第六十七話 悪い話と悪い話
ただ頭が痛かったのだけを覚えている。己の中の何かが消える様に、その剥離に激痛を感じていた。
そして、どうなったか。何かが起こったはずだ。靄が掛かった頭の中で必死に考える。
「ボクは……」
そうして意識は覚醒し、サフランが最初に聞いたのは大きな喧騒だった。
周囲にいるのは沢山の異種族達。エルフ、ドワーフ、獣人。彼らは互いの種族で固まり、向かい合っている。
そこにあるのは敵意だ。
「なにが起こったんだよ。お前たちが何かしたのかっ!?」
「ええいっ、知るかっ! いつも汚い手を使う貴様らのせいだろ!」
「黙れ騒ぐな! うるさい!」
何も変わっていなかった。神を殺して戦欲をなくしたというのに、彼らは何も変わっていなかった。
何千年と積み重ねてきた歴史が、もう後戻りできないところまで来ていた。ただそれだけだった。
「……サフランさん、気づいた?」
「ん。……うん。気づいたよ」
そう話しかけてくれるのはドワーフの少女。従軍していた後方部隊の誰かだろう。見覚えがある気がするが、兵士達との交流が浅かったサフランには思い出せない。
「まだ、争ってるの」
「はい。異種族を滅ぼす時まで、我々は止まりません!」
その少女にも争いの意思があった。戦欲が消えて、平和な世界が来ると信じていたのに。何も変わらない。
それがたまらなく悲しくて、サフランは立ち上がる。何よりも先に、思いのままに動き出した。
「やめなよ。争うの」
三種族が睨み合う中心に立って、サフランは言う。
それに驚くのは言い争っていた、それぞれの種族のリーダーだ。
「今が争ってる場合じゃないって分かってるでしょ。ここは戦場じゃない。まったく知らない場所なんだよ!」
気づいたら戦場じゃない見知らぬ場所にいた。何があるか分からない。もしかしたら汚染領域かもしれない。
そんな場所にいても争うなど、愚の骨頂だ。
「サフランてめえ。何言ってんだ!」
「ん? ああお前、丁度よかった。争うの禁止だからな」
サフランに食って掛かるのは、ドワーフ族の先頭に立っていた男。サフランの上司でもある男を見て、丁度良いと命令する。
「エルフも獣人も! 禁止ね」
「な、何を勝手な事を言っているのだ!」
「俺達に命令すんな!」
「うるさい! もうやめようよ。争うの!」
「「…………」」
突然現れて勝手な事を言うサフラン。それに対して、誰も逆らえない。
サフランがドワーフ族の英雄個体であるというのは有名な事。そして本気で暴れれば千人二千人が軽く吹き飛ぶというのも有名だ。
故に逆らえない。逆らえば簡単に殺されてしまうという恐怖に、場は膠着状態になる。
「サフラン、頭おかしくなったのか? お前はいつも戦争戦争。戦い大好きな戦闘狂だっただろ」
「そんなころもあったね。あれはボクじゃない、別のボク。忘れてよ」
「忘れられるかよ!」
とりわけドワーフ族の混乱は大きい。サフランといえば単騎で突っ走って暴れまわる恐ろしい戦闘狂というイメージが定着している。
それが突然争いはやめよう、とか言い出せば混乱は必至だ。
だがどれだけ混乱しようとサフランには逆らわない。三方警戒しながらも、武器を下ろした。
「よし。まずは仲良くとは言わないけど、争わず行こう」
「…………」
「今がどうなってるか、把握する事が先決だとボクは思うな」
「…………」
「返事!」
「「「はいっ!!」」」
全員サフランの言葉に無視を決め込むが、どこからか大槌を取り出して地面に打ち付ければ全員ピンっと背を張って返事をする。
「じゃあさっそく探索を――――」
そして一歩踏み出して、絶望は顔を見せた。
「へっ……?」
「あ、なんだあれ」
とても現実感がない光景だった。いつのまにか獣の顔がサフラン達を見下ろしていたからだ。
体長十メートルはあるだろう巨大な体。獰猛な野獣の顔に、屈強な獣の体。
見た事がない巨大な魔獣が、じっとサフラン達を見ていた。そしてそれが近づいている事に、サフランですら気づけなかった。
「ボ…………」
魔獣はそう小さく発した後、ゆっくり腕を振り上げる。体長四メートルはあるだろう魔獣の腕が、目に飛び込んできた時感じたのは、あ、死んだ。というシンプルな感想だ。
「ボ、ボッ。ボゴオオオオオオオオッッ!!!」
絶叫。そして振り下ろされる腕。それだけで軽く十人が死んだ。
「あっ。ああああっ!?」
「な、なんなんだよあれっ!!」
「た、助けてくれええっ!!」
周囲から声が聞こえた。エルフ、ドワーフ、獣人。雑多な種族達がみな魔獣を見つめて悲鳴を上げる。
突然の事に茫然としたサフランだが、次の瞬間切り替える。
「っ『機装展開』――。ボクがやる。みんなはさっさと逃げて!!」
瞬時に機装を身にまとい、魔獣にとびかかるサフラン。
「ぐうっ……。硬すぎ!」
思いっきり大槌を顔面に振り下ろすが、魔獣に効いた様子はない。それはより暴れさせる結果になるだけだ。
「ボボボボッ! ボオオオオオオオオオ!!!!」
「っ……う。さっさと逃げて!!」
「あ、ああ。そ、総員退避!!」
「逃げろ、逃げるんだ!」
圧倒的な死への恐怖。それは争っていた過去を忘れて、みな一斉に逃げ出す事となる。
それぞれの種族のリーダー各が上手くまとめてくれたおかげで大きな混乱なく退避する。あるいは殿をつとめたサフランに絶対の信頼があるのだろう。
「ふぅ。ぶっ殺す――」
守る者がいなくなれば、サフランも全力全開で暴れるだけだ。たとえどれほど強大な魔獣であろうと、その手にかかれば造作もない――。
◇
「はぁ、……疲れた」
魔獣の頭部だけを引きずりながら、サフランは呟く。
激戦だった。とはいえ結果はサフランの勝利。肉体は粉砕し、残っているのは顔だけという結果だ。
「お、いたいた」
「サフラン。無事だったか?」
「当たり前でしょ。はい、これ」
「うおっ」
恐ろしい魔獣の頭部を放り投げられ、全員ビビリながら一歩下がる。
「それより……これって」
だがサフランには何よりも重要な事があった。
みんなが逃げてきた場所。それは非常に見覚えがある。慣れ親しんだ場所だったからだ。
「ああ。なぜか、帝都があった」
「だよねー。こんなでかい船、帝都以外ないし」
ここがどこかは分からない。見知らぬ荒野だ。そこになぜか、ドワーフ族の帝都があった。
元々はあの戦場へサフランの号令で発信させたはずだ。それがなぜこんな荒野にあるのだろう。
「中には民間人が乗ってたはずだよね。どうなの?」
「……開かないんだ。呼びかけてるんだけど、返事がない」
「それはおかしいね」
だから中にはいる事なく、入口で屯しているのだろう。帝都唯一の入り口は固く閉ざされ、中から生命の気配はない。
「……しょうがない。ボクが城壁を超えて確かめてくる」
「ああ。頼んだ」
こうなればサフランが直接乗り込んで確かめるほかあるまい。護衛用に機械人形を残して、帝都の城壁をよじ登る。
いくつもの侵入を防いできた鉄壁の船も、サフランにかかれば容易な侵入を可能とする。
「よいしょっ。うんしょっと」
恐るべき身体能力で船に乗り込んだサフランは、あっという間に城壁の上へと到達する。
そこから見える懐かしき帝都の景色。いつも通りの帝都の町並みが広がっていた。しかし――。
「なんで、人がいないんだろう」
見下ろす帝都に、人がいなかった。戦場に国ごと突っ込む以上民間人には屋内待機を命じていたが、それにしてもいない。
そもそも気配を感じない。サフランであれば感じられる潜んでいる人の気配すらなかった。
「っ……なにが、おこってるんだよ」
一気に飛び降りて、家という家を開けて確かめる。
だがいない。生活の途中で、急に消えたかのように。どこにも誰も、いなかった。
「誰も……いない」
数十分それを確かめたサフランは、諦めて帝都の入り口へといく。
固く閉ざされた扉を開けて、みんなを中に招き入れた。
「サフランっ! どうだった?」
「ダメ。誰もいない」
「皇帝もか!?」
「多分。帝城は確かめてないけど、気配がない」
「っ……」
生き残っているのはここにいる数千ほどの異種族達のみだ。戦場にいた人数を考えると、あそこにいた全員ではない。
おおよそ十分の一程度。それ以外の者や、国の中にいた者。それが全員どこかへ消えた。
「とりあえず中に入ろう。安全だから」
「あ、ああ。そうだな」
「喧嘩はなしだよー。ほらエルフと獣人も!」
隅のほうで固まっていた二種族にもサフランは声をかける。
「我々も招き入れるというのか? ドワーフの国へ!」
「そう言ってるでしょ。今は戦争とかしてる場合じゃないんだから」
「っ……」
ドワーフの国でかくまわれるなど屈辱だろう。だがそうしなければ生きていけない。その事実を前に、二種族とも折れた。
「ここがドワーフの国だからって、優劣つけたり、いばりちらしたり。そう言うのは禁止ね。やったらボクの罰があるから覚悟しとくんだね」
そしてドワーフ族にも釘をさす。サフランにそう言われればもう誰も逆らえない。
「あとそれぞれの種族から代表だして。いろいろ話す事あるから。それ以外の人は食事だね。頼んだよ」
テキパキと指示を出して場を静定するサフラン。その成長っぷりに、サフランの上司は目を見開きながらも従った。
エルフと獣人からは話しの中心に立っていた二人の代表が。そしてドワーフからはサフランと、その上司。
それらは帝都の一画で顔を突き合わせていた。
「とりあえず、これからどうするか話し合う前に。ボクから言わないといけない事がある」
「ふんっ……なんだそれは?」
「悪い話と悪い話。どっちから聞きたい?」
そう言ってサフランは、絶望的な二択を突き付けた。
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