第三十四話 話し合い

 外に出れば巨大な都市が広がっていた。

 白い建造物が立ち並ぶ美しい都市。しかし生物の気配は一切なく、ほぼすべての建物が荒廃していた。


「ここは……?」


 攫われている最中はよくわからなかったが、俺が連れ込まれたのは都市にある一軒の民家だった。

 全てが滅んだ跡は確かに何かを隠すのには向いているだろう。


「天使族の都市じゃ。巨人族との戦争の結果捨てた場所じゃがな」

「……なるほど」


 天使族だからここまで白く、巨大なのだろう。

 かつての最強種の迫力に圧倒される。白い石畳が一面に敷き詰められており、遠くに見える空に浮く城には目を見張る。


 静かな都市。しかししばらく歩けば、とても騒がしい声が聞こえてきた。


「あーあーあー。見つけたあー!!」


 とてつもないスピードで走って来たのはもちろんサフラン。息を切らしてゼーゼーと呼吸するのを見るに、置いてかれて慌てて走ったのだろう。

 この広大な世界で一度離れれば永久の別れとなるかもしれない。それを思うと俺も胸をなでおろす。


「サフラン、無事だったか?」

「もちろん! バルトは大丈夫か?」

「俺は問題ない」


 こうして無事に揃ったところで話し合いと行こう。

 だが俺を挟んで睨み合う二人を見るに、平和に終わる気はしない。




「――という感じだ」

「ほう。なるほどの」


 自己紹介と、なぜ俺達が旅をしているのかを簡潔に伝える。俺とメルの過去については深く言わなかったが、エルフの国を追い出された事。サフランは自分から出てきた事。

 そしてまあ一緒に旅をしている事。それを話せばツキヨは軽く頷く。


「ではわらわの名はツキヨ・カグラザカ。人間じゃ」

「……獣人、でしょ」

「まあ獣の血が流れている事は否定せぬが、わらわは人間じゃ」


 言葉の節々から、獣人の血をあまり快く思っていない事が伝わる。

 人間という何のとりえもない種族より強靭な肉体を持つ獣人の方が良いと思うが、過去になにかあったのだろうか。


「獣の姫……」

「……そのエルフが言う様に、たしかにわらわは獣人族の王でもある」

「王?」

「うむ。王であり、英雄。まあどうでも良い事じゃ」


 それはどうでも良いで片付く話しじゃないだろう。

 一種族の王であり、英雄。その地位はありえない。


「ツキヨは混血だよな」

「そうじゃな」

「なぜ、王なんだ?」


 混血とは全ての種族で忌み子だ。迫害されるし、大人になる事も稀。

 大抵すぐ殺されし、一種族の王になるなど夢のまた夢みたいな話だ。


「わらわは王族じゃ。そして色々あった。それは話したとて面白い事ではない」

「……そうか」


 オブラートに包んでいるが、それはツキヨの明確な拒絶だ。

 これ以上話したくないと暗に言っている以上、何も言うまい。言えば恐ろしい事が起こると本能が感じた。


 そこで一端会話が途切れる。互いの素性を簡単に明かし終わったところで、次は何を言うか探っている様子。

 数十秒の後、最初に口を開いたのはメルだった。


「バルトを、どうするつもり?」

「わらわの旦那様になってもらうつもりじゃ」

「そんなこと許さない」

「それはエルフが決める事ではない」


 俺を挟む様に座るメルとツキヨは、今だ火花を散らし合う。俺の言葉がある故物理的な手段にはでないが、いつ爆発するか分かったものじゃない。


「……俺は今のところ、結婚とかは考えていない」


 こう言っておかねば何が起こるか分かったものじゃない。どちらかに付くのも悪手。あくまで中立を保つ姿勢が大切だろう。


「ふむ。では、いずれ。じゃな」

「違う。私が結婚する。獣の姫はお呼びじゃないから帰って」

「ふんっ。異種族が何を言う。結婚は人間たるわらわこそが相応しい」

「っ混血が何を言う。獣人でしょ」

「違う。人間じゃ!」


 ツキヨは激高する。人間であるという事がツキヨにとって大切な事なのだろう。

 だがメルもそれは認めない。人間であるなんて認めれば、大きく不利になると思っているのだろう。


「喧嘩は、なしだ。やめてくれ」

「っ……」

「ふんっ……」


 この二人が仲良くなるなど本当にできるのか。どちらも俺を譲らない気だし、俺と結婚したいと言っている。

 そして俺の心はメルが好き。だがそれを今言えばどうなるかなど火を見るよりも明らか。平和のために言わぬが吉だ。


「はぁ。ややこしーなー」


 この複雑な空気の中に切り込んできたのはサフランだった。


「もう独占するからめんどくさいんだろ。二人とも結婚すれば良いじゃん。ハーレムだよ。バルト嬉しいでしょ」

「サフラン? 馬鹿?」

「何を言っておるのだこのドワーフは」


 サフランの名案とばかりの提案は二人に一蹴される。


「これと一緒に結婚とかありえない」

「まったくじゃ。なぜこれと同じ妻になれねばならぬ」


 もう二人が仲良くなる事はないのだろう。

 これ呼ばわりで、敵意剥き出し。俺が仲を取り持ってどうにかなる段階はとっくに過ぎたのだ。


「バルト、行こう。こいつと一緒にいたくない」

「ふん。バルト、わらわと行こう。これでも王であるからどんな願いでも叶えるぞ」

「私はバルトのために何でもできるよ。どんな命令も嫌がらないから」

「それはわらわもじゃ。わらわの全てをもってバルトの願いを果たそう」


 メルは右腕を。ツキヨは左腕を。それぞれ持って引っ張りながら互いに利点を囁いてくる。

 二人の美少女に愛されるのは嬉しいのだが、命の危険を感じるのがちょっと……。

 それに俺の今の願いはただ一つだ。


「どんな願いも叶えてくれるなら、もう争わないで仲良くしてくれ」

「「なっ!」」


 一番の願い。だがそれだけは嫌らしい。二人とも苦い顔をして見つめあう。

 俺に何でも叶えると言った手前嫌だとは言わないが、表情が全てを物語っている。


「バルトに手を出さないなら、仲良くしても良い」

「それはこちらの台詞じゃ。エルフはわらわ達を祝福でもしておればいい」


 売り言葉に買い言葉。どうにも相性が悪いらしく、また殺気を飛ばし合う。


「……とはいえじゃ。今はバルトと居れる状況でもない。しばらくはエルフに預けておこう」


 もう終わりかと思ったが、ツキヨは突然そんな事を言って俺から離れた。

 それに怪訝な顔をしながらも、メルは俺をツキヨから守る様に抱きしめる。


「バルトは私の。預けるとかじゃないから」

「ふっ。戯言を申すな。時がくれば迎えに来る。それは覚えておくのじゃな」


 だが一端場が収まっただけで、解決したわけではないらしい。相変わらずツキヨは俺を好いてるし、メルも渡す気はない。

 ただ修羅場が後にずれただけだ。


「……とりあえず、俺は誰の物でもないからな」


 俺の呟きは二人の耳に届かなかったらしい。バチバチと火花を散らし合う二人を見ながら、俺はどうすれば良いのかとため息をついた。



 ◇



「では、わらわは行く。掃除を終えたら迎えにくるからの」

「もう二度とこないで」

「ふっ。エルフはいらぬ故、消えてもらってよいぞ」


 ツキヨはあれほどに執着していたと言うのにあっさりとした別れだった。


「ツキヨは……メルと仲良くする気はないのか?」

「ないのう。バルトの命でもそれは聞けぬ」

「メルは……」

「私も。絶対嫌だ」


 最後に確認を取ったが取り付く島もなかった。別れでも険悪なまま、しかし取り合えず場は収まったと俺は胸をなでおろす。


 足早に去っていったツキヨを尻目に、俺達は出発の準備をする。

 なによりメルが急かしてきた。


「早く、行こ。あれから離れる。もう二度と会わない様に」

「はーい」

「……まあ、それが良いのか」


 メルの言葉にサフランは素直。だが俺はツキヨの絶望に染まった顔と、神の言葉が脳裏に浮かぶ。

 平和にやるためにはこのまま二度と会わないというのが一番だろう。だがそれで本当に良いのか。そう、思ってしまう。


「バルトはさー。可愛いくて献身的な娘達に愛されて良いねー」

「……そんな、器じゃないんだけどな」


 サフランの言葉に俺は頷けない。

 男としては夢だろう。英雄であれば女の十人や二十人囲むものだ。


 だが俺はそんな器じゃない。英雄なんて呼べる心を持ってないし、小心者の一村民でしかない。


「あはは、たしかに。バルトは泣き虫だもんな。でもなー、悲しかったり辛かったらボクの胸を貸してやる。いくらでも泣かせてスッキリさせてやるからな」

「胃が痛くなったら優しくしてくれ」

「いくらでもよしよししてやる」


 サフランは癒しだ。

 メルとツキヨ。二人をどうすれば良いか悩む俺の理解者はもうサフランしかおるまい。

 今後を考えると頭が痛くなるが、最悪サフランの胸で泣きわめこう。そんな馬鹿な考えがよぎるくらい、精神的に参った一日だった。

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