第三十六話 『竜帝』と『巨王』

 『竜帝』を名乗る死者アンデットを前に、俺達は一歩も動けない。

 ボロボロの体。光のない目。だがその覇気があまりに恐ろしい。今だ語り継がれる英雄の力とはこうもすさまじい物なのか。


「お前は、何だ?」

「『竜帝』ドラグルイア・D・ドラゴノイド。親しみを込めて、ドラさんと呼ぶことを特別に許可しようではないか」

「いや。そういう事ではなく」


 なぜ死者アンデットなのに太陽の元でも平気なのか。なぜ死者アンデットなのに思考を持ち、会話が成り立つのか。

 その大切な説明がまだだ。


「ふむ。だがこちらも聞きたい事だらけだ。人間、エルフ、ドワーフ。その英雄個体が仲良く散歩か。我が知らぬ間に戦争が終わったか? ありえぬがな」

「……こっちも色々あったんだ」

「我にも色々あるのだよ」


 そう言われれば反論はできない。

 得体のしれない死者アンデットに俺達の事を話すのはやはりリスクが高いだろう。

 場は一端膠着し、死者アンデットはじっと俺達を眺める。そしてふとメルを見た。


「ん……貴様は」


 じっとメルを見つめる死者アンデット。それに顔をしかめながらメルは剣を抜く。


「なに。じっと、見て」

「……メフィー様? いや……」


 死者アンデットは混乱する様にメルを見て、俺を見る。そして何か納得した様に頷いた。


「そういう事か! 今なのだな。五千年待ったぞ。この時を!」

「な、なんだよ。いきなり大声だしてさ」

「ドワーフよ失礼した。しかし五千年の悲願が今叶ったのだ。ああ。これほどうれしき事はあるまい」


 死者アンデットは大声で喜びを露わにする。

 今にも踊りだしそうな雰囲気の中、嬉しそうに俺達を見た。


「ああ、簡潔に言おう。我は味方だ」

「……信じられない」

「信じてもらいたいのだよ。まあ夜が来る。我らの居住地にて続きを話そうか」

「お前の住んでる場所?」

「ああ。それと、ドラさんだよ人間」


 死者アンデット。いや、ドラさんは嬉しそうに踊りだす。

 得体が知れないと思っていたが、なんとも愉快な死者アンデットだこと。


「なに、何もせぬから安心しろ。それにここは特別な『睡魔花園』。英雄個体であろうと、一度眠れば永遠目覚める事はない。ここで夜を過ごす事はおすすめせぬな」

「なっ……」


 ドラさんの言葉に反射的に否定したくなるが、多分嘘はない。それぐらいここは嫌な予感がする。

 それにドラさんから敵意も悪意もなく、好意のみを感じた。


「……分かった。行こう」

「バルトっ?」

「多分大丈夫だ。それに、なにかあってもメルがいれば逃げ切れるだろ」

「それは……そうだけど」


 それにドラさんには付いて行ってみたい。

 彼なら様々な事を知っているだろう。この不思議な死者アンデットの事を知りたい。からっぽだった俺の中に、そんな欲求が生まれた。


「ボクも行ってみたいな。楽しそうだし」


 サフランも笑ってそういう。楽しい事が大好きなサフランらしい判断だ。

 俺とサフランが賛成すれば、メルが何かを言う事はない。


「分かった。バルトの事は、私が守る」

「ボクはー?」

「サフランは自分で守って」

「えー!?」


 そんなやり取りをしながら、俺達は先導するドラさんの背を追った。



 ◇



 『睡魔花園』の一画にポッカリと空いた空白地帯。花が咲いておらず、何もない更地がそこにあった。


「ついたぞ」

「……なにも、ない?」

「騙したのかー?」

「なわけあるまい。我が友の遺物だ」


 ドラさんは構わず進む。俺達は困惑しながらもその後に続いた。

 何もない更地。しかし一度踏み入れれば一気に景色が変わった。中央にそびえる巨大な木と、それを中心に建てられた建造物。

 まるで巨人でも住んでいるかの様な巨大な家だった。


「これは……悪魔族の隠蔽結界?」

「そう。我が友『魔王』が残した物よ」

「……なんで死者アンデットが結界に入って平気なんだよ」


 間違いなく取り囲むのは結界だ。しかしドラさんは死者アンデット。結界内には入れないはずだ。


「そもそも結界自体、死者アンデットに害を与えるものではない」

「えっ……?」

「ただ本能的に近づきたくなくなるだけよ。我はそれを押さえつけられる。特別故な」

「な、なるほど……」


 本能的に近づきたくないから、思考を持たない死者アンデットが結界内に入ってくる事はないという事か。

 一方、思考を持つドラさんであれば確かに本能をねじ伏せる事をできるだろう。


「さて、ついたぞ。我が友に合わせて作った故不便かもしれぬが、我慢してくれ」


 ドラさんと共にたどり着いたのは巨大な入口。俺よりも何倍もでかい扉を、ドラさんは軽々開けると中へ招いてくれる。

 メルが先行して中に入り、俺達はそれに続いた。


「ドラ。帰ったカ?」

「うおっ……」


 出迎えたのは巨人だった。

 俺の三倍はありそうな体躯に、鍛え抜かれた肉体。だが肌は青白く、目に生気はない。つまり死者アンデットだ。

 竜人と並ぶ最強種。巨人族の死者アンデットが俺達を見て、怪訝な顔をした。


「……それハ。なんダ?」

「希望だ。五千年待った我らのな」

「なんだト!?!? メフィー様の念願叶うのカ!」

「ああ……!」


 希望だと聞いた瞬間、巨人の表情が緩む。嬉しそうな感情を隠しきれず俺達を見ては笑みを浮かべた。


「紹介しよう。こいつは我が友。かつての巨人族の王にして英雄個体。『巨王』バランドだ」

「初めましテ。希望と、……ドワーフの英雄個体」


 『巨王』これまた伝説の名が出てきた。巨人族の英雄『巨王』は今だ語り継がれる伝説だ。何千年経とうともその恐ろしさが後世にまで伝わっている、英雄の中の英雄。


「俺はバルト……最後の、人間族だ」

「ボクはサフラン! メルが好き!」


 名乗られたなら名乗り返すのが筋だろうと、俺も自己紹介をする。それに続いてサフランも元気いっぱいだ。

 しかしメルだけが、険しい顔を崩さなかった。


「メル……?」

「メルティア……エルフ」


 あまりに冷たい声音で簡素な自己紹介だ。今にも切りかかりそうなほどピリピリとしている。


「メル……らしくないぞ。大丈夫か?」

「……強い。バルトを、守り切れない」


 メルはそう呟いて手に力を籠める。その目に浮かぶ恐怖は本物だ。あのメルが勝てないというなどよっぽどだろう。

 どんな敵にもメルは負けない。その強さは異常の一言だ。メルが実力で勝てないというなど初めての事。


「ふはははっ。危害など加えるはずがあるまい」

「安心しロ。味方ダ」

「…………」


 ドラさんも、バランドも笑ってアピールするがメルの表情は晴れない。

 ツキヨに出会ってからいつものメルではない。それほどツキヨの存在が大きいのだろう。しかし今は分かる、ドラさんもバランドも危害を加える様な人ではない。


「あーメル……」

「なに?」

「よしよし。大丈夫、少しは落ち着ついてくれ」

「あぅ」


 思えばツキヨと遭遇してからメルとはあまり触れ合っていない。その雰囲気に俺も飲まれていた。

 だがメルは強い英雄ではない。その精神は普通の少女と相違ないのだ。今のメルは精神的な負担がかかりすぎている。それを癒すのは俺の役目。


「何も怖い事はない。ドラさんもバランドも危害を加えてくる様な人じゃない」

「……バルト」


 抱きしめて頭を撫でれば、メルの力は徐々に抜けてくる。今までどれだけ張り詰めていたのだろう。それを癒す様に俺はメルを胸に抱いた。


「すまない。話の続きをしようか」

「落ち着いたようだな。仲が良いようで何よりだ」

「……俺もビックリしてる」

「ふはははっ。良い事だ」


 用意してもらった椅子に座り、俺達とドラさんバランドで向かい合う様に座る。

 メルは俺の腕を抱きながら、肩にすりすりと甘えてくる。すっかり落ち着いた様で一安心だろう。

 サフランはそんなメルに抱き着いて匂いを嗅いでいる。平常運転だ。


「まずは、我らの事から話そうか」

「……懐かしい話になル」

「この世界の真実。なぜ戦争をしているのか。始まりを話さねばいかぬだろう」


 ドラさんは懐かしむ様に空を見る。

 そして今から始まるのは俺が何よりも知りたかった事だ。


「戦争の始まりを知っているのか?」

「ああ。五千年前。大戦より前から我らは生きている。始まりを見てきたよ」

「最初は平和だっタ。全ての種族が、仲良く暮らしていタ」

「えっ――?」


 その言葉に耳を疑った。全ての種族が仲良く暮らすなどありえない。俺達の常識では異種族とは殺し合う存在だ。

 だがドラさんはすぐ目を伏せる。


「全てが、なくなってしまったがな……」

「ドラさん」

「ふっ。暗い空気にしてしまったな。今から話すのは、創造神ビビメルフィアナ。そして十の種族が暮らす楽園の話だ――」

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