第二十四話 化け物退治
「あ、うぁ。そん、な……」
化け物は膝から崩れ落ちた。その顔は絶望に染まり切っていた。これが俺の化け物退治。ついぞ殺す方法は見つからなかったが、心を殺す方法は見つかった。
全てを奪い、心を殺す。こうして俺は仇を取った。
「これで俺の復讐はお終いです」
エルフは
逃げ出した贖罪を果たせただろうか。
「そして最後は、妹との約束を果たそう」
「え……?」
「化け物退治だ。お兄ちゃんが絶対、化け物は殺す。今度は逃げない!」
剣を抜く。恐怖はなかった。
これは約束だ。妹を守ると、化け物は俺が倒すと約束した。
心を殺すだけでは果たされない。この手で殺す事で果たされる約束だ。
「立て、『戦姫』メルティア」
「バル、ト。やだ。戦い、たくない」
「どの口がそれを言う。俺の家族を、仲間達を殺した化け物が!」
「っ――――」
この化け物の涙に惑わされない。その内に秘める力に怯えない。もう覚悟は決めている。
三年ぶりに握る剣は相変わらず手になじんだ。これが最後の戦いになるだろうに、俺を見捨てないでくれる。
「人間の英雄として、お前は許さない」
「あ、ぅ……」
よろよろとメルは立ち上がる。その足は震え顔は涙でグチャグチャ。だがその内の凄まじい力が消える事はない。
「剣を抜け」
「は、はい……」
初めて剣を握る様なへっぴり腰だ。震える手が今にも剣を落としそうだった。
許しを請う様な顔。だが俺が許す事はない。
向かい合う事数秒。わずかな躊躇もなく、俺は一気に踏み出した。
「はあっ――!!」
あの日踏み出せなかった一歩。あの日振るべきだった一太刀。三年越しに、約束を果たす。
「うっ――」
「温いぞ、化け物っ!」
たった一合で化け物は剣を地面に落とした。
身に秘めた力に反して、その心はまるで幼い少女の様だ。あの日恐怖した化け物がこれか? たったこの程度の存在なのか。
「どうしたっ! 剣を取れ、立ち上がれ!」
立ち上がらない。剣も拾わない。うずくまって身を震わすだけだ。
「やだ……助けて。もうやめて。ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ。許して、ください」
「違うっ! そんな言葉を聞きたいんじゃない」
これではまるで化け物がただの少女の様ではないか。違うはずだ。あの日見たのはもっと恐ろしいものだ。これじゃない。
「っ……もう、良い」
さっさと殺せばいい。もう迷う事はない。化け物が弱っている、今がチャンスなんだ。
「死ね――」
狙うは首。どれだけの化け物でも首を落とせば死ぬだろう。それでも無理なら体中を切り刻み、最後は燃やす。そうすればさすがに死ぬはずだ。
細い首筋に向かって剣を振る。その時見た化け物の瞳は、最後まで俺を信じていた。
「っ――」
「させないっ!」
俺の剣がはじかれる。突如割り込んできたハンマーが、そのまま俺の体を吹き飛ばした。
急な事であったが、すぐさま体勢を立て直して着地する。俺を吹き飛ばした奴は化け物を守る様に前に立った。
「なにしてんのさっ! バルトとメルは仲良しじゃなかったの!?」
「サフラン……邪魔をするな」
突然割り込んできたサフランはくだらない事をわめいた。
全ては演技であり、嘘である。まあ部外者すら騙せたのなら俺の演技も中々という事だろう。
「なんで、メルを殺そうとしてるの!」
「全部嘘だからだ。その化け物に復讐するためのな」
「っそんな。メルはバルトを愛してたんだぞ」
「ああ。そのための演技だ」
化け物を依存させる。化け物の一番になる。そのためだけにあんな臭い演技をしてきたのだ。
何度殺してやろうと思ったか。今首を締め落とせばと何度誘惑されたか。本当に長い演技だった。
「そんなの、許さない!」
「そうか。ならお前が先に死ね」
もう言葉はいらないだろう。化け物を殺したい俺と守りたいサフランが相容れる事はない。
一気に俺達は踏み込んだ。
「っ――ほんとに、人間っ!?」
「馬鹿力が」
剣とハンマーは打ち合う。一合目は相殺できたが、こんな事をやっていてはサフランに押し切られるだろう。
化け物を凌ぐ馬鹿力を前に人間たる俺が耐えられるわけがない。
「しっ!」
「ぐぅっ」
故にまともに打ち合わない、避けて攻撃をする。だが大物を振り回しながらも小回りが利くサフランに決定打は与えられなかった。
「ちっ――『隠密』」
埒が明かないと俺は英雄の力を行使した。
「へっ? どこ――」
「吹き飛べ」
目の前にいても、一瞬であれば気づかれないのが『隠密』。しかしその一瞬は勝敗を分ける大きな隙だ。
俺は晒された脇腹にむけて思いっきり剣で薙ぎ払った。
次の瞬間、サフランの小さな体は近くの民家に吹き飛ぶ。すでに倒壊寸前だった民家は、その衝撃で完全に崩れ、サフランを押しつぶした。
「どうだ……」
「っ――いたーい!」
だがサフランは瓦礫を吹き飛ばし、傷一つない体を俺に見せつけてくる。
「……お前も化け物かよ」
丈夫すぎるし、殺せる気がしない。だがサフランは十分生物の圏内だ。メルティアという化け物に比べれば可愛げがある。
まあ俺では勝てる気はしないが。
「強いんだねバルト。知らなかったよ」
「いいや。自分の弱さに嫌になるよ」
「けんそんかー?」
守るべき者を置いて逃げた奴のどこが強いのか。弱くて弱くて嫌になる。力も心も英雄なんて呼べやしない。
「まっ、ボクの方が強いけどね。バルト、拘束させてもらうよ」
「邪魔するなと言ってるだろ」
勝てる気はしない。だがもう逃げない。ここで命を落とすならそれも良い。
「はぁっ――」
「やあっ!!」
俺達は走り出し、ぶつかり合う。はずだった。
「サフラン、邪魔。しないで」
突如サフランが吹き飛ぶ。それをなしたのは俺じゃない。横から飛び出してきた化け物だ。
「バルト……ごめんね。私が、全部悪いのに。つぐなうこと、放棄して。泣いてばかりで」
「覚悟を決めたか?」
「うん。……覚えてるよ。良く、覚えてる。薬で自我を消しても忘れない。あの日殺した人も。今まで殺した人も。全部、覚えてる」
「なら、どうすれば良いか分かるよな?」
「私の命でつぐなえるなら、差し出す。できること、なんでも。する」
そう言った化け物の目は覚悟を決めた英雄の目だ。
今なら殺せるだろう。仲間達の仇を取る事ができる。絶好のチャンスだ。
「……よく、言った。殺してやる」
「うん……」
化け物の首を掴んだ。
細い首だった。穢れを知らぬ少女の様な首筋は、少し力を入れるだけで簡単に殺せるだろう。化け物の気が変わらないうちに仕留めないといけない。数秒で済む話しだ。
その後死体を燃やして、
今しかない。
「バルト、大好きだよ」
「俺は嫌いだ」
「うん。……演技でも、初めて幸せだった。楽しかった。私はずっと、大好き。愛してる」
「っ――」
化け物の戯言だ。無視して早く首をしめないと。サフランが復帰する前に決着をつけないといけない。
なのになぜ、手が動かないのだ。
「なぜ……なぜっそんな事、言うんだよ」
「バルト……」
「お前が、もっと屑だったら良かった」
「っ……ごめんなさい」
「謝るなよっ!」
なぜ化け物のままでいてくれないんだろう。
どうしようもない屑で居て欲しかった。俺の家族に罵詈雑言を浴びせるぐらいの屑だったら迷う事はなかった。
「なんで、俺は知っちまったんだ」
メルは良い奴だった。時代と環境だけが悪で、メル自身悪い奴じゃなかった。
俺はそれを知ってしまった。この三年間嘘ばかりじゃない。メルと触れ合って、知りたくない色んな事を知った。
「もっと生き汚なく喚いて、逃げて、罵倒する様な奴だったら。簡単に殺せたのに」
メルの首から手を離した。もう約束は、果たせない。
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