第五十六話 三者三様

 ――都エルマブルク



 エルフの習性は、争いにおいて愚かな特性というしかない。

 プライドが高く、失敗が許されない。嫌な過去は忘却し、都合の良い歴史を作る。そんな種族ではいつ滅んでもおかしくはなかった。

 実際滅びの危機に瀕した数は十種族でもっとも多いと言える。


 それが今まで生き残って来たのはエルフの至宝『巨大樹』の力だ。

 莫大なエネルギーを持つ巨大樹は、かつての天才が生み出した都を動かす力を持っていた。

 燃料がないとさまざまな機能を持ちながら、ついぞ普通の都でしかなかったエルマブルクは巨大樹の力で全ての力を解放する。


 都が浮遊して移動できるのもその機能の一つだ。この機能を使い、滅びかけては都ごと逃げ出して再建するという事を繰り返してきた。

 しかし、脱出用の機能をメルティア攻めにつかう。エルマブルクは単体で最強の兵器。それを獣人の国に移動させてぶつけるという荒業だ。


「……バルト、待っててね」


 長年酷使された巨大樹の最後の任務は人間の救出。エルフの至宝としてはあまりに不名誉だろう。だが文句などなく、ただ動き出す。


「遠いな……」


 窓から外を見る。獣人の国がとても遠く感じた。

 バルトを救出のに少し、時間は掛かりそうだ。


「っ――いったい、何が」


 とそこで、ドタバタと足音が聞こえてくる。扉を開けて入って来たのは、数名のエルフだった。


「ん……?」

「メ、メルティア様!? なぜここに? エルマブルクをなぜ動かしているのですか?」

「えっと……ん」


 突然現れてまくしたてるエルフ。見覚えがある気がするが、名前は思い出せない。

 今の現状に疑問を抱くのは当たり前だろうが、メルティアは説明が苦手だ。そのせいで罪を着せられるぐらいには。

 しどろもどろで説明しようとするが、うまくいかない。


「まさかアルティア様を倒されたのですか?」

「えっ……? あ、うん」

「おおっ。我らが英雄よ。エルフをお救いくださったのですね」


 エルフの言葉に頷けば一気に感激して涙を流しだす。他のエルフも同じ様子で、膝をついて拝みだした。


「……救ったつもりは、ありません」


 そもそもエルフはあまり好きではない。エルフが姉を追い詰め、姉妹の仲を引き裂いた。メルティア自身が追い出されたのもエルフの習性あってこそ。それを考えれば救ったと素直に言いたくはない。


「ご謙遜を。我らは信じておりました」


 だがエルフ達は流す涙をやめない。

 そんな彼らの言葉にため息をつき、メルティアは背を向ける。


「もう……英雄はやめよ」


 そう小さく呟いた。地位も何もかも完全に捨てよう。そしてバルトと共に暮らすのだ。

 感激するエルフを乗せ、エルマブルクは獣人の国へと進んだ。



 ◇



 ――ドワーフの帝都



「サフランっ! お前自分が何言ってるのか分かってんのか!?」


 そう叫ぶのは一人のドワーフだった。

 サフランの上司、と言えばよいか。ドワーフ軍の偉い人は酷い剣幕でサフランに怒鳴る。


「分かってるってば。ボクそんな馬鹿じゃないよ」

「っ……何も言わずに国を出て、帰ってきてそれか。良いご身分だな」

「うん。ボク英雄だから」


 にこやかなサフランの返答に、上司は青筋を立てて怒りだす。殴りかからなかった自分を褒めたいぐらい、サフランには反省の色がまるでなかった。


「もう一度言おう。船を出す。目的地は獣人の国。そこでもっとも楽しい最後の戦争を始めようじゃないか!」


 キラキラとした瞳でサフランは叫ぶ。それに上司は怒り顔だ。

 サフランが狂っているのは今に始まった事じゃないが、何度だろうが慣れない。サフランの扱いこそが、もっともストレスのたまる業務といって良いだろう。


「俺ももう一度言おう。お前は自分が何言ってんのか分かってんのか? 逃亡は重罪だ。今すぐ捕えて拷問されても文句言えねえぞ」

「やってみる? できないからボクを罰してないんでしょ」

「ちっ……」


 サフランの強さは本物だ。捕えて拷問をしようとすればとんでもない犠牲がでるだろう。そしてそんな事して言う事を聞く奴ではないと上層部は重々承知だ。

 もっとも簡単な痛みで言う事をきかせる事もできず、何を考えているか分からない戦闘狂。ここまで扱いずらい兵器があっただろうか。


「それにさ、皇帝は首を縦に振ったよ」

「はっ?」

「ボクがお願いしたら、すぐさ。お前に拒否権はないからな」

「何を、した」

「何も。お願いしただけだよ。最高の戦いが待ってるってね」


 何かして、うんと言わせたのだろ。

 だが証拠もなく、罰する事もできない。そして皇帝が許可を出したのなら軍人は従うだけだ。


「……全軍だすつもりか?」

「もちろん。そして出す船は一番でかいやつだよ」

「……零式か?」

「帝都」

「はっ……?」

「この帝都さ」


 帝都は巨大な船だ。上空から観察して初めてその全貌が見えるほど巨大な船。

 かつてバルトが船の様だと表したが、実際に船だ。しかしそれは戦闘用ではなく、脱出用。

 十種族の中でも弱い方のドワーフが、今まで生き延びた理由こそ船に乗って逃げ出したからに他ならない。


「正気か? もう動かす燃料が採れない事ぐらい知ってるだよ」

「もちろん。今残ってる全てを使う」

「これで終わりなんだぞ。今後もっと必要な場面がくるだろう。その時のために取ってあるんだ」

「そんな場面こないよ。これで終わりだからさ」


 帝都ほど巨大な船を動かす燃料はとても貴重だ。すでに汚染領域にのみ込まれて採取不可能。

 最後の一回分は大切に保管している状況だ。それをサフランは使うと断言。


「言ったでしょ。最後の戦いになる。これ以上はない」

「……何を、言ってるんだ」

「最後だよ。最後にして最高の戦い。そのためにボクはいくんだ」


 それはサフランだけが感じる戦いへの嗅覚。これで最後になるだろうとそんな予感がした。

 この戦いで、全ての決着がつく。十の種族がたった一つになるそんな戦いだ。


「お前が狂ってるのは今更か。……本当に、おかしいよ」

「ボクはいつも、ボクのままだよ」


 サフランのその笑みは、確かに狂っていた。


「……そのはず、なんだけどな」


 しかし次の瞬間にわずかに迷いを見せる。走馬灯のように流れる幸せの日常が、確かにサフランの思考を鈍らせた。



 ◇



 ――獣人の国



「……生きておったか」


 瓦礫の山に立ちながら、ツキヨは呟いた。


「あれで死んでいれば楽だった。……いや、死なぬか。そんな軟な奴らではない」


 その瞳が見るのは遥か遠くの景色だ。地平線の果て。異種族達の国。そこをじっと見つめていた。


「メルティア……サフラン……」


 ツキヨは二人が生きている事を理解していた。それはツキヨの英雄の力だろう。

 バルトが誰にも見つからない力を持つならば、ツキヨは全てを見つけ出す力を持っている。

 その力は確かにメルティアとサフランの生存を知らせていた。


「来るじゃろうな……」


 ツキヨは悲し気に呟く。

 全てを消す事を目標とするツキヨにとって、あちらから来てくれるのは都合が良いだろう。だが不思議と悲しみが溢れる。

 どこかで争う事を嫌がる自分がいる様だ。


「準備をせねばな……兵器を揃え。殲滅して。終わり。それで終わりじゃ」


 メルティアもサフランも準備をして襲い掛かってくるだろう。だがツキヨには焦りすらない。

 十の種族が残した兵器の前には、全てが無力だ。汚染領域を生み出す兵器すらある。それを打ち込めば全滅。

 何もかもが消えて二人だけの世界になるだろう。


「ああ……終わりじゃな」


 迷いはない。ブレる事もない。だが終わる事が無性に悲しかった。

 瓦礫となった城の上で、メルティア達がいる方向を眺める。


「……やろう」


 数分ほど遠くを見て、漸く目を切る。

 迷いは捨てた。だが悲しみだけが染みついた様に消えてくれなかった。

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