第六十話 神殺し

「メルとツキヨでも、攻めきれてないよな」


 上空に飛び立つ少し前、俺達は戦場を眺めながら簒奪神の攻略法を探っていた。


「だねー。致命的な攻撃をすれば、バリアが出てくる。メルでも突破できないとなると強力だよ」

「だよな」


 簒奪神は強力なバリアを使う様で、致命傷を負うであろう攻撃はそれを使って防いでいる。メルですら破壊しかねる強度であり、そのせいで場は硬直状態だ。


「メルが突破できないなら、俺達じゃ無理だな」

「うん。あれと正面切って戦うのもね」

「そうだよな」


 サフランとなら何でも出来る気がすると言っても限度がある。

 馬鹿正直に突っ込んでも死ぬだけだろう。あれはそういう戦いだ。故に頭を使わないといけない。


「急所を的確につければ俺でもどうにかなりそうだな」

「そうだね。じゃあどうやって急所つくの?」

「それだよな。奇襲するしかない」

「分かったバルトの英雄の力だね!」

「まあそうだな」


 俺の隠密はメルすら気づけない切り札。多分簒奪神にも効果があるだろう。隠密を使って奇襲をしかける。それが唯一の手段だ。


「だけど問題は、あそこに突っ込むと俺が死ぬという事だ」

「バルトは弱いから無理だね。ボクが守ったら気づかれるし」


 簒奪神とメルとツキヨがドンパチやってるあの戦場。簒奪神は辺り構わず攻撃しまくり、メル達もドラさん達が守ってくれているため周囲を気にせず撃ちまくっている。

 そこに突っ込めば流れ弾で死んでしまうだろう。


「安全に奇襲できる方法はないか……」

「んー。……さっきと同じ方法じゃだめなの?」

「えっ?」

「バルト空から降って来たじゃん。メルでも気づけない最強で安全な奇襲だよ」

「……それはそうだが」


 確かに空からならばあの戦場にある意味安全に奇襲できるだろう。俺は空を飛べないし、そんな高さから落ちたら死ぬという事に目をつむればだが。


「あれはミアがいたからできた事だ。今ミアは手が離せな」


 ミアは現在、結界で周囲の被害を防いでいる。全力で『妖精結界』と『百精結界』の二重結界を張り続けているミアは、一瞬たりとも邪魔できない状況だ。

 それをした瞬間数万の異種族達が全滅するだろう。


「大丈夫。ボクがやる。機装使えば空飛べるし、ステルス機能も完備してるよ。バルトの安全はボクが保証する」

「……本当か?」

「信じて」

「サフランの事は一番信じてる」

「じゃあ決まりだね」


 サフランがやれると言うなら俺は信じる。二人は最強だからだ。

 そう決まり、俺達はすぐ準備を整えて飛び立つ。それに誰も気づくことなく、遥か空の彼方へたどり着いた。




「――今思うと、無謀だったか?」

「何が?」

「この作戦」

「もう手遅れでしょ」

「それはそう」


 今俺達は遥か空から自由落下している真っ最中。やっぱやめますは通用しない段階だ。


「サフランの事は信じてるが、俺は俺の事を信じてない」


 本当に奇襲を成功させて簒奪神を殺せるのだろうか。俺は凡人だ。英雄なんて不相応な地位にすぎない。

 そんな俺がこんな大事な作戦を成功させられるのだろうか。という不安が俺を支配する。


「そっかー。……ボクは信じてるけどね」

「サフラン?」

「バルトが信じられないなら、ボクがその分信じてる。バルトは凄い奴だから、そんなバルトを馬鹿にするやつは許さないから!」


 サフランはそう言って笑った。やっぱ俺にとっての太陽はサフランなのかもしれない。

 誰よりも頼りになり、一番信じられる人。


「そうか。サフランが言うなら間違いない」

「うん。じゃあ、行ってらっしゃい」

「ああ。行ってくる」


 サフランが俺の背中を押してくれた。あの一言があれば何でもできる気がする。

 俺はサフランの手を離れ、一人落下する。迫りくる簒奪神の姿。しくじる事は許されない。一発で急所を突いて殺しきる。


「……余裕だな」


 最後まで笑う事ができたのは、やはり一人じゃないからだろう。



 ◇



「……あれ、突破できないね」

「普通の攻撃じゃ無理じゃろう。わらわじゃ破壊できぬ」


 メルティアとツキヨは攻めあぐねていた。その理由は致命傷を与えようとすると出てくるバリア。生半可な攻撃じゃ突破は不可能だろう。現にツキヨには突破する手札がない。


「全てが無駄だと悟ったか? 大人しく神罰を食らうのだ。もう謝っても遅いぞ!」


 簒奪神はそう高笑いする。己の絶対的な防御を突破できないと理解してすでに勝ちを確信していた

 それに対してメルティア達は冷めた目で見るばかり。絶望も諦めもなかった。


「しかたない。私が壊す。壊したらすぐ攻撃して」

「出来るか?」

「やる」

「ではその方針で行くかの」


 メルティアはどこまで行っても怪物だ。彼女にとって、簒奪神の絶対防御すら絶望する物じゃない。ただめんどくさいだけの代物である。


「十分時間作って欲しい」

「その程度で良いか?」

「うん」


 簒奪神の猛攻を、メルティアを守りながら十分耐える。それを事もなしげに了承するツキヨも十分怪物なのだろう。


「くだらぬ戯言を! 消え去れ!」


 まったく諦める気配なく立てついてくるメルティア達に、簒奪神の怒りも頂点に達する。立ち止まったメルティアと、それを守るツキヨに最大の一撃を食らわせた。


「ふむ……十分程度であれば、何とかなりそうじゃな」

「なっ」


 妖精族最強の『百精結界』を展開し、簒奪神の一撃を防ぎきる。己が最強の一撃を止められた簒奪神は同時に驚愕の声を上げた。

 そしてその隙にメルティアは詠唱を開始する。普段数秒の詠唱で済ませるメルティアにとって、十分の詠唱を必要とする魔法こそが切り札。簒奪神を突破する唯一の方法だ。


「なるほど、今が勝負所であるか」

「むっ? ……喋る死者アンデットではないか。何しに来たのじゃ?」

「協力だ。ただ後ろで見ているだけなど、我の誇りが許さん」


 異種族の守護をミアとバランドに任せたドラグルイアは、ここが勝負所と見て参戦した。

 竜人族最強の英雄個体と、獣人族最強の英雄個体。これを突破するのは、神とて難しいだろう。


「ああ゛あ゛ああっ! どこまでもどこまでも神に立てつき、愚弄しおって! 殺す、殺す。絶対に殺す」


 簒奪神の怒りは頂点に達する。神として誕生して以来ここまで虚仮にされた事はないだろう。神の一撃を受けて十分耐えきる宣言は、そのプライドを大きく傷つけた。


「死ね死ね死ね死ね!!」


 怒りに我を忘れていた。何度も何度も、怒りのままに拳を振り下ろす。

 ツキヨの結界を一秒でも早く破壊し、愚か者共を苦しませたかった。


「むっ……激しくなったのじゃ」

「では移動するか」


 簒奪神の猛攻を前にツキヨの結界もヒビが入る。突破されようかというところで、ドラグルイアは空間移動を選択した。

 メルティアとツキヨを纏めて簒奪神の背後に移動する事で、結界を破壊される事を防ぐ。


「なっ!? ただの残滓がっ!!」

「これは良いの。張り直しじゃ」


 空間転移で生まれた猶予で結界を張り直し、振り出しだ。簒奪神が必死で破壊した物もこの組み合わせで無限に耐えきれる。

 簒奪神が冷静であればいくらでも対処法があっただろうに、怒りに我を忘れた今はもう不可能だ。


「我が手を煩わせおって。どこまでも苦しめてやる。楽に死ねると思うな」


 罵詈雑言を吐き捨てるが、ここまでくれば負け犬の遠吠えだ。冷静さを無くし、二人の少女の怒りを買ってしまった簒奪神に未来はない。

 怒りに任せて力を振るおうが、二人はのらりくらりとやり過ごし時間を稼ぐ。そして運命の時はすぐに来た。


「準備完了。二人とも、ありがとう」

「うむ。できるな?」

「愚問。やる」

「ではわらわも続こうぞ」


 十分にわたる詠唱を完遂し、己が最強の魔法を放つ準備を完了した。メルティア。それにツキヨもすぐに準備に入る。


「ああ。何をしようご無駄だ。我を傷つける事はいかなる者をもってしても――」

「――『もっとも古き精霊よ、神話を穿ち、森人の未来を照らす光であれ』!」


 最後の詠唱と共に光が放たれた。全てを薙ぎ払う最古の魔法。メルティアの手から放たれたそれは、神の命にすらたどり着く必殺の一撃。


「うぐっ――このおっ」


 簒奪神を守る防壁を光は食い破る様に突破する。勢いを殺してなお簒奪神の体に傷をつけた魔法は、まさに奥義と呼ぶにふさわしい。


「獣人の力は嫌いなのじゃが、そうも言ってられまい」


 メルティアが突破した道にツキヨも続く。

 異種族の異物を操るツキヨにとって、自分が生まれながらに持つ獣人の力はもっとも嫌いな物だ。己に流れる血すら嫌っているツキヨが、この時それを使った。


 強靭な肉体こそが獣人の特徴。その力で空を蹴り、一気に簒奪神の胸元に到達する。ツキヨが選択したのはただの己の肉体による一撃。

 獣人の力にまかせ、隠し持っていた爪で簒奪神の身を切り裂く。


「あ――おぉ、……まだ、だ。この程度で、我が、死ぬと思うか」


 だが足りないらしい。メルティアの一撃でも、ツキヨの一撃でも足りない。あと一つ、足りない。


「……まだか、しぶとい奴め」

「神は不滅だ。人の手で殺せるはずが、ない! 終わらぬ、終わらぬぞ!」


 簒奪神は拳を振り上げる。まだ終わるつもりはなく、戦いを続けるらしい。

 だが――。


「いいや――これで終わりだ」


 空より降って来た一人の男が終わりを伝えた。その手に携えた剣により、簒奪神の肉体を切り裂く。

 悲鳴を上げさせる事すらなかった。一撃で全てを刈り取る。


「あ゛っ――――」


 それこそが最後のピース。バルトの一撃が、この戦争を終わらせる最後の一手だった。

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