第三十五話 死者との邂逅

 ツキヨの去っていった方とは反対へ俺達は進み続けた。

 先導するメルを追いかけて悩むのは、やはりメルとツキヨについてだ。


 あの恐るべき力を持つ二人をどうすれば仲良くさせられるか。

 あるいはツキヨが俺を諦めてくれるようになるか。

 なんだったら二人共俺の事を見限ってくれないか。


「はぁ……」


 つまり血が流れず平和に終わらせたいのだ。女の子の扱いなんて分からない。どうすれば良いかなんて分からない。

 平和な村で生きてきた俺には復讐よりも難しい問題だ。


 そして何より、空気が悪いのがいけなかった。


「ねえねえ。今日はさー。ボクも一緒にご飯作るんだ」

「そう……」

「メルは何が好き? ボク頑張っちゃうよ」

「うん……」

「料理って楽しいかな? ボク初めてやるんだ」

「そっか……」


 サフランは元気に話しかけているが、メルはにべもない。サフランを一瞥する事もなく適当な受けごたえだ。

 それにサフランと言えど悲しげな顔をする。


「メル、少しはサフランにかまってやったらどうだ?」

「バルト……? でもあれから早く離れないと」

「あれってツキヨの事か?」

「うん。……あれは、危険」


 メルの顔は険しい。不安、恐怖、嫌悪。さまざまな悪感情を感じた。

 それは俺を取られる、とはまた別の物だ。


「何をそんなに、怖がってるんだ?」

「……あれは三年で人魚族を滅ぼした怪物」

「えっ……?」

「人魚と獣人の力はずっと拮抗していた。けど、あれが王になって三年で全て滅ぼした」


 ツキヨは俺と同い年だろう。見た目ただの可愛らしい女の子だ。

 しかしメルの言葉が本当ならば、とんでもない化け物だ。メルですらドワーフを滅ぼせてない。それをツキヨは三年で一種族を滅ぼしたという。


 人魚が獣人に滅ぼされたとは聞いた事あるが、まさかそれをなしたのがツキヨなのか。俺の抱擁で穏やかに目を細めて甘えてきたツキヨが。

 

「一度戦場で見た事があるけど……あれは怪物。獣の姫に、薬で何も感じないはずなのに恐怖を感じた」

「……メル」

「さっき見て確信した。あれが持つ狂気は、理解できない」


 メルがここまで震える事などない。

 殺す事や戦う事ではなく、純粋な敵への恐怖心。それを見る事はほぼなかった。

 俺と同い年。年若い少女に怯えるなど初めてだ。


「……何かを、強烈に求めてる。ボクにもそれだけは分かるよ」

「サフラン。何かってのは?」

「さあね。ただ強烈な渇望を、強く感じた」

「うん。あれは目的のためなら何でもできる。そんな、やつ」


 メルもサフランもツキヨに嫌な物を感じているらしい。

 だが俺には分からなかった。ツキヨから感じるのは純粋な好意のみだったからだ。


「あれとはもう会わない方が良い」


 メルのその言葉はあまりに重く、俺達はまた進み始めた。



 ◇



 俺達はただ進み続けた。空気が良くなる事はなく、重い雰囲気の中でツキヨから離れる様に足早に進む。


 “夜”はメルのバリアを三重に張った上で、メルのすぐ側で寝る事で死者アンデット対策とした。

 やはりメルから少し離れたら死者アンデットが襲ってくる。何より驚いたのが、俺も襲われかけた事だ。


 死者アンデットに襲われない体質だったはず故、油断してあわや大惨事となるところだった。

 おそらく俺が生きると決意してしまったからだろう。生者になれば死者アンデットは問答無用で襲ってくる。

 それに最近はさまざまな感覚や感情を取り戻しつつある。本格的に心の火が灯りだしたと言うべきで、それが良い事かは分からない。


 そして進み続ける事数日。俺達は新たな汚染領域を目前に見据えていた。


「ここが『睡魔花園』……」

「花きれーだね」


 辺り一面に咲き誇る美しき花々。この世の楽園かとも思える景色こそが、最も質の悪い汚染領域。

 妖精族の残した『睡魔花園』は、立ち入るだけで睡魔に襲われる。そして花々が放出する毒に蝕まれながら永眠を迎えるという最悪の汚染領域だ。


「とりあえず、バリア張る。今日は休もう」

「そうだな……俺達は、薪や食料を探しに行くか」

「はーい」

「サフラン、バルトをしっかり守って」

「了解、メル」


 メルが寝床を整えている間に、俺達は『睡魔花園』の探索に臨む。

 英雄である俺達ならば眠りにつく事も、毒で死ぬこともない故ここは比較的安全な汚染領域だろう。


「うーん。ここのものって食べられるのかな?」

「無理そうだけどな。まあ薪は拾わないといけないし、食料は最悪保存食だ」

「だねー。味気ない」


 『睡魔花園』の花は全て毒を持つ。そんな場所にある食料が毒を持たないなんて事あるか。多分猛毒を含んでいる。さすがに食べるとなれば、英雄であっても死は免れない。


 俺達は果実などにはあまり触れず、落ちている木々を拾い集める事に専念した。


「……こんなもんかなー」

「だな。とりあえず火持ちが良い奴をかき集めたし、帰るか」


 火をつける為には細い薪も必須だ。しかしそこはメル。太い木に魔法で無理矢理火をつける事が可能で、太く火持ちのする薪だけで良い。

 ここまで集めれば大丈夫だろうと、俺達は立ち上がる。


「……ねえ、待ってよ」


 しかし帰ろうかというところで、サフランが服の裾を握って引き留めてきた。


「ん、どうした?」

「……戻る前に。ボクの事抱きしめてみない?」

「えっ?」


 何を言っているのだろう。俺をメルと間違えているのか。

 サフランが抱擁を求めるのはメルだけなはずだ。


「……メル。最近ピリピリして構ってくれない。寂しいんだよ」

「サフラン……」

「それに、メルと触れ合ってないとボクが分からなくなる。また飲み込まれちゃう。ねえ、ボクはボクのままなのかな?」


 泣き出しそうなサフランを見て、俺は拒否する事なんてできなかった。

 俺は頷き、サフランは胸に飛び込んでくる。


「んー。バルトも好き」

「サフラン。……サフランは、サフランのままだよ」

「ほんと? 良かったぁ」


 俺の胸板にグリグリと頬を擦りつけながら甘えてくる。それは妹を思い出し、サフランには幸せになって欲しいと願う。

 それにはやはりメルだ。メルと仲良くしている時がサフランにとっての幸せなのだろう。


「ボクさ、結構バルトの事好きだよ」

「そうか? 俺も、サフランの事結構好きだぞ」

「へへー。りょーおもいだね」


 サフランはまだ子供だ。親も早くに死に十分な愛情を受けていないだろう。だからサフランを拒絶する事などない。

 神の言っていた愛してあげてという言葉は、多分大切な事だった。メルもサフランも愛に飢えている。


 だが……一番飢えているのは多分ツキヨだ。


 あのわずかな触れ合いでも理解した。そして多分ツキヨのもつ強烈な渇望とは……。


「サフランは可愛いよな」

「へへ。そうでしょー。ボクってかわいいんだよね」


 俺は沢山愛してもらった。家族に、仲間達に。みんなが俺を大切にしてくれた。生かしてくれた。

 だから今度は俺が、愛情を注ぐ番なのだろう――。


「ねえ……何してるの?」

「っ!!」


 メルの声が聞こえた。腕の中のサフランはビクっと震えてから慌てて離れる。

 振り向けば完全に光が抜け落ちたメルがじっと見つめていた。


「サフランも……敵?」

「ち、違うよ。ボクが好きなのはメルだもん」

「じゃあ、なんで。バルトと抱き合ってたの? 私のだって、知ってるよね?」


 今までのメルではない。今のメルは特に精神が病んでいる。

 サフラン相手に容赦をすることはないだろう。だから俺が動き出す。


「よーし。メル、サフランを抱きしめてやってくれ」

「えっ?」


 俺はサフランの背中を押して、メルの胸元へ押し付けた。


「むぎゅっ」

「なに、言ってるの?」

「サフランは寂しいんだよ。メルがかまってくれないからさ」

「そうだよ、ねーねー。メル好き」


 サフランはいつも通り。否、いつも以上の好意でメルに抱き着く。

 足りなかったものを求める様で、その勢いにメルも困惑を隠せない。


「んぅ……サフラン」

「メルを初めて見た時、仲間がいたって思ったんだ。ずっと一人だったからさ、メルだけだったんだ」

「そっか……」

「もう少し、ボクの事見てくれると嬉しいな」

「……バルトじゃなくて、私に甘えて。たまには構うから」

「わーい」


 サフランは目を輝かせてメルに甘える。その様子にメルも目じりを下げて頭を撫でた。

 久しぶりに軟化した空気に、俺もほっと一息つく。


 だがツキヨはこうもいかないだろう。メルとツキヨは水と油。

 そう簡単にはいかないし、多分酷い結末が待っている。

 だが俺がどうにかするしかない。どうにか、するしか――。


「……感知」


 メルがふと、顔を上げる。それに遅れてサフランも怪訝な顔で辺りを見渡し始める。


「なんか、来るよ」

「一体……なにこれ」


 俺には分からない。だが何かが近づいているらしい。

 一気に戦闘態勢に入ったメルは俺を守る様に立つ。近づいてくる何かはよほど恐ろしい者なのか、メルの顔が緩むことはない。


「こっちに歩いてきてる」


 しばらくすれば、近づいてくる人影が俺にも見えた。沈む太陽を背に歩いてくるのは人型だ。だがエルフでもドワーフでも獣人でもない。

 そして人間でもない。


「ほぉ……珍しき気配がしたと思えば。英雄個体が三人か」

「っ――なんで」

「嘘でしょ」


 歩いてきたのは一人の男。その姿に俺達は一斉に目を見開いた。


死者アンデット……?」

「まだ太陽出てるよ。なんでっ」

「というかなぜ言葉を発している」


 それはあり得ない光景だった。

 太陽が出ているのに歩き、言葉を発する死者アンデット

 そしてなによりそれは最強種の姿だ。何千年前に滅び、なお語り継がれる最強の種。


竜人族ドラゴニュート死者アンデット……」

「正解……だがただの竜人ではない。我は王。『竜帝』と呼ばれた英雄だ」

「…………」

「初めましてだな。異種族の英雄個体一行」


 伝説の英雄を名乗る死者アンデットは、あまりに不遜に笑った。

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