第六十六話 これからと果てと船
少女達は地獄の中を歩いていた。全てが殺しに来ているとしか思えない、汚染領域という環境。
降り注ぐ光を防ぎ、空間の捻じれを避け、ただよう瘴気に屈さず歩く。だが二人の目に絶望はなかった。
「あった。あれだね」
「うむ。空間の捻じれ。あれがぐるりと世界を囲っておる」
二人がたどり着いたのは世界の果てだ。これ以上進めば壊れた空間の流れに攫われて二度と生きて帰れない死の壁。
世界を閉じ込める壁を前に、メルティアはじっと見つめた。
「どうにかなる……かな?」
「本当か?」
「どうにかしないと。バルトの元へ行くために。あとサフランも」
「うむ。どうにかするしかあるまい」
二人が計画したのはこの果てを超える事。バルトが諦めた事も、世界で最も恐ろしい少女二人の前にはただの易問にすぎない。
「空間に穴を開ける……そうすれば果てを超えられる。はず」
「ふむ。空間に干渉するのは巨人族の専売特許。できるのか?」
「私だけだったら。無理かも。ツキヨがいれば、多分できる」
「ふふ。であるならば、さっそく動くぞ!」
ここは地獄だ。一人であれば折れて、自死を選ばざるを得ない世界。
だが二人ならば最強だ。互いに助け合い、強力して生き抜く。それはバルトが夢想した未来だ。
汚染領域のあちこちに放置された異物を回収し、修理する。それはツキヨの専売特許で、ここから脱出するために絶対外せないピースだ。
対してメルティアがやる事は魔法の探求。エルフだけが使える魔法のさらに深淵を除く。空間に干渉して捻じ曲げる魔法を探し続けた。
食料は満足にない。安心できる寝床もない。死は常に隣にあり、出会うのは死体ばかり。
そんな過酷な環境を生き抜けたのは協力したからだ。メルティア一人では折れていただろう。
ツキヨの異物とメルティアの魔法。この二つを合わせて果ての攻略に挑み、二年が経過した――。
◇
「――で、頑張って穴開けて、ここにたどり着いた」
メルが語った壮絶な旅路。俺であればプチっと死んでたであろう環境を生き抜き、ここまでたどり着いた力に脱帽する。
「壮絶だったな」
「うむ。一人であれば死んでいただろう」
環境が人を変えると言うが、その環境があったから二人の仲は修復された。それはいわゆる怪我の功名だろう。
「あと、もう一度聞くけど、サフランについては知らないんだよな」
「うん。知らない」
ここに三人そろった。だがあと一人たりない。それにサフラン以外にも何千、何万という異種族達。彼らはいったいどこへいったのか。生きているのか。それは今だ闇の中だ。
「多分また、別の場所。だと思う」
「……だろうな」
ここは崩壊してバラバラになった世界。ツギハギに修復された歪な世界は、多分いくつにも分裂している。ここみたいな楽園もあれば、メル達がいたような地獄もある。
サフランが楽園にいる事を願う事しかできない。
「しかし、別の世界にいたとて、サフランは果てを超えられるのか?」
「それは……」
「わらわ達は発見した異物を使い潰し、メルの魔法でようやっと穴を開けた。異物を壊した以上、わらわ達でももう無理じゃ」
メルとツキヨという、この世界でもっとも規格外の二人をして一度しかできなかった大技。サフランは二人と比べればまだ人の範疇だ。
それは多分……ここにたどり着けないという事実を表す。
「……そう、なのか。もうサフランとは」
「ううん。違うよ」
「メル……?」
「私がやる。一人で空間を操作できる様に、頑張る」
だがメルは諦めなかった。真剣な瞳で俺達を見据えて、希望を与えてくれる。
「私ならできる。そう、思う」
「……そうだな。メルがすげえ奴ってのを、忘れてた」
「そうじゃな。何度もそれに助けられた」
メルティア・フルール・エルメルという少女は歴代最強の英雄で、神子だ。この世界をつなぎ止めた希望だ。
サフランも、メルがいればまた出会える。俺達はそう確信した。
◇
二人がやってきて、生活は一変したと言って良い。それは精神的な事もそうだが、二人の圧倒的力もそうだ。
メルの魔法は何でもできる。今まで断念していた様々な事が可能となった。
そしてツキヨ。回収してきた幾つもの異物は生活を豊かにして、楽にしてくれる。この世界にも落ちていた異物も、ツキヨの手によって使える様になったのも大きな事だ。
そして何より一人じゃなくなった。それが何よりも嬉しい。
話し相手が居て、一緒に暮らす人がいる。それが人にとって何より大切な事なのだろうと実感した。
三人で暮らし始めて数日。俺達は聖水が湧き出る泉の前に来ていた。
「んー……」
ここはメルにとって心地よいらしく、ぐっと伸びをして目を細める。
もちろんの事遊びに来たわけではないが、二人ははしゃぎ気味だ。
「不思議じゃな。世界をまぜこぜにして適当にくっつけた。それにしては偏るのお」
「それもそうだな。……考えて、分かる事じゃないが」
この楽園と、メル達のいた地獄。コンセプトを決めたかのような偏り具合だ。それは誰かの意思なのか。
考えてもしかたのない事ではあるが。
「メル、どうだ?」
「……うん。ここでなら大丈夫かも?」
無駄話はこの辺で、当初の目的を達しようとメルに話しかける。
「私の魔法も、強力になる。はず」
聖水の湧き出る泉に来た理由は、メルの鶴の一声が原因だった。
果てに穴を開ける魔法を単独で使うために、メルの魔法の強化は必須だ。それに頭を悩ませた俺がポロっと零したここの存在。
どうも聖水とは
それは魔法をより強力にする効果も秘めている。メルにすら効果をもたらすそれで、果てを超えてサフランを迎えに行く。それが目的だ。
「空間に干渉する……」
メルの足元から光が溢れた。魔法陣が展開され、周囲一帯に物々しい雰囲気が漂う。ここまでの大魔法を使うメルは珍しく、空間に干渉する魔法がそれほど大がかりだという事を理解させられた。
「ううむ……」
凄まじい魔法が展開されているのに、ツキヨは眉をひそめて苦い顔をする。
なぜだろうと俺が首を傾げた瞬間、魔法がはじけた。
「っう」
「だ、大丈夫か!?」
「メル、しっかりするのじゃ」
魔法陣が砕け散り、中心のメルは倒れ伏す。
「だ、大丈夫。ごめん、ね。失敗した」
「いや、良いんだ。メルが無事なら」
「これじゃあ……無理かも。ツキヨの異物がないと……」
「そうじゃな……」
それも使い潰してもうない。メルが聖水の泉の力を借りても失敗した以上、サフランと出会う事はもう……。
「でも、一回、失敗しただけ。もっと、研究する」
「……それは危険な事をしないよな?」
「うん。大丈夫だよ」
「わらわがしっかり見張るから、心配はいらぬ。危ない事はさせないのじゃ」
メルはやっぱり諦めなかった。たった一度の失敗など物ともしない。
いつの間にかそこまで強くなったのか。メルの変化に嬉しくなると同時に、その姿に俺もまた希望を捨てる事はなかった。
「……ん?」
とそこでツキヨが怪訝な顔をして果てを見る。
「どうした?」
「淀んでおる」
「淀む?」
「うん……空間の動きが止まった」
メル達に遅れて俺も理解した。濁流の様にうねっていた空間の壁がなぜか静止している。
普段の、巻き込まれれば空間の流れに攫われて消えてしまう、と本能に訴えかけるものがない。まるで美しい清流の様に空間の流れが静まっていた。
そして音――。
「っなんじゃ!?」
「なにか、くる」
退避する暇はなかった。メルは咄嗟に俺達にバリアを張り、衝撃に備える。
次の瞬間、果ての向こうから何かが飛び込んできた。
「ぐうっ……」
飛び込んできて、バリアと凄まじい衝突をする。その衝撃に身構えながらも俺はそれに絶句した。
飛び込んできたのは巨大な船。見上げるほどに大きな船が、なぜか果てから飛び込んできた。
「はっ……!?」
「船……?」
「これって……」
飛び込んできたのは船。しかしただの船ではない。
これは、ドワーフの戦艦だ。
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