第五話 仲間達への鎮魂歌
燃える故郷を思い返すたび、それをなしたエルフが憎くなる。
エルフは嫌いだ。見るだけで虫唾が走る。今すぐ殺してやりたくなる。ただメル様の手前、抑えているだけ。
メル様だけいればいい。それ以外は全て消えてもらいたい。だから今回俺は動くのだ。
「まさかドワーフが事を起こしてくれるとは。サフランのおかげか」
ドワーフが起こさなければ、俺が事を起こしていた。ただ俺一人だけではメル様が居る以上大した被害は与えられなかっただろう。それをこうも素晴らしい成果を上げてくれるとは。
これを考えたサフランを崇めるべきだろう。
「まあ結界石の仕込みは無駄になったかな」
メル様の目を忍んで、こそこそ結界石を削っていたのは無駄になったか。何もなければ結界を破壊し、
それ以上の成果が出たから別に良いが、それはそれ。
そんな事を考えながら陣地を歩く。
爆弾によって天幕が燃え上がり、辺りには火の手が上がっている。死臭とうめき声が充満したエルフ達の陣地。
これが先ほどまで戦勝に沸いていた者達だとは到底思えない地獄だ。
「酷い地獄絵図だ。……まあ俺の故郷の方がひどいか」
周囲を見渡しながら歩く。どれだけの惨状も俺の故郷を思えば軽いものだ。
「っぁ――」
「ん……。ああ、生き残りか」
「たす、け……」
一人のエルフが、地面に這いつくばりながら声を上げた。片腕は吹き飛び、全身血塗れ。それでも生きているのはエルフ故だろう。
「というか……お前、俺を殴ったエルフだよな」
「っ、にん、げん……! たすけ、ろ! 劣等、種が」
「ははっ……死ぬ間際でも変わんないな。まあでも、誰か呼んできてやるよ」
俺はかすれた声でいかにエルフが高等な存在か羅列する男を放置して先を急ぐ。
メル様が解決してしまう前にもっと被害を出さねばならない。
「んー。いくらメル様でも……迫りくる
俺の目当てのものがなかなか見つからない。
それはメル様が全て倒してしまったからかと一瞬思ったが、そんなわけない。結界の修復もしないといけないし、打ち漏らしは必ずあるだろう。
「……あ。おーい、こっちこっち」
しばらく探していれば、燃える瓦礫の影から一体の動く死体が顔を覗かせた。
生気のない死んだ瞳が俺を貫く。
「ア゛、オォォォ……」
「生きの良い
「オオオ、グオ……」
「ああ、こっちだ」
元はドワーフ族だったのだろう。戦争で死に、動く死体となった哀れな奴だ。
だが死体とは言え
「よお、連れてきたぜ。お望みの者かは知らないけど」
「あっ……にん、げん」
俺は倒れているエルフの元まで
そして
「ア゛、グオオオオオッ」
「う、うわああああぁっ!!!」
襲い掛かってくる
「た、たすけてっ!! おい、にんげん。なんでっ――」
「体質で襲われないんだよ。俺はさ」
そう呟いても誰も聞く者はない。すでにエルフは
「ははっ……美味かったか」
「ア゛ア゛……」
「あっちにもっといっぱいいる。仲間をつれて、行けば良い」
「オ゛グオ゛ッォォォオオオオ!!!!」
俺の言葉に
その後始まるのはさらなる地獄だ。
生者は
何千年も繰り返してきた地獄が、ここでもまた起こるだけだ。
「お前らは……運が良いよ。
俺にはなにも残ってない。故郷も、死体も……なにもかも。
「俺の中の俺は、エルフを許せないんだな……」
メル様以外のエルフなど、
自分たちがやって来た事を後悔しながら殺されれば、少しはマシになるだろう。
内に眠る復讐心がわずかに満たされたのを感じながら、俺はまた歩き出した。
◇
「メル様っ!!」
「バルト!? なんでここにっ」
俺が向かったのは東。メル様がいる方向だ。
「メル様が心配で、来ちゃいました」
「だ、だめ。でしょ! 危ないから」
「そうですけど、いてもたってもいられなくて」
「んぅ。そう言われると、怒れないじゃん」
メル様は頬を膨らませて怒り出す。まったく怖くないが、怒れているじゃないか。
「結界は修復できましたか?」
「うん。だけど、
襲われない俺と違い、恐れられている。
「大丈夫ですよ。歴戦のエルフの兵士がいます。彼らが全て解決してくれます」
「そ、そうかな」
「はい。サンダル将軍という、何百年エルフを支えた者もいるじゃないですか」
「そっか。そうだよね」
全員酔いつぶれているから大量に死ぬだろうが、それは言わない。メル様が駆けつけてはせっかくのチャンスがすぐに解決してしまうだろう。
今回エルフはできるだけ殺す。たくさん殺す。メル様以外はさっさと死んでほしい。
「でも、私もいかないと」
だがメル様はエルフの英雄として彼らの元へ駆けつけるのだろう。
それは俺が困る。せめて半分は殺したいのだ。
「っぐふ」
「バルトっ!?」
だから俺は倒れた。腹に作っておいた傷をこれ見よがしに見せながら。
「こ、これ。どうしたのっ!?」
「すいません。さっき、
「な、なんでっ。早く言わないの!」
メル様はすぐに回復魔法をかけてくる。その焦りようから相当傷は深いらしい。痛みを感じないから適当につけたが、もう少し軽くても良かったかもしれない。
「俺の事はほっといてください。
「そんなの良い! 安静に、寝て」
メル様は俺を地面に寝かして、懸命に回復魔法をかける。その脳裏から今起きている地獄絵図も、エルフ達の悲鳴も消え去っているのだろう。
メル様が俺を大事にしてくれている様に、俺もメル様だけが全てだ。
「勝手な事、だめ。だから」
「すいません。でも、メル様が無事でよかったです」
「っ……私は、大丈夫。バルトは、弱いんだから。だめなの」
メル様はそう言うが、不安だったのは本当だ。
他はどうでも良いが、メル様だけは死んではいけない。もし万が一メル様になにかあれば後悔どころの騒ぎじゃなかった。
その思いも確かにあったのだ。
「バルト、死なないで」
「死にません。メル様をおいて、死ぬわけがないです」
「うん。絶対、死なせない」
俺達は見つめあい、笑い合う。
その背後から聞こえる悲鳴はメル様の耳に届かない。
あの日と同じだ。仲間たちの悲鳴と、家族の死。地獄がまた起こっていた。
だがあの日と違うのは心が晴れていく事。悲鳴が心地よい事。
この悲劇が、もう消え去ってしまった仲間達への
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