第五十九話 二人は最強

「むっ……?」


 最初に声を上げたのは簒奪神だった。

 今、己は確かにバルトの胸を貫いている。戦争を止めた愚か者を断罪したはずが、不思議な違和感に囚われていた。


「なんだこれは……」


 殺したはずだ。だが死んでいる気がしない。


「貴様……なぜ死んでいない。幻だな!」


 そして気づく、これは幻影だと。神すら欺く幻、眼前の人間には使えないだろう。であれば両翼の英雄個体。しかしその気配はない。

 まったく別の何かが簒奪神を惑わしていた。そしてそれは――。


「二度目はないって事よ、ばーか!」


 空から降ってくる妖精族の少女。


「決着をつけに来た。ここで全てを終わらせよう」


 どこからともなく現れた竜人族の男。


「メフィー様の無念を晴らすのダ」


 大地を翔けて飛び込んできた巨人族の男。


「……残滓共かっ!!」


 三人の死者アンデットが簒奪神を取り囲んだ。それぞれ積年の恨みを晴らすべく、簒奪神を睨みつける。

 それに対して簒奪神は怒気を露わにした。簒奪神にとってはかつて滅ぼした残りカス。それがこうも邪魔をしてくるなど、怒りしか湧かない。


「もう一度、丁寧に滅ぼしてやろう。魂ごと消して二度と生まれ変わらぬ様にしてやる」

「我は消えぬよ。メフィー様の願いを叶えるその時までな」

「……くだらぬ戯言を」


 簒奪神は三人の死者アンデットしか見ていなかった。

 どう消すか。いかに苦しめるかという事だけを考える。あえてギリギリまで生かして、世界が滅ぶ様を見せつけるのも良いだろう。あるいはすぐに消してしまっても良い。

 そんな事を考えているが故に気づかなかった。この場でもっとも怒っている二人の少女に。


「……おまえが、バルトを、きずつけた」

「わらわのバルトに……何をしている!」


 メルティアとツキヨ。二人は今だかつて見た事ないほどの怒りを見せる。

 ミア達が守らなければバルトが死んでいたという事実に、怒り以外の全てを忘れていた。


「……なんだ。貴様ら。さっさと争え。血を流せ。最高の戦争を形作る最中だろう」


 簒奪神はその怒りに気づかなかった。そして最も愚かな選択をした。

 ここで誠意を見せて謝っていればこの世でもっとも恐ろしい少女達の怒りを買う事はなかったかもしれない。


「サフラン。バルトを、お願い」

「うん……」


 外傷はないが、ショックで気を失っているバルトをサフランに預けた。


「バルトを傷つける奴は……許さない」

「ああ。今だけは休戦じゃ。この屑を消さねばわらわの怒りは収まらぬ」

「なんだ貴様ら。神に盾突こうというつもりか?」


 この時、二人の気持ちは完全に一致していた。大切な人を殺されかけた衝撃は、争いの手を止めて共闘するまでに至る。

 二人の怒りを一身に受ける簒奪神の命運は、すでに決まっているだろう。



 ◇



 光が見えた――。

 まばゆい光が空に散り、激しい音と共に全てを埋め尽くす。まるでこの世の終わりの様な景色を、俺はゆっくり見つめていた。


「あ……」

「バルト? 気づいた?」


 そして俺の視界に入ってくるサフランの顔。頭の感触からしてサフランの膝で眠っていたらしい。

 思い返すと俺は死んだはずだ。簒奪神に体を貫かれて生きているはずがない。しかし俺は五体満足だ。


「何が、あった?」

「えーと。簒奪神がバルトを殺しかけて、メルとツキヨがぶち切れた」

「なるほど」


 それが眼前の光景か。


「この世の、終わりみたいだな」


 簒奪神は、巨人族よりも巨大な姿になっていた。雲に届くかのごとく巨体から、凄まじい一撃を繰り出す。

 その周りを飛び回りながら交戦するのはメルとツキヨ。


 メルは風魔法を応用して。ツキヨは機装を展開して、巨大化した神ともやりあっている。


「うん。ドラ達が、守ってくれてなきゃ死んでるね」

「間違いない」


 俺達。そして周囲の異種族達が腰を抜かしてその光景を見ていられるのはドラさん達のおかげだ。三人の死者アンデットがそれぞれの力を生かして俺達を守ってくれる。

 この戦闘から何万という異種族達を守り切れるとは、やはり規格外の怪物達だ。


「サフランは、大丈夫か?」

「うん……でもボクはまたどこかに行っていた。別のボクが支配してて、それがとても苦しかった」

「そうだよな」

「あれを殺したら。ボクも解放されるのかな」


 サフランは簒奪神を見つめながら呟く。戦欲の狭間で揺れる苦しみは、想像でしか分からない。だがその顔を見れば苦しくて苦しくてたまらないという気持ちがヒシヒシと伝わって来た。


「ああ。……大丈夫だ。あれは俺が倒す」

「……えっ?」

「分かったんだ。簒奪神がいたら幸せは掴めない。こんな世界でツキヨもメルも幸せになれない」


 愛されず狂ったツキヨ。エルフの兵器として生き、壊れたメル。そして戦欲に苦しむサフラン。

 争いだけが全ての世界じゃ幸せにはなれない。ドラさんからの誘いを断ったが、あれは間違いなのだろう。簒奪神は倒さないといけない敵だ。


「みんな幸せにする。そう誓ったからな」


 俺は立ち上がった。あの戦いは、多分俺が踏み入れていいものじゃない。だがドラさんが言うには俺も希望らしい。

 ならば俺もいかないといけない。女の子二人に戦いを押し付けるなど、男のやる事ではないのだ。


「……バルト。ボクも行きたい。ボクじゃなにもできないかもしれないけど。みんなと戦って、幸せを掴みたい」

「サフラン。だが……サフランは」


 サフランは希望じゃない。その刃は簒奪神には届かない。それにまだ子供だ。そんなサフランをあそこに連れていくなど……。


「ボクは戦士だよ。自分の幸せは、自分で掴む!」

「……サフランは凄いな」

「何言ってるの。当たり前でしょ」

「そうか。じゃあ一緒に行こう。手伝ってくれ」

「うん!」

「サフランと一緒なら、あの戦いにだって飛び込める」


 俺は凡人だ。分相応な力をもつただの人間でしかない。

 だがサフランと共にいれば、少しでも英雄の領域に近づける気がした。


 俺とサフランは共に戦場に駆け出す。そこは光に満ちた、美しく恐ろしい空間だ。


「ああ! しぶとい、しぶとい! 我は神だ。神が死ねと言っているのに、なぜ死なぬ。神に盾突き、神を殺そうなどと思い上がりおって!!」


 簒奪神が叫んでいた。そのたびに光の柱が降り注ぎ、周囲を破壊する。拳を振るえば雷が全てを薙ぎ払う。

 そんな猛攻を二人は物ともしない。


「準備できた。下がって」

「うむ。しくじるでないぞ」


 先ほど殺し合いを始めようとしていた二人とは思えない連携を見せていた。

 互いに意思疎通をしながら目の前の敵を殺しにかかる。あれだけは何があろうと生かしておけないとばかりに、二人の攻めは苛烈だ。


「エルマブルク魔砲台、発射してください」


 メルがどこかへ通信する。それと同時に、エルフ軍の真後ろに浮かんでいたエルマブルクが光り輝いた。

 昔エルマブルク自体が兵器だと本で読んだが、あれがそうなのだろう。全てを焼き尽くすエルフの破壊兵器。それが簒奪神目掛けて発射される。


「効かぬ! この程度、眩しいだけよ」


 だが簒奪神は無傷だ。


「無理みたい」

「では次はわらわじゃ。深海砲、発射」


 簒奪神が無傷である事には一切動じず、淡々と次の行程に進む二人。

 次はツキヨの番らしく、恐らく人魚族の異物らしい兵器を簒奪神に向ける。


「くだらぬっ!」


 しかしやはり無傷らしい。ドラさんが言っていた、俺とメルとツキヨの攻撃しか通用しないというのは本当なのだろう。


「“種”を撃ち込んだというのに無傷とはな」

「まあ、知ってたこと。やっぱ私達がやるしかないみたい」

「そうじゃな。……骨がおれる事じゃ」


 二人が持つ兵器だけで決着がつくならばそれが最善だが、やはりそうはならなかった。

 だが絶望する事なく、二人とも直接殺すという方向へ方針を固める。


 戦場は再び光に包まれ、より戦闘は過熱する。

 そんな光景を、俺達はずっと遠くから見つめていた。


「メル達凄いねー」

「まったく。俺には分相応な戦場だ」

「あはは。そこにボク達は突っ込むんだけど」


 俺達がいるのは遥か空の上。もっとも高い場所から、戦場を見下ろしていた。

 機装を展開し、飛行を可能としたサフランに抱えられて俺達は簒奪神の真上まで移動する。


「ステルス機能全開。いつでもいけるよ」

「ああ。俺も大丈夫だ」


 『隠密』で気配を消し、準備完了。今俺達がここにいることに簒奪神も、メル達すら気づいていないだろう。


「行こっか。最後の戦いに!」

「ああ。世界を、解放するぞ」


 俺達は一気に、簒奪神目掛けて突撃した。

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