第五十五話 くだらない物語

 アルティアは必死だった。滅びゆくエルフの国をボロボロになりながら支え、サンダルと共に英雄として導き続けた。

 だがどれだけ頑張っても結果がでない。ジリジリと追い詰められる。


 それはエルフの習性にあるのだろう。プライドが高く、失敗を許さない。そんな種族では敗北は必至。五千年も生き残っていたのは奇跡に近いのだ。


 そんな中で頑張って、頑張って、頑張り続けて、全てがひっくり返った。

 エルフはあっという間に復権し、ドワーフと対等に戦えるようになった。それはメルティアという英雄が誕生したからだ。


 数百年ぶりに現れたエルフの英雄個体。何千というドワーフ軍を一掃し、破竹の勢いで滅ぼして行く。

 まさに英雄だ。アルティアが頑張ってきた事などなかったかの様な大活躍。


 メルティアは称賛され、アルティアは批判された。

 滅びに瀕していたのはアルティアという屑のせいだ。サンダルもそう、エルフの兵達は何をやっていたのか。

 エルフが滅びるなどありえない。その責任を、メルティアの前の英雄が背負う事になった。

 その逆恨みでメルティアを嫌う者は多い。アルティアもそうだ。


 悔しくて悔しくてたまらなかった。世の不条理が嫌になった。だから旅をしていたのだ。

 妹を超える力を求めて、また英雄になるために汚染領域を渡り歩く。


 その果てに見つけた神殿と、聖杯。そして神との対話。

 アルティアは力を手に入れた。英雄になるための力だ。その力で妹を……化け物を超える。

 今日がその日だ――。



 ◇



 二人の姉妹の争いは、幾度となく王宮を揺らした。否、その戦闘音は国中に響き渡った。

 光が放たれ、空へと消えていく。火が放たれ、辺りを焼き尽くす。水が降り注ぎ、周囲を破壊する。

 それは神と神の争いだ。


「はぁ、はぁ……しぶといわね。メル!」


 アルティアは中々死なないメルティアに業を煮やす。全開で力を解き放とうと、メルティアは無表情でそれを防ぎ続けた。


「死になさいっ!!」

「それは、聞けません」


 幾重に重なった光がメルティアを襲った。だがやはりメルティアは殺せない。

 その魔力はメルティアを上回るのに、不思議なほどに殺せる気がしなかった。


「……お姉さま――私は、容赦はできません」


 メルティアは手加減をしない。容赦をかける気もなかった。故に、アルティアの攻撃を防ぎ続ける。

 何もせず、防御に徹し続けた。


「はぁ……はぁっ。なんで、遠いの。力を得たのに、メルを超える。英雄になる。私は……」

「…………」


 力のままに魔法を放ち続けるアルティア。それをただじっと見続けた。防ぐ事だけを意識し、それ以上何もしない。

 それこそがメルティアの情を捨てた行動だ。


「なんで、メルは何もしないの?」

「バルトの方が大切だから。私は、何もしません」

「何をっ、訳の分からない事を!」


 まったく攻撃をしてこないメルティアに疑問をぶつける。しかし返ってくるのは要領を得ない回答だ。

 アルティアはまるで理解できなかった。それに嫌な予感を覚えた。しかしそれが何か分からない。


「ごほっ、ごほっ。……私は、メルを――」

「お姉さま、もう終わりにしましょう」

「何を、言って。『光よ降り注げ』っ!!!」


 アルティアが光を生み出し、メルのバリアに阻まれる。それは最初に比べてあまりに弱い魔法だった

 それにアルティアは首をかしげる。そして次の瞬間、膝から崩れ落ちた。


「あっ……。うぶっ……はぁ、はぁ。なに、なんで動け……」


 立つことができなくなり、フラフラと大地に倒れ伏す。

 ぼんやりとして視界の中で、必死にメルティアを見た。


「お姉さま……。ごめんなさい」

「何を、した、の……」

「……何も。何も、してません」

「えっ……?」


 急に動けなくなるなど、何かされたに違いない。そう疑うアルティアは予想外の返答に大きく動揺した。

 だが実際、メルティアは何もしていない。ただ防ぎ続けただけだ。


「そんな苦しそうに力を使って、自分が血を流しながら戦っていたのを分からないんですか?」

「……えっ。あ、何で」


 メルティアに言われて、漸く自覚した。自分が口から血を流していると。目から血のような涙を流していると。

 手を見ればところどころ裂けて、血が溢れている。


「その力は、危険なものです。でも私は、止めなかった。バルトが大切だから。……ごめんなさい」

「あっ……メ、ル」


 メルティアであれば止められた。無理矢理押さえつけて、力を行使させない事もできた。だが傍観を選んだのだ。

 姉を見捨てるという選択は、メルティアには重い物。しかしそれ以上に大切な人がいた。それだけだ。


「届かない……そう。届か、ないの、ね」


 アルティアは全てを理解した。神からもらった力が、己には過ぎた物だと。凡人が力を望んだから、重い代償を払った。ただそれだけだった。

 そしてどんな代償を払っても妹には届かないらしい。どうあがいても、偽物らしい。


「私は……英雄には、なれない」


 最後の最後に味わうのは深い絶望だった。英雄になれる力を得たのに、アルティアでは使いこなせなかった。凡人には過ぎた力だった。

 死の間際に突き付けられるのはあまりに絶望的な事実。それに涙すら出ず、笑いがこぼれる。


「っ……そんな事、ありません」


 そんな姉の姿が、メルティアには痛すぎた。酷い事をされた。しかし大切な姉である事に変わりはないのだ。

 見捨てるつもりだったのに、思わず声が出てしまう。


「……同情、は。いらないわ」

「私の英雄は二人います! 一人はバルト。一人は、お姉さまです。お姉さまが私を守ってくれた事を忘れません。私が戦いたくないと言った時。お姉さまが私の代わりに戦うと言ってくれた事は、今でも覚えています!」


 それだけは伝えないといけないと思った。どんな事をされたとしても消えない大切な思い出。

 メルティアを最初に愛してくれて、守ってくれた人との事を。メルティアにとっての英雄を。


「……くだらない、話ね」

「っそんな事、言わないでください。あの日から、お姉さまはずっと私の英雄です」

「そんな事、いまさら、言われても」


 アルティアはゆっくりと目をつぶった。ただその顔は、悪くない。


「本当に、くだらないわ――」


 もう声は届かない。何かに耐えきれず崩壊する様に肉体が崩れた。

 ボロボロと黒い炭となり、風の中に消えていく。これが不相応の力を持った者の末路なのだろう。


「……お姉さま」


 大好きだった姉の最期は幸せだったのだろうか。くだらないと言ったアルティアは、確かに少し微笑んでいた。それを思えば絶望だけで消えたわけではあるまい。


「嫌いだな、こんな世界」


 アルティアの事は大好きだった。それがなぜ、こうなったのだろう。

 仲良く過ごした幸せな日々が、気づけば最悪な日になった。何か悪い事をしたわけじゃないのに、最悪な結果だけが待ってる。

 そんな世界が嫌いだ。


「……ツキヨもお姉さまと、同じなのかな」


 ふと、そんな事を思ってしまう。こんな世界じゃなければ、ツキヨもあんな事をしなかったのではないか。

 ツキヨが何かを抱えているのは知っている。それ故の暴走だろうとは見当もついている。


「……いかないと」


 だが容赦をする事はない。これ以上大切な人をなくさないために。バルトを取り戻すために、ツキヨと対峙する道は変わらない。


 メルティアはそっと巨大樹に触れた。かつては世界樹と呼ばれたエルフの至宝。莫大な力を持つ巨木は、メルティアの呼びかけに答える。

 何千年と酷使され、最後の力となろうが巨大樹は変わらずエルフの力となった。


「目指すは獣人の国。最後の旅路に、行こう――」


 大地が揺れた。否、国全体が揺れ動いた。大地から離れる様にゆっくりと空へ浮かび上がる。

 何万人を収容する巨大な都市は空を飛び、獣人の国へ進みだす――

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