第五十四話 姉と妹
最初は、仲の良い姉妹だった。
他の兄弟達が次々と死んでいく中、最後まで残った姉妹の絆は深い。
姉は滅びゆく国を必死に導き、英雄として努力していた。妹はそんな姉の背中を見て尊敬していた。
人々はそんな姉妹が救世主であると信じて疑わない。二人が国を救ってくれるだろうと、願ったのだ。
だが姉は可愛い妹を戦場に立たせたくなかった。妹が戦いを禁忌しているとも理解していた。だからずっと大切に守り続けていたのだ。
その仲はついにメルティアが戦場に出る日まで続いた。そしてその日、終わった。
結局姉は偽物の英雄だった。妹こそが本物で、姉が築き上げてきた全てを追い越すのにそんな時はいらなかった。
初めて妹が力を振るった日から、姉妹の間に軋轢が生まれたのだろう。
◇
「……ずっと帰っていなかった気分。不思議だな」
視界に映る巨大な壁を見ながら、メルティアはふと呟いた。
逃げ出してきた故郷の姿に、思わず懐かしさを感じる。それほど時は経っていないはずだが、何年ぶりに感じる懐かしさだ。
異種族の侵入を阻み続けた大きな壁をメルティアは駆け上る。
この程度の壁、英雄個体にとっては大した物ではない。入口で問答するつもりはなく、さっさと王城まで行くつもりだった。
「……やっぱり。不思議」
壁から飛び降り、静かに着地する。帰ってきた故郷はやはり変わっていた。
「なんで、獣人の国みたい、なんだろう」
気配を消して町並みを歩く。エルフ達の顔に生気はなく、とても暗い顔をしていた。それは獣人の国とそっくりだ。
メルティアが出ていく前まではそんなんじゃなかった。この数か月で、いったい何が起きたのだろう。
「ん……いかないと」
しかしどうでも良い事だ。メルティアにとっては大切なのはバルトただ一人。
救い出すための巨大樹だけが目的で、故郷の変貌など二の次だ。
大通りを駆け抜けて、メルティアは王宮を目指した。
走れば走るほど、様変わりした景色が映る。そして王宮までたどり着けばそれがより顕著になった。
「……ボロボロだ」
まるで争いがあったかの様に王宮は荒れていた。こびりついた死臭が鼻を擽り、嫌な空気が立ち込める。
門番の顔にも生気がなく、周囲に見える使用人も死人の様な顔だ。
魔法で気配を消したメルティアに門番は気づく事なくそのまま通す。荒れ果てた王宮を歩きながら、メルティアは中央を目指した。
とても静かで寂れた王宮。時たま使用人とすれ違うくらいで、日常だった喧騒はない。特に障害はなく、王宮中央へたどり着いた。
そして大きな扉を開ければ、目的のものがある。
「久しぶりだな……ここも」
王宮の中央にそびえたつ巨大樹。その力が心地よくて、メルティアはよくここにいた。憩いの場というにふさわしい、思い出がある。
「そして……お姉さま」
そこには巨大樹だけではなかった。その幹に手を当てて目をつぶるアルティアがいた。
自分を殺そうとした姉。その姿を見つけ、メルティアは眉を顰める。
「あら……? なんでメルがいるのかしら? 疲れすぎて幻覚でも見ているのかしらね」
「違います……帰ってきました」
「そう……」
アルティアはそれ以上の反応をしなかった。メルティアの言葉を受け止め、小さく頷く。その様子にメルティアは少し警戒を解き、精一杯微笑んだ。
「久しぶりね。変わり果てた故郷に驚いた?」
「……はい。何か、あったのですか?」
「別に。
「そう、ですか」
だが反乱とはなんだ。
「
「……変わらないですね」
「ええ。まったく」
エルフの本質は変わらない。失敗などあってはならないそのプライドの高さが、責任の擦り付け合いという無駄な事を起こす。
それより先にするべき事があろうに、プライドの方が大切なのだ。
「だから殺したの」
「えっ……?」
「そしたら反乱がおきて、全員殺した。そしたら大きな争いになって、国は荒れた。……ままならないものね」
「……そうですか」
故郷が荒れ果てた原因は内乱だったのだろう。バルトの行動と、アルティアとサンダルが切っ掛けで起きた悲劇。
想定していた形と違ったが、バルトの復讐は成し遂げられていたという事だ。
「ただ……英雄になりたかっただけなのに。なんでこうなったのかしらね?」
「……分かりません。それよりお姉さま……お願いがあります」
「なあに?」
「巨大樹を、使わせてください」
「っ……!?」
まっすぐ放たれたメルティアの言葉に、初めてアルティアは大きな驚きを露わにした。
「何をするつもり? もうこれは一度しか使えないわ」
「知っています。その大切な一度を、今使います」
「そう……決意は固いのね。あの人間のためかしら?」
メルティアの側にバルトがいないというだけで、その理由を察する。
小さく頷くメルティアを見て、アルティアはため息をついた。
「だめよ。……あなたは罪人だもの。王として、その言葉は聞けないわ」
「っ……どうしてもですか?」
「ええ。それに最後の一回は私が使うから」
「えっ……? 何に使うのですか?」
「異種族を滅ぼすため。それ以外に使い道なんてあるの?」
そう言ってアルティアは笑った。
ついに目的が達成されると、歓喜に湧いた様な笑みだ。そのさまざまな感情がグチャグチャになったかの様な笑顔が何よりも恐ろしい。
「異種族を滅ぼす。そして私は
アルティアの目的は一度たりともブレていない。
妹を陥れたのも、あの日からずっと続く屈辱を晴らすため。英雄になるというその目的のためだ。
「でもその前にやらないといけない事があるわ」
「やらないと、いけない事?」
「ええ。邪魔な希望を潰す。エルフの英雄メルティア。民はメルが救ってくれると信じている。メルティアという英雄が、
アルティアは剣を抜いた。メルティアに向ける殺気は、とても家族に向けるものではない。敵に、向けるものだ。
「お姉さま……やめてください。争いたくは、ないんです」
「メルはそうよね。でもだめ。その為に私は、力を得たのだから」
アルティアの体から魔力が放出された。その量と濃度は、メルティアにも引けを取らない。否、上回るだろう。
その暴力的なまでの魔力は、全てメルティアへと向かう。
「神は言ったわ。この力で私を英雄にしてくれると。メルを超える。私が本物になる」
「お姉さま……何で、英雄である事にこだわるのですか? そんなの……」
「全てを持っていたメルには分からないわ。偽物である私が、どんな惨めな思いをしたか」
本物と偽物。凡人と天才。姉と妹の間にあるのは、卓越した差だ。
アルティアは、どこまでいってもただのエルフだった。
メルティアは、神の力を持った英雄個体だった。
産まれながらに違い、残す結果も違う。そこに何を感じるかは、当事者しか分かるまい。ただアルティアは、そこに苦しみ続けたのだろう。
「歩んできた全てが無駄だと突き付けられる事の辛さ、メルには分からないわ」
アルティアが止まる事はもう、ないのだろう。
「メルが今ここに来たのも運命。私の未来のための礎になりなさい」
光がアルティアから放たれた。
何よりも早い光線が無数にばら撒かれる。それは避ける事は不可能な攻撃で、メルティアはすぐさま防御の判断を下す。
「っ――『バリア』」
極光聖夜すら防ぐメルティアのバリア。最初の数撃は防ぐが、驚く事に無数の光はバリアをゴリゴリと削っていった。
「神の力の前に、英雄すら無力よ」
「お姉さま……私は――」
メルティアの言葉は届かない。光がバリアを打ち砕き、強制的に言葉を止める。
すぐさま上空へ飛びあがり、再度バリアを張った。
「……私の、大切な人は。バルト。だったら」
肉親と戦うのはやっぱり嫌だ。どんな事をされたとて、大好きな姉である事に変わりはない。
しかし優先順位は間違えない。一番がバルトであり、アルティアはそれ以下。ならば覚悟を決めないといけないだろう。
ここで巨大樹を手に入れなければ、ツキヨと戦えないのだから。
「っ『光よ』――」
メルティアは迷いを捨て、魔法を発動した。
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