第五十八話 幸せの誓い
何を間違えたのだろうか。ツキヨともっと向き合うべきだったのだろうか。ツキヨが闇を抱えているのは分かっていたのに、それを深く知ろうとしなかった。
俺がもっと凄ければ。英雄足る相応しい力を持っていれば。凡人である俺は失敗して、その結果が眼前のこれだ。
「凄い数だ」
「今残る全ての兵が睨み合って居るのだろう」
三つの軍が睨み合っていた。荒れ果てた荒野の中心で、互いに殺気を飛ばし合う。エルフ軍の背後にはエルマブルクが浮かび、ドワーフ軍の背後には巨大な帝都。獣人軍の背後には巨大な異物。
多分本気だ。メルも、サフランも、ツキヨも。本気で全てをかけて戦おうとしている。その結果は必ず悲惨な物になるだろう。
俺がやらないといけない。震える体を無理矢理鎮めて、俺は逸らさずに見つめ続けた。
「ほんとに良いの? あんたのやろうとしてる事かなり危険よ」
「やるしかない……それにサポートはしてくれるんだろ」
「それはそうだけど」
「男が覚悟をきめたなラ。止める理由はなイ」
メル達は遥か遠くだ。あそこまで邪魔されずに行くには、危険を冒す事も必要。
その危険を乗り越えて、メル達の元に行き争いを止めるのだ。
「それよりも……説得できるかの方が、不安だな」
「まったくであるな」
三人の元に行くまでは良い。問題は、行った後にどうやって止めるかだ。
言葉で止まる気はしない。だが言葉で止めるしかあるまい。サフランについては考えてあるが、メルとツキヨが一番の問題だ。
グルグルと思考が回る。明確な答えは出ない。しかし時は迫り、俺に行動を迫った。
「行こう……」
「良いの?」
「もう、時間はない」
いつ戦争が始まるか分からない。そして多分、今のタイミングが最善だ。
「分かったわ。じゃあ、運ぶわよ。『妖精結界』」
ミアが結界を張り、俺を掴む。
「気をしっかりね。空を飛ぶから」
その小さな体に似合わぬ力で俺を軽々掴むと、一気にミアは飛翔した。
ぐんぐんと高度を上げる。メル達にも見つからない位置まで上がり、そこから戦場の中心へ移動する。
「サポートはするわ。でも最後は、あんた次第よ」
遥か下にメル達の姿が見えた。今にも殺し合いが始まるだろうというそんな気配だ。
「ありがとう……」
「じゃあ、行ってらっしゃい」
ミアはそう言って、俺を放した。
そして始まるのは上空からの自由落下。差し迫る大地から目を逸らさず、俺は覚悟を決める。
「『隠密』――」
誰にも見つからず、俺は戦場の中央へ飛び込んだ。
◇
凄まじい衝撃だった。まず間違いなく死ぬ距離からの落下。だがミアのサポートは、俺を安全に着地させてくれる。
妖精族の力とはすばらしい物だ。
戦場の中心にいたのはメル、ツキヨ、サフラン。全員が向かい合い、睨み合う。そして凄まじい衝撃だと言うのに、メル達もすぐには気づけなかった。
その僅かな隙を俺は見逃さない。
「まずはサフラン」
戦欲に支配され、狂ってしまったサフランを元に戻す事が先決だ。その為に必要なのはメル。
「えっ――? なっ、」
俺はサフランを抱え、走り出す。突然の不意打ちに目を丸くして暴れるが、俺は強引に押さえつける。
長くは持たない。最速で走り、サフランを思いっきりメルにぶん投げた。
「えっ? きゃっ」
「むぐぅ」
突然迫りくるサフランをメルは目を丸くして受け止める。メルの胸で受け止められたサフランは、すぐに大人しくなった。
「メル……好き」
「サフラン? それに……バルト?」
突然戦場に現れた俺にメルは困惑する。事態を掴みきれず、キョロキョロとしだす。
「バルト……なぜ、ここにいるのじゃ」
それはツキヨも同じ。目を見開いて俺を見つめる。ありえない事がおきたとばかりに首をふった。
「メル、ツキヨ。もうやめてくれ。全てが壊れる前に。取り返しがつかなくなる前に、戦争はやめよう」
困惑する二人に向けて俺は叫ぶ。
誰も幸せになれない戦争だ。全てが消えて、みんなが不幸になる最後の戦争になる。それを止める為に俺は全てを懸ける。
「…………わらわは愛が欲しい。その為に生きてきた。わらわはバルトの一番の愛が欲しい。その為にもう止まれぬのじゃ」
「こんな事をして俺が愛すると思っているのか?」
「無理であろう。だが何もせずとも一番になる事はない。であれば何かするほかないのじゃ」
その結果が戦争か。いや、ツキヨはそれしか知らないのだろう。
混血が辿る人生は悲惨なものだ。歪まずに育つ事などできないほどに。どんな人生を歩んだかは知らないが、ツキヨも歪み続けたのだろう。
「バルト、そいつはもう無理。歪んで腐り切ってる」
「……くだらぬ事を申すな。わらわは、ブレる事なく進み続けるだけじゃ」
言葉で止まってくれなかった。やっぱりそうだった。
メルはサフランの頭を撫でて解放すると剣を抜いた。ツキヨは全てを覚悟した笑みを浮かべて扇子を構えた。
「――ダメだ」
二人がぶつかり合うと同時に戦争は始まるだろう。そうなればもう止まれない。戦欲と共に暴走した三種族は互いに滅ぼすまで殺し合うだろう。
ああ。だめだ。
「「――死ね」」
二人は走り出した。そして俺も不思議と足が出た。ここで動かないと全てが終わるという直感が俺を突き動かす。
二人の戦いはとても俺が干渉できるものではないが、今だけはなんでもできる気がした。
気持ち悪いぐらい体が動く。衝動に突き動かされる様に、この世でもっとも強い二人のぶつかり合いに俺は飛び込んだ。
「っやめて、くれ!!」
中心に立ち、剣で二人の攻撃を受け止める。火事場の馬鹿力と言うかの様な力が二人の争いに割り込ませた。
「もう大切な人が傷つくのは嫌だ」
俺は絞り出す様に訴える。だがこんな言葉で止まる段階じゃないと分かっていた。
だから俺は剣を捨てて思いっきり二人を抱きしめた。
「んっ……!?」
「なんじゃっ!?」
二人をまとめて抱きしめれば、さすがに争いなどできまい。
「バルトっ、離して」
「あれを殺せぬではないか」
「絶対に離さない」
何があろうと離さない。腕の中でもいがみ合う二人だが、物理的な手段にでる事はない。故にこれが最善だ。
「俺は英雄じゃない。凄い人でもない。ただの凡人で、二人には釣り合わないかもしれない。だけど、幸せにする。二人ともまとめて、笑顔で暮らせる様に全力で頑張る。だから争う事は、やめてくれ。殺し合いはもう嫌だ」
父さんも母さんも、妹も仲間達も。全員戦争で消えた。そしてやっと出来た大切な人も、殺し合いの末に消えようとしている。
そんな悲劇もう沢山だ。
「じゃがっ……わらわは一番になれぬのだろう?」
「二人とも愛する。全力で幸せにする。絶対に見捨てない」
「そんなの口だけならいくらでも言えるじゃろう!」
「口だけじゃない。それはこれから見てくれ。もしできなかったら、俺をどうしてもらっても構わない」
覚悟は決めた。ずっと結論を先送りしてきた付けがこれだ。
もう逃げない。二人と向き合って、全力で幸せにして見せよう。
「バルト……その言葉は嬉しい。……けどツキヨはバルトを傷つけた」
「傷なんて一つもない。ツキヨは俺を丁重に扱ってくれたよ」
「……でも」
「もちろん……納得なんてできないよな。二人ともそうだと思う。だけど、少しだけチャンスをくれないか。少しで良い。それで証明してみせる!」
俺は命を懸ける。二人に納得してもうらために、全てを賭して証明する。
こんな争いの果てに幸せなどあるはずがない。争いをやめた果てに幸せはあるはずだ。みんなで幸せになる道はきっとある。
「そっか……」
メルの顔から張り詰めていたものが少し消える。
「……バルトは本当にわらわを愛してくれるのか?」
「ああ。約束する」
ツキヨは俺の言葉に力を緩めた。
周囲の空気も緩んでいく。目の前で痴話喧嘩など見せられては戦争どころではないだろう。
エルフもドワーフも獣人も、何が起こっているのか。なぜこんな事を起こっているのか。それを掴みきれずキョロキョロするばかりだ。
しかし戦争は止まるかもしれない。今なら平和への道が――。
「くだらぬ。興が冷めた」
その声と共に俺の視界がブレる。口から血反吐が流れ出る。二人の叫び声が聞こえる。
俺の目の前にあるのは腕だ。誰かの腕が、俺を貫いていた。
「素晴らしき戦争が起こると思った。この世界を締めくくる大戦が……それがなんだ。貴様がくだらぬ事をするから止まってしまったではないか。貴様らで終わらせるべきだろう」
ため息と共にそんな言葉が聞こえた。俺の背後にナニカがいる。そして俺はこれを知っている。
「だがこうなってはしかたない。我が終わらせるしかないのであろう」
これが簒奪神だ――。
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