第六十八話 話し合い
場には重々しい空気が漂っていた。
ただでさえ理解不能な状況。それに対して、悪い話と悪い話があると言ったサフラン。片方が良い話であれば良かった。
だが現実は、悪い事に悪い事が畳みかけるだけだ。
「あー、でも。まずは自己紹介でもしようか」
「なにっ?」
「これから仲良く協力して生きていく仲じゃん。自己紹介からだよ」
「ふん。我々にその様なつもりはない!」
サフランに反発するのはエルフ族のリーダー。やはり長年のエルフとドワーフの確執故、仲良くなど簡単には受け入れられない。
ドワーフ族であるサフランに噛みつき、優位に立とうとする。
「ちっ。じゃあ出て行けよ。ここは俺達の国だ、エルフなんか消えな」
「なんだとっ! 住人のいない国など、もう誰の物でもないだろう! 王すら消えたなら国は滅んだも同然だ」
「っ……それ以上は許さねえぞ!」
「はいダメ~」
エルフのリーダーとドワーフの上司。二人の口論が激化し、手が出る一歩手前というところでサフランは止めにはいる。
二人の間に立ち、それ以上動いたら殺すというほど鋭い殺気で封殺する。
「今はさあ、争ってる場合じゃないんだよ。もうそんな段階とっくに過ぎてる。言ったでしょ、悪い話と悪い話があるって」
「っ……ちっ」
「ふんっ……」
「今はそれで良いけど、手が出る様ならボクが成敗するからね」
サフランの威圧に両者ともに黙る。これ以上はまずいと席に座り、その場はいったん収まった。
だが睨み合いは続き、場の空気は依然として悪い。
「あのー。とりあえず、話を進めないか」
とそこで傍観していた獣人族の男の言葉で、漸く話が進んだ。
「ドルトンだ。ドワーフ軍総司令をしている」
最初に自己紹介したのはドワーフのリーダーにして、サフランの上司である男ドルトン。苦労人の様な雰囲気を持つ男だが、立派な軍のトップだ。
「私はエルフ軍の将軍。ミストレイだ……」
次にそう簡単な自己紹介をするのはエルフのリーダー。サンダル亡き後将軍についた男らしい。
「あー。俺はアカツキ。獣人の……なんだろな。うちはいろいろ崩壊してたから、役職とかはあんま分からん」
そう言ったのは獣人の男。一応あの場に立っていた兵士だが、獣人族は軍部が崩壊しており、自分の立ち位置も上手く把握していなかった。
それもツキヨのせいだが、今は置いておこう。
「うんうん。ボクはサフラン。みんなよろしく!」
そんな中でサフランは元気に挨拶をする。大の男三人を前に堂々とした立ち回りは、さすがサフランと言うべきだろう。
そうやって自己紹介がすめば、ようやく話が進む。
「まずは一番大切な話し。ここがどこか知ってる?」
「「…………」」
サフランの言葉にドルトンとミストレイは黙る。心当たりはないのだろう。戦場にいたはずが、気づけば見知らぬ荒野だ。
しかし。
「あー。多分、知ってる」
「なにっ!? 獣人、心当たりがあったならなぜ黙っていた!」
「しゃーねーだろ。そんな感じがするだけで、いろいろ違うところも多いんだから」
獣人の男。アカツキの言葉に食って掛かるミストレイ。
「はいはいそこまで。で、アカツキ。詳しく」
「ああ。うちの国から北にまっすぐ。そこにある荒野と似ている。気がする」
「はっきりしないな」
「ところどころ似てるんだけど、別の物は無理矢理くっつけたような違和感があるんだ」
「ふーん。なるほどね」
ここが獣人の国の近くである、と確定させるのは時期尚早だろう。現時点ではまったく未知の場所だと思った方が良さそうだ。
なによりあんな魔獣が生息しているなど聞いた事がない。
「結局、探索して調べないといけないね」
「そうだな。……それより、そろそろ話せ。悪い話と悪い話とやらを」
「あー。そうだね」
ドルトンの急かす様な言葉に、サフランは覚悟を決めた様に口を開く。
「あの魔獣。知ってる人いる?」
「いいや。私の知識にはない。しかし、胴体は暴虐熊という魔獣と酷似していた」
「そうだな。俺も手に覚えがある。まるで様々な魔獣をまぜこぜにしたみたいだ」
「……伝説に聞く。
見た事がないほど巨大で強力な魔獣。ツギハギに作られたそれは、まさしく
「なるほど。その魔獣はボクがぶっ殺したわけだけど、悪い話一つ目。機装の燃料が切れた」
「なにっ!? 皇帝陛下がお前に託したドワーフの秘宝だぞ! 大切に使う様厳命していたはずだ」
「しょうがないでしょ。使わないといけない場面が多すぎたんだよ」
「……なんだその機装とは?」
サフランとドルトンが言い合う中、置いてけぼりにあうのは異種族のミストレイとアカツキだ。
「まあドワーフの秘密兵器だよ。だけどもう使えない。燃料が採れないからね」
「ああ……帝都も動かせないし、我らも落ちたな」
「落ち込まない。で、もう一つ悪い話は、あの魔獣と同じようなやつを、たくさん見かけた。多分、十以上。もっといると思う」
「なにっ!?」
「あれはボクでも機装がないと殺せない。つまりもう、無理。あれには勝てない。それが周りに、うじゃうじゃいる。それが悪い話と悪い話だよ」
サフランはそうまとめて、場を沈黙させた。
◇
有益な話し合いはできなかったと言うしかないだろう。
突き付けられた絶望的な言葉に、みな押し黙る。そしてその後も会議は続き、結論がでないままに解散した。
決まったのは、取り合えず生活基盤を整えよう。とそれだけだ。
三種族が入り乱れる船の中での生活だ。まずは問題なく生活できる様に、頑張らねばならない。
外に出られない閉鎖空間。そこで直前まで戦争していた三種族が暮らしていくのは、並大抵の事ではなかった。
それを成したのは争ったら全滅するという現実と、サフランという抑止力があったからだろう。
ここはサフランで持っている箱庭だ。サフランなくしては生きていけない、絶望の船。それが帝都だ。
共同生活を初めて早数か月。多くの事が分かり、そして絶望した。
ここはまったく未知の場所である事。
全てが絶望で、希望はない。その中で必死に生き続け、あがき続けた。
そんな中でサフランは必死に頑張って、うまくやってきた。そう、そのつもりだった。
「……ミストレイ。今日は、何人?」
サフランはエルフのリーダー、ミストレイに尋ねる。
「……三人だ」
「そっか。三人も、死んだんだ」
ここは絶望の船。だが三種族、上手い事共存して生きていた。争いは小さなものだけで、殺し合うほどのものはない。
しかしそれを覆すほどの、大きな問題があった。
「十日分の食料を手に入れるために三人。……くだらない話しだよ」
「しかたない。それしか、ないんだ」
「うん。分かってる。でも、嫌だな」
食料問題。それがサフラン達に付きまとう大きな問題だ。
当初こそ帝都に残っていた食料があった。しかしそれも何千人という人々の前では無力だ。
帝都は船故に食物の栽培もできない。だから外に取りに行くしかなかった。
だが外には食べられそうなものがない。唯一あるのが、あの魔獣。
それは機装なきサフランにとって、犠牲を出してようやく倒せる存在。
何千人分の食料を確保するために、数人を犠牲にしながら
「…………」
ミストレイはそんなサフランを見て、目を伏せた。
結局サフランはまだ子供とも呼べる少女であり、その少女に頼って、全ての責任を押し付けて生きている自分が嫌になる。
エルフの誇りは、もうズタズタだ。
「ふぅ……今日も元気にやって行こう」
そんなミストレイと対照的に、サフランは明るく振る舞う。
「サフラン、貴様は……大丈夫なのか?」
「……ボクは、大丈夫じゃないといけないんだよ」
サフランで成り立つ箱舟。だからサフランは折れてはいけない。大丈夫でないといけない。たとえボロボロになろうとも、取り繕って笑い続ける。
そうやって明るく振る舞うサフランに、どうしても甘えてしまうのだ。
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