第六十一話 崩壊

 不安と恐怖は不思議となかった。一人空にいる時もとても落ち着いていた。冷静に簒奪神を見つめ、一撃で刈り取る道筋を考える。

 だからとどめを刺す時も間違える事はなかった。


 メルが切り開き、ツキヨが続いたその道に俺も乗る。重傷を負った簒奪神は空から接近する俺に気づかない。メル達だけを見つめ、頭上はがら空きだ。

 故にただ脳天から一直線に切り裂くだけ。


 俺の全身全霊の一撃は綺麗に簒奪神を切り裂く。その命を刈り取るのに、ミスをする事はなかった。

 簒奪神を殺しきり、迫りくる大地にも不安はない。


「――っと。えへへ。お疲れバルト」

「サフラン。信じてた」


 激突する寸前でサフランに回収された俺は、拳を打ち付けて称え合う。これで作戦大成功だ。


「「バルト!!」」

「むぎゅっ」


 とそこで乱入してきたメルとツキヨによりサフランは吹き飛ばされた。サフランから俺を分捕ると、左右から抱き着いてきて泣き出す二人。


「バ、バルト。怪我はない? バルトが殺されたかと思って、私、不安で」

「痛いところがあれば言うのじゃぞ。わらわ、バルトの為に何でもできるのじゃ」

「ああ。ありがとう、この通りピンピンしてるよ」

「よ、良かったぁ……」

「まったく。無茶をしてはいけないのじゃぞ」

「ああ。ごめんな」


 みんなが守ってくれたおかげで、俺は怪我一つない。こんな激戦の中で生きていられるのはみんながいたから。俺はずっと恵まれていた。


 しかしメル達は俺が無事だと分かっても放してくれない。というか左右から引っ張られている気がする。もしかしたら奪い合われた末にちぎれるかもしれないと脳裏をよぎる。しかしそれを止める声があった。


「あぐぅ……死な、ぬ。我は神。神は、不滅」

「っ!?」


 それは簒奪神の声だった。随分と肉体は縮み、俺達と同じ背丈で大地に倒れ伏す簒奪神はそう喚く。


「まだ、生きてる……」

「バルト、下がるのじゃ」


 あそこまでやって死んでいない簒奪神に、二人は警戒態勢をとった。


「……大丈夫よ。もうこいつ死にかけだし」

「そうか……まあそうだよな」


 見た目からして重傷だ。生きているのが不思議なくらいに。倒れ伏して喚くだけで動く様子はない。

 いくら神とはいえ、いずれ死ぬだろう。


「後悔、するぞ。我を助けろ、後悔したくない、のであれば」

「するわけなかろう。貴様はこの世界にいてはいけない存在だ」

「っ残滓、が。この後、起こる、事を忘れたわけではっ、あるまい」

「ああ。知っているとも。その上で後悔などない」


 簒奪神とドラさんはそう会話をする。その真意は分からないが、後悔しないのであれば良いだろう。

 これで世界は解放される。戦欲は消え、平和が訪れる。俺達は幸せを掴めるのだ。


「結末など、どうあがいても変わらないのだから。その過程が良きものである事を願うしかない」

「っ……世界に囚われた汚物がっ」

「命を弄ぶ屑には言われたくない」


 簒奪神は何度も喚き続けた。死を間近にしながら俺達に呪詛を吐き続ける。

 それは数分。あるいは数十分続いただろう。神というだけあるその生命力で生き続けたが、それも終わった。


「ああ……死にたく、ない」

「あんたは終わりよ。さようなら」

「助け、ろ……」


 簒奪神はいくつもの命を消し、世界を争いに突き落とした。だというのに最後まで自分の命には縋りつき、喚き続ける。

 その生き様に悲しみを抱きながら、俺達は最後を見届けた。


「……終わったのか」


 事切れて動かなくなった簒奪神を見て、漸く脱力する。全てが終わった事に対する安心。争いのない幸せな未来への希望。それらが俺を支配した。


「あぅ……バルト、メル」

「っサフラン!?」

「うっ……頭、痛い」


 しかしそんな気分は、急にうずくまったサフランを見て吹き飛んだ。苦しみに顔を歪ませながら俺達を見つめる。


「サフランっ!? 大丈夫か?」

「だい、じょ、ぶ……」


 とても大丈夫には見えない。しかしよく見ればサフランだけじゃなかった。


「痛いっ、なんだこれはっ!」

「誰か助けて。俺はなんだ。どこにいったんだ!」

「痛い、痛いっ。消えてしまう」


 周囲の兵士達。エルフ、ドワーフ、獣人。分け隔てなく痛みに苦しみうずくまる。

 無事なのは俺とメルとツキヨ。そして死者アンデットである三人だけ。


「……恐らく戦欲が消えたからであろうな」

「戦欲が?」

「今まで己を支えてきた物が消えたのだ。それに苦しむ事はある」

「そう……だと思う。ボクも、痛くてたまらないけど、どこかスッキリする」

「サフラン、無理しないでね」

「メル~っ」


 戦欲はサフランの人格を真逆にするほど強力なもの。それがなくなれば強烈な副作用も出てくるだろう。自分のアイデンティティが崩壊する様なものだ。しかし命に別状がないようで良かった。

 サフランもメルに抱きしめられてご満悦の様だ。


「時が経てば収まるだろう。そうして、新たな自分で生きていくしかないのだ」

「……そうか。なら良かった」


 サフランは元から戦欲がない状態の自分が正常だと認識していた。恐らく大きな危険はないだろう。

 ただの他の者達は分からない。戦欲と共に生まれて生きてきた人達は、大きな問題となるかもしれない。それは俺にはどうしようもない物だ。


「それより、我は謝らなければならない」

「えっ、どうしたんだ急に?」


 この頭痛に危険はないと確認したところで、ドラさんはふとそんな事を言ってくる。


「神を殺せば世界は解放されると言ったな」

「あ、ああ。これで世界は解放されて、平和が訪れるんだろ?」

「ああ。間違ってはいない。だが一つ、言っていなかった事がある」

「えっ……――?」


 ドラさんがそう言うと同時に、俺の視界が崩れた。

 世界にヒビが入る様に空間が裂ける。それに周囲から悲鳴が上がり、立ち上がれないほどの頭痛と共に場は混乱を極めた。


「ああ、もう起こってしまったか」

「ド、ドラさん? これは、いったい」

「世界が崩壊する。全てが消えてなくなる」

「えっ――?」


 その言葉の意味を瞬時に理解する事はできなかった。その短い言葉だけで理解するには多大な時間が必要だろう。

 だが俺達にその時間は与えられない。


「バルトっ!!」

「わらわに掴まるのじゃ。なにかが、起こっておる」


 メルとツキヨが手を伸ばしてくる。だが遅かった。

 眼前に迫った二つの掌は、次の瞬間忽然と消える。気づけばメルもツキヨもサフランも。ドラさん達も兵士達も。誰もかれもが消えていた。


「……なにが、起こっているんだ」


 人が消え、世界はひび割れたガラスの様に壊れていく。

 崩れた景色は何もない真っ白な空間へと変化し、何もない世界が生まれる。


 全てが消えた世界の中心で、俺はただ一人漂っていた。


「平和が訪れるんじゃなかったのかよ。世界は争いから解放され、幸せになる。それが……」


 なぜこんな事が起こった。ドラさんが何かをやったのだろうか。だがその様子はなかった。

 何かが切っ掛けだ。だがそれが何なのか分からない。


「ああ、くそっ。俺も消えるのか」


 急激に睡魔の様なものが襲ってくる。それは俺の意識を刈り取るだろう。そしていずれ俺自身が消えてしまう。そんな予感が襲ってくる。


「みん、な……ごめん」


 だが逆らう事はできなかった。とてつもない強制力を前にただ従う事しかできない。限界まで抵抗した後、俺の意識は闇に飲まれ消え去った。

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