は、これほどに心が痛い」


 大切な思い出があったはずだ。消え去ってしまったものが、ドラグルイアの心を責め続ける。


「は、ははは。勝ったのだ。そうだ、我は勝った。『妖精女王』を討ち取った。そう、それで良いではないか」

「油断――したナ」

「はっ――?」


 突如として上空から振り下ろされる鉄槌。ドラグルイアを軽く叩き潰せるほどの大槌が、空間を破壊しながら振り下ろされた。


 その一撃は全てを破壊した。空間も、大地も、周囲の生命全てを。その中心にいたドラグルイアは、間違いなく――。


「はぁ、はぁ。『巨王』!!」

「ふっ……化け物ガ」


 ドラグルイアはその鉄槌を、片手で受け止めていた。だが体はボロボロ。全身から血を流し、今にも倒れそうになりながらそれでも笑った。


「殺しに行く手間が省けた。『巨王』よ」

「ああ、そうカ。遺言はそれで良いカ?」

「貴様こそなっ!」


 自分の何倍もの大きさをほこる巨人族に臆する事なく、ドラグルイアはとびかかる。

 最強種、竜人と巨人の戦いは半径数十キロを破壊して汚染領域を生み出す。


 そこはもう誰も近づけない。


「はあああっ!!!」

「うおおおおっ!!」


 かつての親友が殺し合うこの光景は、この世界において日常茶飯事だ。

 理由の分からない涙を流しながら皆が殺し合う。

 植え付けられた欲が世界を狂わせた。


「ああ――終わりダ」


 『竜帝』と『巨王』最強と謳われた英雄個体の戦いは、『巨王』に軍配が上がる。 

 『妖精女王』との戦闘での疲弊。そして不意打ちでうけた一撃。それらが合わさり、『竜帝』は負ける。


「っ――バランド」

「ドラ――死ねっ!」


 振り下ろされた鉄槌はドラグルイアの肉体を容易く打ち砕いた。


「……はぁはぁ。やったゾ。俺が、殺しタ!」


 バランドは完全に命を絶ったドラグルイアを見下ろす。それを見て目から溢れる大量の涙が、死体を濡らした。


「ああ、ではこの涙はなんダ。俺が殺したのは誰ダ……。誰だッ!!!」


 バランドも泣いた。なぜ泣いているのだろうか。傷ついた肉体故か、歓喜故か。分からない。

 ただとてつもない後悔が身を襲うだけだ。


「は、ははは。今行くぞ、親友――」


 不思議と口からでたその言葉。そして脳の命令に逆らうように己に向かって鉄槌を振り下ろした。

 何度も何度も。命が消え、友の後を追うために。



 ◇



 白い、白い空間があった。どこまでも白く、気がくるってしまいそうな場所だ。

 何もなく、果てもない。音もなく、匂いもない。そこにドラグルイアはいた。


「……ここは。なんだ」


 ドラグルイアは呟く。気づけばここにいた。

 そしてクリアになった思考であたりを見渡し、己の体を見て納得した。


「ああ……死んだのか」


 浮遊する透明なドラグルイア。つまり死んで魂だけの存在になってという事だろう。


「何を、してたんだろうな……」


 そして死ねば理解する。今までやってきた、とんでもない過ちを。

 仲間であった異種族と争い、親友をこの手で殺した。原初の頃からともにいた親友。ミアとバランドと殺し合ってしまった。

 ミアを殺した感触は、今も覚えている。


「ほんと……そうよね」

「っミア!?」


 背後から聞こえた声に、思いっきり振り返る。何よりも求めていた親友の声に、肉体をなくしたのに涙が出る気がした。


「最悪な終わりと、目覚めだわ」

「……すまない」

「謝んな。私も同じ。あんたの事を殺そうとした」

「ああ……なんで、こんな事になったのだろう」

「そうよね。バランドは、どう思う?」

「バランド!?」


 ミアが声をかけた方向を見れば、そこには一際巨大な大男が。親友バランドがじっと佇んでいた。


「すまない。ドラ」

「気にするな。我も、おかしかった。みんながおかしくなってしまったのだ」

「ああ。この手で、友を殺してしまった。なぜだ。なぜこんな事になった」


 三人は救いを求める様に天を仰ぐ。導いてくれる存在、ビビメルフィアナに祈りをささげた。

 なぜこんな事になったのか、その答えを知りたい。あの日何が起こったのか。なぜ記憶が消え、親友と殺し合う事になったのか。


「……光」


 ただ祈り続ければ、何もない空間に光が降り注いだ。そして現れるのは何よりも求めていた者だ。


「本当に、君達には謝らないといけない」

「メフィー様……?」

「ご無事でしたかメフィー様!」

「ああ、お久ぶりでス。メフィー様」


 祈りと共に現れたビビメルフィアナを前に、三者共に礼を執る。

 この最悪な現実を救ってくれるのはビビメルフィアナしかいないだろう。しかし彼女から放たれる言葉は、さらなる絶望だ。


「無事……ではない。私も死んでしまったからね」

「なっ……」

「単刀直入に言おう。この世界は乗っ取られた。簒奪神の手によってね」


 この地獄が、終わらぬというそんな言葉だった。

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