第三十七話 五千年前の物語 上
五千年前。創造神ビビメルフィアナは世界を作り、十の種族を生み出した。
それらは全て仲良く平和に暮らしていた。それぞれの英雄個体と呼ばれる特別な存在が王となり、種をまとめて統治する。
国境という概念もなく、ハーフも禁忌ではなかった。
まさに楽園。争いもなく、飢える事もなく、笑顔の絶えない世界だった。
それを表す様に、種族の王が談笑をする場面がある。
「ドラよ、魚を釣って来タ。みなでわけよウ」
「バランドか。よし、今すぐ料理人を招集しようではないか!」
竜人と巨人の王は異種族ながら公務の途中だというのにはしゃぎだす。今では在りえないが、昔は当たり前の光景だった。
「だーっ! あんた達! サボんな!」
「ミアが喚いておるぞ」
「ミア、チビが騒ごうが聞こえヌ」
そんな二人を止める、小さな少女が一人。
手のひらサイズの体躯に、子供の様な容姿。妖精族の少女は大男二人に対しても果敢に叫ぶ。
「『神聖祭』が三日後だってわかってんの? あんた達以外、あの『魔王』も大真面目に走り回ってるわよ!」
「むぅ。故に息抜きだ。分かれミア」
「そうだミア。俺達も頑張りすぎたのダ」
「私から見るに、何もせずボーっとしていたようだけど。バランドは魚釣ってたし」
そこは目敏いミア。ドラグルイアとバランドが仕事をしてると見せかけてサボっているのをすぐに見破る。
「なんだバレてたのか」
「ではしかたなイ。逃げよウ」
「あーっ!!」
ばれてしまってはしかたないと一目散に走り出す二人。とても王とは思えぬ態度だが、残念ながらこれが王だ。
しかしそれで世界は平和に回っている。それで良いではないか。
「逃がすかー!!」
「うおっ」
「むぐっ――」
そしてそんな駄目な王をボコボコにできる、良き王もいた。
ミアは指を鳴らして植物を生み出す。それは二人の足をからめとり、地面に激突させた。
「『妖精女王』なめんじゃないわよ馬鹿共! さあ仕事! メフィー様の誕生日でもある『神聖祭』を盛り上げるのよ!」
「「は、はーい」」
最強と呼ばれた英雄二人も、妖精族の英雄を前にタジタジだ。
その小さな手で首根っこを掴んで、執務室に引きずり込む。これがこの世界の日常。争いなどない平和な日常だ。
「やあやあ。頑張ってるね二人共」
「メフィー様?」
ミアに尻を叩かれて、渋々公務をこなす二人に声をかける存在がいた。
すらっと背が高く、均等の取れた美しき体。百人が百人美女と謳う。そんな女性こそが、世界を生み出した神。
創造神ビビメルフィアナだ。
「君達は怠け者だからサボりたいだろうけど。今回は特別だから、少し頑張って欲しいな」
「我らと世界が誕生して千年の節目。それは分かっておりますよ」
「うむ。メフィー様。これでも、やる事はやっていル」
「あはは。なら嬉しい。私も頑張る。悪ガキの『魔王』も気弱な『大天使』もみんな、頑張ってくれてるからね」
この世界が誕生して1000年。その節目である今年の『神聖祭』を前に全種族が一丸となって、走り回っていた。
世界と、ビビメルフィアナの誕生日。幸せな未来にむけて皆が惜しみなく努力する。
「さあ、幸せな未来のためにもうひと頑張りだ」
「よし。バランド、たまには本気を出そうではないか」
「であるナ。五百年ぶりにやるカ……」
先ほどまでサボっていた二人も気合を入れて机に向かう。
みなが幸せな明日を願っていた。その為に頑張っていた。だがその明日がくる事はない――。
◇
「空が……嫌な天気だな」
ペンを止めてドラグルイアは窓から空を見る。
明日は青天だと占い師が言っていたはずだが、空は大きな雲で覆われている。今にも雨が降りそうだが、それ以上に嫌なナニカを感じる。
「雨が降らねばいいナ」
「……そうだが、あれは。本当に雨雲か?」
「ドラも、そう思うカ?」
「ああ……」
立ち上がり、窓の淵から外を見る。中央に英雄個体と神が住む王城。そこから放射状に広がる都市は、遠目からも平和の一言。
明日の『神聖祭』に向けて民も走り回っている。
「都市は平和だ。しかし何だろうな。この言いようのない不安は」
ナニカが迫っている、それだけは分かる。そしてそれは良い物ではない。
「メフィー様の元へ行くぞ」
「ああ。俺も、そう思っていたところダ」
今すぐ神の元へ行かねばならない。強烈にその予感だけがした。
公務を放り投げてドラグルイアとバランドは走り出す。ミアに叱られるほどの全力疾走で廊下を翔けた。
「メフィー様!」
ノックする事もなく、ビビメルフィアナの部屋に飛び込む。普段であればなんて事をと叱られるが、今回ばかりは叱責も飛んでこなかった。
「……ドラ?」
「ミア……それに、『魔王』」
「ドラくんも、勘かい?」
「ああ……」
壁にもたれかかったキザな男。悪魔族の英雄個体『魔王』。そして妖精族の英雄個体ミア。それだけじゃない。
「『大天使』もか」
「……うん。なんか、怖くて。来ちゃった」
気弱な少女だ。しかし天使族皆から愛される英雄個体だ。
他にもいた。
「全員。そろい踏みか」
「ああ。みんな、嫌な予感がしてここに来たんだ」
他にも森人、小人、人魚、獣人の英雄個体もいる。全ての英雄個体がここにいた。
「……いや人間のあいつ。たしか今代はイグアート家の奴はどうした」
全ての種族は語弊があった。唯一人間族の英雄個体だけが来ていない。今代は八家の内、イグアート家から英雄個体は生まれたはずだ。
「『神聖祭』を盛り上げるんだと働きすぎて過労で倒れた」
「……なるほど。脆弱なのに頑張りすぎるからだ」
最弱とも言える人間族なのに、一番頑張っている奴だった。
しかし倒れては意味がない。明日の本番を楽しめないではないか。事が過ぎたらお見舞いに行こうとドラグルイアは誓い、辺りを見渡す。
「メフィー様。何が、起こっているのですか?」
ドラグルイアは、会話に参加せず外を見ていたビビメルフィアナに尋ねる。普段とは違う険しい顔をした神を前に、空気は重い。
「空間に穴が開いたようだ」
「巨人が暴れているという事で?」
「そのたぐいじゃないさ」
空間を破壊できるのは巨人族の特権だ。たとえばバランドが本気で暴れれば世界が壊れてしまうだろう。
「……外から開けられた。事故でそういう事はあるが、今回は。……故意に開けられたようだ」
「つまり?」
「敵が来るかもしれない。私と同じ、神がね」
その言葉に全員息を飲んだ。
ビビメルフィアナの強さは理解している。つまりそれと同じ強さの敵が襲ってくると、そういう事だろう。
「まあまだ決まったわけじゃないけどね」
「……まあ我がいる。無問題ですよ」
「ふふ。そうだね。ドラグルイア、バランド、ミア。原初の時からの君達がいれば大丈夫かな」
英雄個体の中でも、この三人は特別だ。世界が誕生した時に産まれ、今まで生き続けている。他の種族の原初の個体はすでに寿命で死んだ中、今だ生き続ける伝説だ。
「メフィー様。僕もいる事を忘れないでいただきたい」
「まったくだね。期待しているよ『魔王』」
「はい。かならずやメフィー様と世界を守ってみせましょう」
他の者も原初の時から生きずとも英雄個体である事は間違いない。創造神ビビメルフィアナと、十の英雄がいればこの世界を守り切れる。
みんなそう思っていた。誰もがそう願っていた。
「さて、みんな空間が塞がるまで気を引き締め――」
ビビメルフィアナの言葉はそこで途切れた。
突如として出現した腕がその胸を貫いたからだ。神の体をつらぬき、その身を強引に投げ飛ばす。
「メフィー様!!」
「回復魔法ありったけ、エルフ!」
「っ何者だ貴様!!」
「……くだらない世界だ」
一瞬にして阿鼻叫喚の渦へ叩き込まれた空間で、ビビメルフィアナを貫いた男はつまらなそうに吐き捨てた。
「私がもっと美しき世界にしてやろう」
「くだらぬ事をっ! バランド、やるぞ!」
「おうッ!!!」
ドラグルイアとバランドは男へ襲い掛かる。しかしそれを歯牙にもかけず、男は言い放った。
「私は神。今この世界を、書き換えよう」
男から光が溢れる。ドラグルイアも、バランドもそれに間に合わなかった。
その光に飲み込まれ、世界は消え失せる。そうして次の瞬間、全てが書き換わった。
『神聖祭』は行われない。全ての常識が書き換わり、世界が変動した。
創造神は死に、簒奪神が世界の実権を握った日から戦争は始まったのだ。
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