第五十七話 最後の戦争に向けて
「……世界が、泣いてる」
一人の妖精族の少女は空を見ながら呟いた。
汚染領域の中。結界に囲まれた誰にも見つからない場所にすら、世界のざわめきは伝わってくる。
「ミアも、感じるか」
「うん。……千年ぶりね。天魔大戦以来のざわめき」
「大きな争いが起こるであろうな」
ドラグルイアとミアは共に空を見る。
ずっと空は曇り空。胸騒ぎが止まらない。千年前の大戦争。二つの種族が滅びた天魔大戦以来の事に眉を顰めた。
「原因は……まあ察しはつく」
「あいつらしかいないわよね」
先日やって来た一人の少年と三人の少女。
今この世界でこんな大戦を起こせるのは彼らぐらいだろう。そしてその原因も察しが付く。少女達が抱える闇に
「竜は放った。詳しくは後日分かるだろう」
「うん……私達には何もできないのが悲しいわ」
すでに
「そんな事もあるまい」
「えっ?」
「これが最後だ。そして運命の導きだ。我らも行くぞ」
「……なに、言ってるの?」
突然そんな事を出だすドラグルイア。いつもそうだ、ドラグルイアだけが別の景色を見ている。
行けば簒奪神に見つかってしまう。だというのに、それで良いとばかりにドラグルイアは立ち上がる。
「簒奪神を殺す意味など、ないのだよ」
「へっ……? 突然なによ」
「殺したところで意味はない。故に我は諦めた」
「…………」
ミアではない。まったく別の場所を見ながらドラグルイアは呟いた。
「メフィー様の導きのままに行こうと思った。希望が殺す事を選択するならば殺す。そうでないならば殺さない。結局結果は変わらぬからだ」
簒奪神の討伐はドラグルイア達の悲願だ。世界を解放し、元ある姿に戻す。その為に五千年生き続けた。
だが意味などなかった。ドラグルイアはそう言う。
「簒奪神を殺さぬ道かと思った。だがこうなった。今がチャンスだ。結果が変わらぬとて、メフィー様の願いを叶えぬ行くぞ」
「この戦争がなぜ、簒奪神を殺す事になるのよ」
「簒奪神は争いの神。必ずこの大戦を見ている。戦争を楽しむ屑だ。そんな戦争を止めれば必ず神域から降りてくるだろう。その場には希望が全員揃っている」
今から起こる大戦の主役は希望達だ。そこへ簒奪神を引きずり落とせば、後は殺すだけ。世界は解放される。
バルト達は戦いたくないと言った。しかしこれ以上のチャンスなどないのだ。
「っ今がその時なのね……でもなんで。なんでドラは、嬉しそうじゃないの?」
五千年の悲願が達成される。だがなぜだろう。ドラグルイアの表情は変わらない。諦めた顔のままだ。
そしてゆっくり息を吐き、何かを決心した様に目を閉じた。
「……ミア達に教えるか迷った。我らが生き続ける意味をなくす事だからだ。だがここまできたなら話すべきだろう」
「うん……」
「それはな――」
「えっ――」
ドラグルイアの話を聞いたミアは、絶句した。
それは今までやってきた事を全て否定される。そんな内容だったからだ。
「……メフィー様の導きのままに。簒奪神を殺し、世界を解放する。我はその道を選ぶ」
「そう……そうよね」
ドラグルイアは決心し、ミアは迷いながらも同意した。
「バランドにも伝えねばならない。そしたら出立だ。もう、ここに戻ってくる事もないだろう」
何千年と過ごしてきた家とも今日でお別れだ。これが最後。最後の戦いになり、神を殺して世界を解放すればドラグルイア達はこの世界に止まれない。
名残惜しくも別れを告げねばならないだろう。
「どうなるかはまったく分からない。失敗するかもしれない。それでも、ついてきてくれるか?」
「……はぁ。五千年生きたわ……死んでるけど。もう後悔なんてない。世界をあの屑から解放する事だけが目的よ」
「ああ。……ならば良い」
そのためだけに五千年も
どんな結末を迎える事になっても、簒奪神を殺せるならそれで良い。
「であればバルトと話さないといけないな」
「……今どうなってるのかしらね。多分ろくな事になってないと思うけど」
「だろうな。彼らの現状を把握する事から始めよう。そしたら準備して出発だ」
「おー」
ドラグルイア達も動き出す。五千年の悲願を達成するために、全てを懸けて立ち向かった。
◇
『百精結界』、というものがある。かつての妖精族が誇った最強の結界だ。
誰にも破れず、何者も侵入できない。そんな結界の中がバルトの居場所だ。
『ねむい――俺は、何を、しているんだ』
深い眠りの中で、バルトは思考する。こんなところで寝こけている場合ではないはずだ。だがなぜこうなっているのかが分からない。
今すぐ深い闇の中に落ちていきそうなのを、必死に思考してとどまり続ける。
『起きないと……いけない気がする』
なんで眠っているのだろう。ふと疑問に思うが、それもすぐ消えていく。何もかもが消えていきそうなそんな世界だ。
バルトは耐え続けた。光が見えない闇の中、このままじゃいけないという焦燥感だけでもがき続ける。
どれほど経っただろうか。一時間、一日、一週間。時間の感覚などなく、一瞬だった気も、永久だった気もする。
最初に聞こえたのは、声だった。
「――な、……これ」
「みつ――。バラ……」
かすれて聞こえてくる誰かの会話。
「おき――。さい! …………」
何かが揺り動かしてくる。バルトを目覚めさせようとしている。
今がチャンスだ。今を逃せば永遠の闇の中だ。
「起きてっ!!」
「っ――――!!!」
少女の声と共に、バルトは思いっきり目を見開いた。
「あ――ごほっ、ごほっ。っ……ここは」
「気づいたか、バルトよ」
「なに眠ってんのよ。あんたが寝てる間外は大変な事になってるわよ」
「あ、ドラさん、ミア。……それに、バランド」
「うム」
バルトを叩き起こしたのは三人の
やると決めた彼らの行動は早く、現状をいち早く把握すると同時に獣人の国に侵入。『百精結界』に囚われていたバルトを叩き起こして今に至る。
「……ツキヨが俺を。そしてメルが……」
「大変な事が起きておるよ。千年ぶりの大戦に発展する重大事件だ」
「大戦……? 俺が、原因の?」
「そうよ。あの三人がそれぞれの種族を引き連れて大戦争を始めようとしている。あんたを巡ってね」
「っそんな。……なんで、そんな事に」
平和だと思っていた。全ては上手く行っているはずだった。だが気づけば戦争だ。
何が悪かったのだろうか。ツキヨとしっかり向き合わなかったからか。もっと真剣に考え抜くべきだったのか。
どうすれば良いか分からない。
「……止めないと。悲しい結末になる前に」
ただこのままではいけないという事だけは分かる。
戦争を止めて、仲直りする道を模索しないといけない。大切な人を失うのはもう嫌だった。
「ああ。我らもそのために来た」
「全力で止めるわよ」
「ありがとう。……でも、ツキヨとメルは分かる。だがなんでサフランまで?」
サフランが戦争をする意味が分からない。バルトの事を好きだとは言ったが、巡って争う様な子ではない。
争うくらいならば身を引く様な子だ。
「それについては……バランド」
「うム。俺の考察に、過ぎないガ。サフランは戦欲に飲まれていル」
「戦欲? だが克服したはずじゃ……」
確かに元のサフランは戦争大好きな戦闘狂だ。何より血が下たるほどの戦いを愛した少女。それが戦欲に飲まれたサフランの姿。
だがもう克服して消えた姿だ。
「恐らく、メルティアが押しとどめていたのだろウ」
「……?」
「神の力を持つ故ニ……簒奪神が植え付けた戦欲を打ち消す事が出来たのだろうウ」
「っ……そう言えば」
サフランは度々メルがいないとダメになると発言していた。別の自分が出てきてしまうと泣いていた。バルトには、あの時の真意が今分かった。
サフランはメルと共にいないといけなかったんだ。
「離れてしまえバ、元に戻るだけダ」
「そういう事か……なら、いかないと」
サフランをどうにかする方法は今思いついた。後はメルティアとツキヨ。だが果てしてどうにかなるのだろうか。
今の二人を仲良くさせる方法なんてバルトには分からない。
「バルトよ……大丈夫か?」
「分からない。でもやらないと。もう逃げない。もう大切な人を、失いたくない」
「そうね……私達もできるだけ協力するから。行くわよ」
「ありがとう。行こう」
目覚めたばかりだが無理矢理体を起こして立ち上がる。目的地は戦場。目標は戦争を止める事。幸せな未来なために、失敗は許されない。
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