終末世界の戦争遊戯

天野雪人

第一話 エルフの英雄とペットな人間

 

 いつから始まり、なぜ始まったかも分からない戦争があった。

 全種族を巻き込み、いくつもの種族が滅び、何千年も続いている戦だ。


 そして滅びに向かう世界の末期に、一人の英雄がエルフ族に現れる。『戦姫』メルティア・フルール・エルメル。俺のご主人様である。

 そんなメルティア様を称える声はいくつもあった。


 その金髪は絹の様に美しく、腰に届くほど長い。

 赤い瞳はまるで真実を見透かされるようであり、その肌は透き通る様に透明だ。

 その上容姿だけではなく強さも一級品。エルフの英雄『戦姫』として、エルフの象徴ともいえる姫君。


 今日もメルティア様はエルフの前に立ち、導いてゆくのだ。

 英雄として、王族として。宿敵ドワーフ族の殲滅の為に。


『戦姫様が先陣を切っているぞっ。我らも続くのだ!』

『『『おおっ!』』』


 エルフの兵士たちが、メルティア様に導かれる様に武器を取り敵に突撃してゆく。

 そこに恐れはない。戦姫に絶対的に信頼を委ねた最強の兵士達は、我れ先にと剣を取る。


 メルティア様が魔法を放てば、敵がゴミの様に吹き飛んでゆく。剣をふれば紙の様にバサバサと敵が倒れてゆく。その英雄の活躍に、兵士達は狂喜乱舞して恐れなく突撃してゆくのだ。


 ここ数十年のエルフの復権は、間違いなくメルティア様の活躍あっての事だろう。

 メルティア様の前と後で明らかに歴史が違う。幼く美しい少女が、エルフの全てを救ったのだ。


「メル様は……今日も戦っている」


 俺の視線の先で敵を殲滅するメル様は……とてもじゃないが楽しそうには見えない。他のエルフが敵を殺す事の快感を味わっている中、メル様だけが無表情を保っていた。


「メルティア様ー!!」

「戦姫様万歳!」

「我らがエルフをお導きください!」


 俺の周りからも声が上がる。後方に控えているエルフも獅子奮迅の活躍をするメルティア様に声援を上げた。


「ドワーフ野郎の指揮官が倒れたぞ!」

「メルティア様がやったっ!!」

「勝った! 勝ったぞ」


 敵の指揮官がメルティア様の手によって倒れた瞬間、エルフの勝ちは決まった。

 前線で暴れまわるメルティア様に、指揮官を失ったドワーフは太刀打ちできない。結果我れ先にと逃げ出し、戦線は崩壊した。


 それに喜々として追撃するエルフの兵達。後方に待機するエルフ達も、勝ち戦に歓喜の声を上げる。

 そんな中で、俺だけが冷めた顔をしていた。


 俺がこの中で唯一の“人間”であるというという事もそうだろう。隅ほうで目立たない様に戦場を見ているほどだ。

 だがそれ以外にも、メルティア様の事を考えると、喜ぶ事はできない。


「……メルティア様は」


 俺の主は、他のエルフが思っている様な人ではない。

 彼女は本当は――





「我らの勝利により、憎きドワーフ族を多数駆除する事に成功しました。まさに快勝と言うべきでしょう」


 戦場に張られた豪奢な天幕では、エルフの将校達による戦果報告が行われていた。

 名だたる歴戦のエルフ達が参加し、この度の戦の勝利に笑みを浮かべる。そしてその最も偉い者が座るべき上座には一人の華憐な少女がいた。


「『戦姫』メルティア様のご活躍により、此度の戦勝はもたらされました。メルティア様がいらっしゃれば異種族共を駆除し、我ら尊きエルフだけの世界が実現できましょう」


 司会役の言葉に天幕は沸く。その様子をメルティア様は感情のない瞳で眺めていた。

 大きく豪奢な席に座り、光の灯らない瞳をするメルティア様はその席に似つかわしくない。だがその幼さい容姿と礼儀正しく座っているという矛盾が、逆に覇気を生み出していた。


「別に。大した事は、していません……」


 戦場に似つかわしくないほど可愛らしい声だ。だがどこか冷めた声でもある。

 そんなメルティア様の様子に、彼らは特に反応せずその言葉を褒めたたえる。


「なんと謙虚な」

「王族として見本となる様な美徳を持ち合わせるとは」

「功績を大っぴらに誇るのは弱者の証という事だろう」


 将校達は口々に称賛し、拍手を送る。それに対してもメルティア様の感情は動かない。


「まったく素晴らしいお方だ」

「……ああ、しかし。メルティア様の経歴に傷をつける害虫が一匹」


 メルティア様を褒めたたえる言葉の中で、誰かがそう一言発した。

 それに対してピタっと皆言葉を止める。そして次の瞬間、口々にしゃべりだした。


「しかり。まさか“人間”などというペットを飼われているとは。その趣味こそ、唯一の欠点といえるか」

「まあ……珍獣という意味では良い趣味ではあるが……」

「メルティア様に相応しいペットではなく、逆に害しかない。それはまさに害虫だ」


 全員の視線が、メルティア様の背後に立つ俺に向いた。

 憎悪や嫌悪。殺意に敵意。ありとあらゆる悪感情が俺へと降り注ぐ。排他的なエルフ族にとって、人間という劣等種が同じ空間にいる事が我慢できないのだろう。

 今すぐに殺してやりたい。そういう殺意が充満している。


「メルティア様、どうでしょう。戦勝祝いとして我々から新たなペットを送ります。一角馬ユニコーンなどいかがでしょうか。その変わり、その害虫を駆除する許可をいただけますか?」

「人間などという劣等種、メルティア様に相応しくない。今すぐ廃棄するべき存在です」

「一瞬で駆除して見せましょう。しぶといと噂の人間であろうと、我らの手にかかれば跡形もなく消せましょう」


 口々に勝手な事をのたまう将校達。それに、今まで感情を動かさなかったメルティア様がわずかに感情を動かした。


「彼は私の、大切な人です。殺すつもりはありません」

「しかし――」

「ありません――!」


 怒り。可愛らしい少女には似つかわしくないほどの覇気が、全身から立ち上る。

 それに対して、何か言える者はいない。


「もし私のものに手を出すなら。……分かって、いますね」

「……う、あ」

「この話しは終わりです」


 そう告げられては、誰も何も言えなかった。

 歴戦の将校達が冷や汗を掻きながら、すぐに話題を変える。

 全員が俺から目を逸らし、いないものと扱いだす。それを確認して、メルティア様はまた会議の場をただ眺めだした。



 ◇



 戦地に張られた天幕には、さまざまな兵士達が眠っている。

 その中でもひときわ豪華で、一番大きな天幕こそがメルティア様の寝床だ。


 その中には、メルティア様と俺の二人きり。侍女もいなければ、護衛の兵もいない。正真正銘二人きりだ。

 むろんペットとはいえ男と二人きりなどあってはならない。しかしメルティア様はそれらの世論を握りつぶし、この空間を無理矢理作りだした。


「バルト……」


 そんな中で、囁く様にメルティア様は俺の名前を呼んだ。


「なんでしょう。メルティア様」

「……? 二人切りのときは?」

「メル様、なんでしょう」


 俺がそう呼べば、メル様は嬉しそうに微笑む。


「バルト……今日はごめんね」

「なにがですか?」

「あいつら……バルトを駆除するとか……」

「ああ。気にしてません。しかたないです」


 それがエルフ族というものだ。排他的であり、誇り高い。

 エルフ以外の異種族は害虫であり、駆除するべき悪でしかない。故に容赦なく殺し、滅ぼす。それがエルフだ。


 むしろメル様のほうが異常ともいえる。俺を生かし、傍に置いとくというのはエルフの常識からは考えられない事だ。


「ありがとう……バルトは、私が守るから。安心してね」


 そうやってメル様は優し気に言う。先ほどまで最前線で暴れていたとは思えない様な微笑みだ。


「ねえバルト。今日は、とても頑張ったよ」


 ああ。今日もあの時間だ。

 俺は瞬時に覚ると、腕を広げる。


「メル様は、とても頑張りました」

「うん。とても、たくさん。戦って、殺した」

「辛かったですね」

「うん。バルト、私を……」


 メル様が言い終わる前に、俺は彼女を抱きしめた。

 もし他のエルフがそれを見れば不敬だと泡吹いて倒れただろう。だが他のエルフはいないし、メル様は安心した様に目をつぶる。


「暖かい……」

「メル様は誰よりも頑張って、辛い思いをしています。でも今ばかりは忘れてください」

「うん……」


 綺麗な、黄金の様な髪を撫でる。愛をこめて。全てをこめて。

 俺の腕にすっぽりと包まれるほど小さな少女。この子の背中には全てが乗っている。エルフ族の全てがだ。

 その重圧は計り知れない。


「ああ。……やっぱり、バルトだけ。私を癒してくれるのも、愛してくれるのも……」


 ぐりぐりと俺の胸板に甘えながら、メル様はそう囁く様に呟いた。

 その時わずかに見えた笑みを、俺は見なかった事にする。この時代に産まれたせいで壊れてしまった少女の、儚く歪んだ笑みを……。


「バルト、……絶対に……離さない」


 小さく呟かれたその言葉。それには、普通ではない狂気があった。

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